おん)” の例文
能登のとの「ワゲシ」はもつともこれにちかおんいうする鳳(フング)至(シ)の二によつてしめされたのが、いまは「ホーシ」とものがある。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
言語は、すべて一定のおんに一定の意味が結合して成立つものであって、音が言語の外形をなし、意味がその内容を成しているのである。
国語音韻の変遷 (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
と謂ツたが、おん出方でかたまで下司な下町式になツて、以前凛としたとこのあツた顔にも氣品がなくなり、何處か仇ツぽい愛嬌が出來てゐた。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
こぐ腕の動きにつぶされたようなおんで、ひとりごとを言っている船頭のささやき——そういうもののほかには、何ひとつきこえなかった。
たま/\おんわせがしぜんとそうなっているまでだと、いくたびもおもいかえしておりますうちに、又もや朝露軒どのは
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あまりたえなるに、いぶかしさは忘れたるが、また思い惑いぬ。ひそかに見ばや、小親を置きて世に誰かまたこのおんの調をなし得るものぞ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
旋頭歌せどうかといふものに發達はつたつしてくと同時どうじに、片歌かたうた自身じしんが、短歌たんかつくげるように、次第しだいに、おんかずし、内容ないよう複雜ふくざつになつてゐました。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
「三月になります。」とか「なるわよ。」とか言切ったら平常つねの談話に聞えたのであろうが、ネエと長く引いた声は咏嘆えいたんおんというよりも
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
手は一つのキーに触れた。そのおんは声のように震えた。アンナはぞっとして仕事を取り落とした。クリストフはもう腰をおろしてひいていた。
多くの国語に共通なアルファベットの幾字かを並べて或る一定の国語の有する特殊なおんを出そうとするようなものであるといっている{3}。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
骨董こっとうというのは元来支那しなの田舎言葉で、字はただそのおんを表わしているのみであるから、骨の字にも董の字にもかかわった義があるのではない。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おいらには歌は唄えねえ。まるっきりおんをなさねえのだ。悲しくもなれば愛想も尽きる。そうしてお前が羨ましくもなる。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「あの東風こちと云うのをおんで読まれると大変気にするので」「はてね」と迷亭先生は金唐皮きんからかわ煙草入たばこいれから煙草をつまみ出す。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
会員楽器に和して、自由の歌を合奏す、悲壮のおん水を渡りて、無限の感に打たれしことの今もなおこの記憶に残れるよ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「以ての外、拙者が九州人でない証拠は、拙者のおんを聞いたらわかるだろう、婦人や少年のことはあずかり知らんことじゃ」
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
バスのおんとソプラノの音とが、着かず離れずにもつれ合つて、高くなつたり低くなりして漂ふ間を、福富の肉声が、浮いたり沈んだりして泳いでゐる。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そこで演奏の方法は、タヌがそれらの鍵盤を指で押すのであって、押しさえすれば、そこから、ややそれ相応のおんと歌詞とが出て来るという仕組み。
削るのかんなかんなとをんなとおん近きもこれまた自然の道理なり緋威ひをどしの鎧とめかし込み艶福がるといづれ仕舞しまひは深田へ馬を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
ただしゃがれたおんを出すばかりだったが、それでもやはりせきこんで咽喉のどをつまらせながら、何かしら早口にわけのわからぬことをしゃべっていた。
索引さくいんは五十おんわかちたり、読者どくしゃ便利べんり正式せいしき仮名かなによらず、オとヲ、イとヰ、のるいちかきものにれたり
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「ちょッとお話の途中ですが、貴様あなたはその『冬』というおんにかぶれやアしませんでしたか?」と岡本はたずねた。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
おんが似ているじゃないか。彼はもう一度、二つの言葉を発音してみた。たしかに舌の廻り具合が似ている。ゼンソクタバコの方が、原音からなまったのだろう。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
