いち)” の例文
今その上さんが熊手持って忙しそうに帰って行くのは内に居る子供がとりいちのお土産でも待って居るのかとも見えるがそうではない。
熊手と提灯 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
人をいちに遣りて老畸人に我が来遊を告げしめ、われに許して彼が秘蔵の文庫に入りて、其終生の秘書なる義太夫本を雑抽ざふちうせしめたり。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
周南町(いちの方らしい)出身の人が二人いるそうです。隆ちゃんもやはりめきめきはっきりした手紙かくようになってまいりますね。
かるみちは吾妹子が里にしあれば、……吾妹子が止まず出で見しかるいちに』とあるので、仮に人麿考の著者に従つてかく仮名した。
人麿の妻 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
フランスの東部の山の中の小さな町に、いちがたつて、近在から農夫たちがたくさん集り、にぎやかな一日が暮れた、その晩のことです。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
へやは広からずといえども器具調度は相当にちんまりとまとまった二十騎町からは目と鼻のいち八幡はちまん境内に隣する一軒でありました。
まだ抜かないのだな、まだ抜いて見せないのだな、これからが勝負だとばかり思っているうちに、いちが栄えてしまったという次第です。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
古陶器を扱う道具屋も土師はじ物をひさぐいちの店も、どの辺にあるかだいたい見当がついている。永藤朝春が写した真壺の図を持っている。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
雨が久しくなかったので、くつの裏がぽくぽくする。劉備は、問屋から銭を受け取って、あぶら光りのしているいちの軒なみを見て歩いていた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二十九年には脩が一月に秀英舎いち工場の欧文校正係に転じて、牛込うしごめ二十騎町にじっきちょうに移った。この月十二日に脩の三男忠三さんが生れた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
終つて折よく立つて居た高知名物のいちを見ながら公園に向ふ。我が高知公園は私の内心自慢の處である。そちこち散歩の後天主閣に昇る。
夜が大鳥の翼のやうにいちおほつてゐる。此二三日雪が降つてゐたので、地面の蒼ざめた顔が死人の顔のやうに、ドルフに見えた。
まだ小娘だったころ、お父つぁんとおっ母さんはいちからいちへ渡り歩いては、見世物を出していたの、なかなか立派なものだった。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あまつさへうゆる時は、いちに走りて人間ひとを騒がすなんど、片腹痛き事のみなるに、機会おりもあらばとりひしがんと、常より思ひゐたりしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「わたしたちはいよいよ仕事にかからなければならない。あしたはいちの立つ日だから、おまえは初舞台はつぶたいつとめなければならない」
越後屋佐吉えちごやさきちは、女房のおいちと差し向いで、長火鉢ながひばちに顔をほてらせながら、二三本あけましたが、寒さのせいか一向発しません。
その家畜もバリナのいちに出かけて行って買えばいい。デリヤはこの金のうち幾らか自分の小づかいに欲しいとでも云ってたかい、マイケル?
手紙の初めにも申上げたよう私のうちいち監獄署の裏手で御在ございます。五、六年前私が旅立する時分じぶんにはこの辺はく閑静な田舎でした。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
んでえわれがまた、牡馬をんま牝馬めんまだけの血統證けつとうしようだんべ、そんなものなんるもんぢやねえ、らねえとおもつて、白河しらかはいちいてらあ
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
たしかに見覺えましたしなこれは幸手宿の者より否々いや/\粕壁かすかべいちかひましたと云に原田始め役人共は何か取留ぬ申口たり林藏しかと申せ胡亂うろんなことを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
東晋の咸康かんこう年中に、州の刺史毛宝ししもうほうしゅの城を守っていると、その部下の或る軍士が武昌ぶしょういちへ行って、一頭の白い亀を売っているのを見た。
その藤原京ふじわらきょうのころには、京にちかい、この軽のあたりには寺もあり、森もあり、池もあり、いちなどもあったようであります。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「なに、そんな事があるものか。今日はいちの立つ日でもないし、売り出しの日でもない。ラバールの家に行ってみたかね。」
いちの日がきたのに、こちらはまだ機にもかからず、となりの女は糸の太い、目の荒い布を織りあげて、もうそれを着物にして市へ着て出かけた。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
最初、変事を発見したのは、いちさんという村の遊び人でした。市さんは長らく東京にいましたが、最近郷里に帰ってぶらぶら遊んでいるのでした。
白痴の知恵 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
また、二週間おきにポルタワのいちへ出かける煙脂タール屋で、村の連中が腹の皮をよるやうな冗談や駄洒落を連発するミキータも坐つてゐることだらう。
