下婢かひ)” の例文
夜は兵をあつめて宿舎の周囲を守らせ、妻を室内に深く閉じ籠めて、下婢かひ十余人を付き添わせて置くと、その夜は暗い風が吹いた。
「誰?」と言いかけて走り出で、障子の隙間すきまより戸外おもてを見しが、彼は早や町の彼方かなたく、その後姿は、隣なる広岡の家の下婢かひなりき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれども、マドレーヌ氏のただ一人の下婢かひであって同時に工場の門番をしていた女は、彼の室の燈火あかりが八時半に消されたのを見た。
しかし特に下婢かひなどのすくない、あるひまつたそれ等の者を有して居ないところの一婦人に於て家庭の仕事を節減する方法がうして有りませうか。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
此の時、宛も下婢かひの持ち出でゝ、膳の脇に据えたるさかなは、鮒の甘露煮と焼沙魚はぜの三杯酢なりしかば、主人は、ずツと反身になり
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
見ると、はぎの乱るる垣根越しに白い横顔——下婢かひを連れてたたずんだのが、細かい葉の間からなまめかしい姿をチラつかせている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから店の下婢かひのなかから珍らしく可憐かれんなうら寂しい、そして何処どこ愛嬌あいきょうぶかいお作といふ小娘を見出みいだしたこともあつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
神が汝に与えし貧ちょう好機械を利用して汝の徳を高め汝の家を清めよ、快楽なる「ホーム」を造るに風琴の備附そなえつけ下婢かひ下男げなん雇入やといいれを要せず
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
下宿屋げしゆくや下婢かひかれあざけりてそのすところなきをむるや「かんがへることす」とひて田舍娘いなかむすめおどろかし、故郷こきやうよりの音信いんしんはゝいもととの愛情あいじやうしめして
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
朝などはその女が下婢かひに何とか言いつけているきれいな声がれたりした。しかし合宿所を引き上げるまで、とうとうその女は姿を見せないでしまった。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
みどうでは台所と縫い張のために、五十歳以上の下婢かひを何人か置くほか、召使はすべて、若い男に限られていた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
昨日は三度ならず四度までも留守宅へ御来臨の上下婢かひに向って妾ら身の上に関する種々なる質問を発せられ、それのみならず無断にて人の家を捜索なされ
倫敦消息 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
酔余すいよの興にその家の色黒くせこけた無学の下婢かひをこの魚容に押しつけ、結婚せよ、よい縁だ、と傍若無人に勝手にきめて、魚容は大いに迷惑ではあったが
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
下婢かひを雇わない二人ぎりの家庭では、必ず妻が独りで食事の準備をすべきものとは思っていません。一緒に、何でも二人のために都合よくと考えて行動します。
男女交際より家庭生活へ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しかしそれは両者の立場を混同して、科学の中に哲学を入れるという如きことではない。唯、科学隆盛以来、哲学は科学の下婢かひとなったという感なきを得ない。
デカルト哲学について (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
年老いた下婢かひがひとり彼女のそばに附いていて、その女が時折り飲物をのませたり、小さな冷肉のきれを口のところまで持っていって食べさせてやったりしていた。
狂女 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
そして、その教師が厳格な目上の人達でなくて、つぎ/\に変つて行つた下婢かひであることを思出した。
(新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その下婢かひ矢張やはり鍵をあづかつてうちを知らなかつた。けれど態々わざ/″\いへに入つて聞いてれたのでやうやわかつた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
勝手の方で下婢かひとお婆さんと顔を見合わしてくすくすと笑った。店の方で大きなあくびの声がした。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
下婢かひと書生の三人暮しにていよ/\世間婦人の常道を歩み始めんとの心構こゝろがまへなりしに、事実は之に反して、重井おもゐは最初せふに誓ひ、た両親に誓ひしことをも忘れし如く
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
いろ/\のあつ待遇もてなしけたのちよるの八ごろになると、當家たうけ番頭ばんとう手代てだいをはじめ下婢かひ下僕げぼくいたるまで、一同いちどうあつまつて送別そうべつもようしをするさうで、わたくしまねかれてそのせきつらなつた。
彼女らをいやしい不健全な半下婢かひの身分におとしいれて、彼女らの不幸とわれわれの不幸とを共にかもし出してる、その状態から脱せんために、三十年来彼女らがなしてる大努力は
夫の留守にはこの家のあるじとして、彼はつかふべき舅姑きゆうこいただかず、気兼すべき小姑こじうとかかへず、足手絡あしてまとひの幼きもだ有らずして、一箇ひとり仲働なかばたらき両箇ふたり下婢かひとに万般よろづわづらはしきをまか
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ある夕べ、下婢かひが食品を買いに出かけ、宅に帰る途中、墓間を通行せるに、白衣を着たる幽霊が現出しいたりとて、驚き走ってほとんど気絶せんばかりになって帰って来た。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
古今、支那・日本の風俗を見るに、一男子にて数多あまたの婦人を妻妾さいしょうにし、婦人を取扱うこと下婢かひの如く、また罪人の如くして、かつてこれを恥ずる色なし。浅ましきことならずや。
中津留別の書 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
