一言いちごん)” の例文
こと浮沈室ふちんしつ機關室きくわんしつとはこのていもつと主要しゆえうなる部分ぶゞんではあるが、此事このこといては殘念ざんねんながらわたくしちかひたいして一言いちごん明言めいげんすること出來できぬ。
「大変物覚えが御悪いのね」と細君がひやかした。寒月君だけは約束を守って一言いちごんも云わずに、早くあとが聴きたいと云う風をする。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うごめかして世話人は御者のそびらを指もてきぬ。渠は一言いちごんを発せず、世話人はすこぶる得意なりき。美人は戯るるがごとくになじれり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一言いちごんでいうならば、うすく割って屋根葺き板にするような、大きな素性すじょうの良い木材が、おいおいにとぼしくなってきたからである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
然し、今日こんにちまで親友と思うてをつた君を棄つるからには、これが一生のわかれになるのぢやから、その餞行はなむけとして一言いちごん云はんけりやならん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「調べる」と、たった一言いちごんもとに、家財を掻き回して、家宅捜索をする、そして、わずかばかりな一片の手紙でも、不審と見れば
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前回の手紙につき、急ぎ釈明しゃくめいのため一言いちごんします。父上は、あの手紙が韻文いんぶんになっていることをお気づきにならなかったのです。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
くさかるかまをさへ買求かひもとむるほどなりければ、火のためまづしくなりしに家をやきたる隣家りんかむかひて一言いちごんうらみをいはず、まじはしたしむこと常にかはらざりけり。
サスがの柿沢君も一言いちごんの答弁がなかつたと云ふことです、一言に尽したならば、兼吉の如きは新式江戸ツ子とでも言ひませうか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
大王の一言いちごんもって動かすべからず、実に私はこの一言を得て心の底から悦びその歓喜の情はおのずから満面に溢れたかと思います。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それをどうです、大勢の前でスパスパとやられて一言いちごんもなく恐れ入っちまうなんぞは、人徳にんとくというものは大したものですな
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
………その癖いつも味方になってかぼうて上げてるのんに、人に一言いちごんの相談もせんと、あんな板倉みたいなもんとそんな約束してしもうて、………
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それから一言いちごん挨拶あいさつもせず、如丹と若い衆との間の席へ、大きい体を割りこませた。保吉はライスカレエをすくいながら、嫌な奴だなと思っていた。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
花田君は一言いちごんもありません。たしかに、たしかに、この部屋だったのに、虎の檻なんか、どこにも見あたらないのです。
虎の牙 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なにしろ泊まり込みで網を張っていながら、こんな事になってしまって、なんと叱られても一言いちごんもありません。庄太が一生の不覚、あやまりました
半七捕物帳:54 唐人飴 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は途々みちみちこの一言いちごんを胸に幾度いくたびか繰返した、そして一念はしなくもその夜の先生の怒罵どばに触れると急に足がすくむよう思った。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
っかさまには不孝でございますが、文治郎命を捨てゝ悪婦の命を断ちました、決して逃げ隠れは致しません、一言いちごん藤原に申し聞けたい事があります
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
八五郎は一言いちごんもありませんでした。お神楽の清吉に牛耳ぎゅうじられて、日頃の八五郎に似気なく、ほとんど周助殺しの調べの筋も通してはこなかったのです。
「いや、山内殿の智弁には、今更ながら、つくづく恐れ入った。流石さすがの大岡越前守も、一言いちごんもなく、尻っ尾をいて引退ひきさがって行ったがいや、感服感服」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
紳士は一言いちごんも口をきかず重々しい態度で室内の電灯をみんな点けた。室内にはたちまち明るい光がいっぱいに流れた。この時二人は始めて眼と眼を見合せた。
おのずから人前をはばかり、人前では殊更に二人がうとうとしく取りなす様になっている。かくまで私心わたくしごころが長じてきてどうして立派な口がきけよう。僕はただ一言いちごん
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ところでこんな研究も良いが大学で雪を切ることだけ教えるのはちょっと困るといわれれば一言いちごんもない。
雪雑記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
とはいえそれは忍ぼうと思えば忍びもなろうが、まのあたりに意久地なしと言わぬばかりのからみ文句、人を見括みくびッた一言いちごんばかりは、如何いかにしても腹にえかねる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
あのひとのボロを隠してあげたいと思って、よそさまへは、あのひとの悪いところは一言いちごんも言わず、かえって嘘ついてあの人をほめて聞かせたりして来ましたのに
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
都会の水に関して最後に渡船わたしぶねの事を一言いちごんしたい。渡船わたしぶねは東京の都市が漸次ぜんじ整理されて行くにつれて、すなはち橋梁の便宜を得るに従つてやがては廃絶すべきものであらう。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