いちといつても、いま市場いちばではなく、商人しようにんみせつらねてゐる町通まちどほりで、そこには、いま街路樹がいろじゆたものをゑたのです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
人は二十日はつか足らずの目のさきに春を控えた。いちに生きるものは、忙しからんとしている。越年おつねんはかりごとは貧者のこうべに落ちた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葡萄の実り豊かに、海原の波の打ち寄せる、クリツサのいちに生れた、明色めいしよくの髪に菫の花の花飾をした踊子クサンチスは、こんな死にをしたのである。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
今日はいち立つ日とて、はかりを腰に算盤そろばんを懐にしたる人々のそこここに行きかい、糸繭の売買うりかいに声かしましくののしわめく。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大きな縁起棚の傍には、つい三四日前のとりいちで買って来た熊手などが景気よく飾られて、諸方からの附届けのお歳暮が、山のように積まれてあった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
昼過ひるすぎごろ、百しょうはそのまちきました。そして、すぐにそのいちっているところへ、うしいていきました。
百姓の夢 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その客間は若い信者や、慈善家や、芸術家たちのサロンとなって、そこからリバイバルや、慈善いちや、音楽会というようなものが形を取って生まれ出た。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いちろうは、主人の切り込んで来る太刀を受け損じて、左の頬から顎へかけて、微傷ではあるが、一太刀受けた。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一見いっけんの価値のある島ですよ。この船も五六日は碇泊ていはくしますから、ぜひ見物にお出かけなさい。大学もあれば伽藍がらんもあります。殊にいちの立つ日は壮観ですよ。
不思議な島 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ある日のこと、おとうさんがいちへでかけることになりました。それで、おとうさんは、ふたりのきょうだいに
四谷の須賀神社の祭礼と神輿、山の手方面ただ一つのとりいち、等についても語りたかったがもう紙数がつきた。
四谷、赤坂 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
間もなくべったらいちの日が来て、昼間から赤いきれをかけた小さな屋台店がならんだ。こんどはお其があたしの後について、肩上げをつまんで離れずにいた。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
さて住吉の朝ぼらけ、白妙しろたえの松のの間を、静々ともうで進む、路のもすそを、皐月御殿さつきごてんいちの式殿にはじめて解いて、市の姫は十二人。袴を十二長く引く。……
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今は降り行くべき時だ——金属や蜘蛛の巣や瞳孔の栄える、あらゆる悲惨のいちにまで。私には舵は要らない。街燈に薄光るあの枯芝生の斜面に身を委せよう。
秋の悲歎 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
無神論者などという人びとが彼女の門前にいちをなすように押しかけて来たので、しまいには邪魔をされないように防禦するのが彼女の仕事になってしまった。
広場の上には同じいちが立っていた。ただ役者がその役目を変えてるだけだった。往時の革命者らは俗流の人となっていた。往時の超人らは流行児となっていた。
その間に青縞あおじまいちのたつ羽生はにゅうの町があった。田圃たんぼにはげんげが咲き、豪家ごうかの垣からは八重桜が散りこぼれた。赤い蹴出けだしを出した田舎いなかねえさんがおりおり通った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その時は東山道軍はすでに板橋から四谷新宿よつやしんじゅくへと進み、さらにいちヶ谷の尾州屋敷に移り、あるいは土手を切りくずし、あるいは堤を築き、八、九門の大砲を備えて
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それから、いつものお決りで物価のことや、商売あきないのことや、モスクワの景気がどうだこうだ、という話をはじめた。やがて、ニジニ・ノヴゴロッドのいちの話も出た。
手を振りたいを練りつゝ篠田は静かに歩みを運びきたる、いちに見る職工の筒袖つつそで、古画に見る予言者の頬鬚ほほひげ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
この句は洒堂しゃどうの『いちいおり』という集にあるので、洒堂が膳所ぜぜから難波へ居を移した記念のものである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
ことに私が学校をえて「女中部屋」の住人となってからはなおさらそうであった。私はよく金を持って買い物につかわされた。「いち」の立つ日などは必ずそうであった。
よつ三升みます目印めじるし門前もんぜんいちすにぞ、のどづゝ往来わうらいかまびすしく、笑ふこゑ富士ふじ筑波つくばにひゞく。
落語の濫觴 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
打つやつづみのしらべ、三味の音色ねいろに事かかぬ場処も、祭りは別物、とりいちけては一年一度のにぎはひぞかし、三嶋みしまさま小野照をのてるさま、お隣社となりづから負けまじの競ひ心をかしく
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)