オースティン少年と下婢かひのファアウマとが其の籠をファニイの所へ持って行く。ファニイが一つの籠に一つの種子を埋め、それをヴェランダに並べる。一同綿の如くに疲れて了った。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ずこの様子ならりではなかろう、主人の注意と下婢かひの働きで、それぞれの準備を終り、穂高よりすぐ下山する者のためにとて、特に案内者一名をやとい、午前の四時、まだくらいうち
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
その一つは夫人、もう一つは当時の下婢かひの顔を写したものだそうである。前者の口からかたかなで「ケタケタ」という妖魔ようまの笑い声が飛び出した形に書き添えてあるのが特別の興味を引く。
これなんでも下婢かひ下男げなん窃取くすねるに相違さうゐない、一ばん計略はかりごともつためしてやらう。
服装のみならず、その容貌もまた東京の町のいずこにも見られるようなもので、即ち、看護婦、派出婦、下婢かひ、女給、女車掌、女店員など、地方からこの首都に集って来る若い女の顔である。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その様は男女十人ばかり(男三分女七分位なるが多く、下婢かひ下男抔もまじる事あり)ある家に打ちつどひ食物または金銭を賭け(善き家にては多く食物を賭け一般の家にては多く金銭を賭くとぞ)
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
宿に着きても油断せず、合客の様子、家居の間取等に心づけ、下婢かひが「風呂に召されよ」と言いしも「風邪の心地なれば」とて辞し、夜食早くしたためて床に入りしが、既往将来の感慨に夢も結ばず。
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
『台所が手不足なれば、いくらでも、下婢かひ下男を雇えと申してあるのに、はて……貧乏癖の抜けぬ奴じゃ。……水を持って来い』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貞子のかたはいと不興げにそのまま帰らせたまいける。綾子は再び出できたらず、膳をまいらせんと入行いりゆきたる下婢かひのお松を戒めて、固く人の出入を禁じぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その夜、うちわだけで別宴が催され、下男下婢かひたちにも酒肴が出された。伊東七十郎は甲斐とは逆に上方かみがたへゆくそうで、さかんに飲んで毒舌をふるった。
下婢かひと書生の三人暮しにていよいよ世間婦人の常道を歩み始めんとの心構こころがまえなりしに、事実はこれに反して、重井は最初妾に誓い、た両親に誓いしことをも忘れし如く
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
同じ傾向から殆んど双生児ふたごのやうにして産み出した作物のうちに、私はある線路番人のことを写した。毎日主人の子供をおぶつて鉄道の踏切のところを通る下婢かひのことを書いた。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「仲居というのは娼家しょうか下婢かひにあたるものですかな」「まだよく研究はして見ませんが仲居は茶屋の下女で、遣手というのが女部屋おんなべや助役じょやく見たようなものだろうと思います」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日課を終え、午後六時ごろ旅亭に帰り浴湯し、まさに晩餐ばんさんを喫せんとす。旅亭の下婢かひ、左側の障子を開き、手に電報を持ち、予に告げて曰く、「ただ今、君へ電報到着せり」と。
妖怪報告 (新字新仮名) / 井上円了(著)
若い屈強な下婢かひが二人左右に——姉も妹もせ形ながら人並より高い背丈を、二人の下婢の肩にかけた両手の力で危ふく支へてわずかに自由の残る片足を覚束おぼつかなげに運ばせて来る。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
聲に應じて出で來りたるは、此家の下婢かひとも覺しき十七八歳の田舍女なるが、果してわれの姿の亂れたるに驚きたりと覺しく、其處そこに立ちたるまゝ、じつとわれの顏をいぶかり見ぬ。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
このごろ新しく雇いいれたわが家の下婢かひに相違なかった。名前は、記憶してなかった。
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それから家は貧乏だけれども活計くらしは大きい。借金もある様子で、その借金の云延いいのばし、あらたに借用の申込みに行き、又金談きんだんの手紙の代筆もする。其処そこの家に下婢かひが一人に下男が一人ある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
の将、朱桓しゅかんという将軍がひとりの下婢かひを置いたが、その女は夜中にねむると首がぬけ出して、あるいは狗竇いぬくぐりから、あるいは窓から出てゆく。その飛ぶときは耳をもってつばさとするらしい。
我々の家では下婢かひも置かぬ位の事で、まして看護婦などを雇ふてはない、そこで家族の者が看病すると言つても、食事から掃除から洗濯から裁縫から、あらゆる家事を勤めた上の看病であるから
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
い程に其の場を外して下婢かひは下へ降りて仕舞いました。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
四、五日すると、世話する者があって、下婢かひと同じ村の者という男が、中間奉公を望んで来た。また、一人の若党わかとうも、べつな方から召し抱えた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宿の下婢かひなどの戯れならんと思いければ、ただ黙して注視しいたるに少時して隠れたり。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
遊びにきし時、その理由わけ問いたるに、何ゆえというにはあらず、飽きたればなりとのたまう。されど彼家かしこなる下婢かひの、ひそかにそのまことを語りし時は、稚心おさなごころにもわれ嬉しく思いみぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
森三之助が相右衛門の妾腹しょうふくの子だということは、おいちは森家の下婢かひから聞いた。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)