おそろしきはくまでおそろしく、ちりほどのことにしみぬべし、男女なんによなかもかヽるものにや、甚之助じんのすけ吾助ごすけしたふはれともことなりてあはものなれど、わがこのひと一言いちごんおも
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
身体の大きさは人間より一まわりほど大きかった。一言いちごんでいうと、彼等は西洋の幽霊そっくりだった。つまり人間が頭からスッポリと白布を被った恰好に等しかった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
下ノ関で外国の船艦に発砲したからとかいそうなものであるに、ソンな事は一言いちごん半句もわないで、イヤどうも京都に暴れ込んだとか、あるいは勅命にもと台命たいめいそむ
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と家内に一言いちごんして、餌桶えさおけ網魚籠あみびくとを持って、鍔広つばびろ大麦藁帽おおむぎわらぼう引冠ひっかぶり、腰に手拭てぬぐいふところに手帳、素足に薄くなった薩摩下駄さつまげた、まだ低くならぬ日の光のきらきらする中を
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
……不義の女と云われましても、妾には一言いちごんもございません。……どうぞかつえ蔵へお入れ下さい
柳営秘録かつえ蔵 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かれ草でそれはたしかにいゝけれども、寝てゐるうちに、野火にやかれちゃ一言いちごんもない。よしよし、この石へ寝よう。まるでね台だ。ふんふん、実に柔らかだ。いゝ寝台ねだいだぞ。
楢ノ木大学士の野宿 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
礼儀をわきまえていたにしたとこで、セエラに一言いちごんお礼をいう暇もなかったに違いありません。
「御破談になさるより外ございますまい。わたくしがあの日に、あなたがお照様でございますねと、一言いちごん念を押して置けばよろしかったのでございます。全くわたくしの粗忽で」
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
重井をたずねて、身を托せんと思い立ちしに、その妾おりゅうのために一言いちごんにして跳付はねつけられ、むなく博士某のていに生みの母なる富子夫人を尋ぬれば、これまた面会すらも断わられて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
だが一つだけ、この年に免じて、お別れのしるしに、一言いちごん忠告をゆるして頂きたい。
外国と通商条約つうしょうじょうやくを取結びながら、産物さんぶつを或る一国に専売せんばいするがごとき万国公法ばんこくこうほう違反いはんしたる挙動きょどうならずやとの口調くちょうを以てきびしくだんまれたるがゆえに、政府においては一言いちごんもなく
この計略にうまく引っかかった匈奴は、一言いちごんもなく、十九年めに蘇武をかえした。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
僕は義務として、一言いちごん君に注意します。我々甲羅こうらをへた独身ものは、ここへ来ても、さしつかえない。なんのことがあるものですか? 我々は鍛錬たんれんができてるからびくともしないです。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
最後に今一言いちごんさせて頂きます。小生は小生の妻子に対する貴下の御庇護に関する私的御費用の一端として、藤波弁護士の手に保管中の二万円也を貴下に捧呈させて頂きたいのであります。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
アハハ、そういわれると一言いちごんもありませんがしかし我々は撃つまでが楽みで撃ってしまえばモー食べないでいい位です。今のお話しに猪の事がありますが猪へはどういう風にブランデーを
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
こちらが自分で実際に当ってきながら、しかも自分では説明しきれなかったことをも、彼らのうちではたッた一言いちごんで分らせてくれた。本統に上つ方と自分らとの生活がまるで違ってるのだ。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
一言いちごん愛情あいじょうのことばが出て来ないのである。わたしはけものなのであろうか。
おかみは、巳代が三歳みっつまでよく口をきいて居たら、ある日「おっかあ、お湯が飲みてえ」と云うたを最後の一言いちごんにして、医者にかけても薬を飲ましても甲斐が無く唖になって了うた、と言った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
たまに我輩が何か言はうものなら、私は斯様こんな裸体はだかで嫁に来やしなかつたなんて、其を言はれると一言いちごんも無い。実際、彼奴あいつが持つて来た衣類ものは、皆な我輩が飲んで了つたのだから——はゝゝゝゝ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
女子供に云うべき事でもないので家人へは一言いちごんも云わずにいた。
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
なお他人に忠告するについては、一言いちごんしたいことがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
威儀略述 夷堅志いけんし 頤生輯要いせいしゅうよう 一言いちごん雑筆 因果物語
妖怪学講義:02 緒言 (新字新仮名) / 井上円了(著)
彼女は泣きながら父のへやに訴えに行った。父は面倒だと思ったのだろう、あによめには一言いちごん聞糺ききたださずに、翌日お重を連れて三越へ出かけた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一言いちごんでも、大事の秘密を聞かれた時は、秘密にくみすか、秘密に殺されるかどっちか二つに一つを選ばなければならない——。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くさかるかまをさへ買求かひもとむるほどなりければ、火のためまづしくなりしに家をやきたる隣家りんかむかひて一言いちごんうらみをいはず、まじはしたしむこと常にかはらざりけり。