でもおんは雅子に通じ、どうも些か。詩という字もつかっていらっしゃる、そう思い、くりかえし眺めました。
そのすずしい声にまじって、びっくりするほど太い、しかし低いおんで、調子を合わせるものもありました。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
次から次へと移りながら、消えてゆくおんを捉へると同様に、散りゆく香気の翅を捉へて動きゆく、重なりゆく、高まりゆく、流れゆく幻想の画像をゑがくのだ。
「これは、なんと読むんだろう。ビハダソ、——肌というのは、おんはなんだろう。なんと言ったですかね」
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
わが手は戸に触れて音なふ声と共に、中には早や珍客の来遊におどろける言葉を洩らせるものあり。わがおんむかしに変らぬか、なつかしきものは往日わうじつ知音ちいんなり。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
異樣のおん罵詈のゝしりの叫び、苦患なやみことば、怒りのふし、強き聲、弱き聲、手の響きこれにまじりて 二五—二七
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
窓掛の間へ月が滑り出て、銀色の指で、そこらぢゆうの物にさはる。音楽が清く優しく、一間の内に漂うてゐる。その一つ一つのおんは、空の遠い星の輝きのやうである。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
むべなるかな、人は「君が代」よりも「梅の春」を聴んと急ぐや。嘗て英国の国歌を誦するを聴く、声昂り調高し鼓舞作興の妙言ふべからず、誠に大国のおんなるが如し。
詩人論 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
つまり仔鹿かよという一つのおんが、なにか貴女にとって、重大な一つものの中に含まれているからです。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「××さん、遊びませう」と云う子供の声、——あれはおんの高低を示せば、×× San Asobi-ma show である。あのおんはいつまで残つてゐるかしら。
都会で (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あなたは「都々逸どどいつ」が採譜さいふの出来ないことを知っていられますか、謡曲も採譜が出来ません、あれは耳から耳へ伝わっている曲で、同じ「ア」というおんを引伸ばしながら
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ただその中でも津軽のコギンは、あるいは古錦こきんおんだなどと謂った人もあるくらいに、殊に精巧な美しいものが多かったのである。それを作るのも容易のわざではなかった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と図星をさされて、そんな事を知る物か、何だそんな事、とくるり後を向いて壁の腰ばりを指でたたきながら、廻れ廻れ水車みづぐるまを小おんうたひ出す、美登利は衆人おほくの細螺を集めて
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
剃髪ていはつして五郎作新発智東陽院寿阿弥陀仏曇奝しんぼっちとうよういんじゅあみだぶつどんちょうと称した。曇奝とは好劇家たる五郎作が、おん似通にかよった劇場の緞帳どんちょうと、入宋にゅうそう僧奝然ちょうねんの名などとを配合して作った戯号げごうではなかろうか。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
おんそくした、半分は口の中でどもってしまう、聞き取りにくい調子だが、どことなく、自ずから感に通じるところがある。……私は妙な機会から、妙な人に逢ったもんだと思った。
北国の人 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
大岡殿は見て取れ大おん默止だまれ此出過者すぎものおのれ尋問たづねはせぬぞ只今九郎兵衞が申には里のからだきずは無いとあり又汝もよめではあれど知らぬと答へしには非ずや然るを今村役人共が申立るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それでも、おかくは信一のシンおんだけは覚えてゐるのかといくらか私が感心しようとすると、次の手紙では槙原英太郎殿と麗々しく認められたり、英兵衛となつたりしてゐるのです。
月あかり (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
着けたりといえどもさる友市ともいち生れた時は同じ乳呑児ちのみごなり太閤たいこうたると大盗たいとうたるとつんぼが聞かばおんかわるまじきも変るはちりの世の虫けらどもが栄枯窮達一度が末代とは阿房陀羅経あほだらぎょうもまたこれを
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
そこへ電気吹込みしたレコードの文句を……ドウも肉声では工合が悪いようだがね。そのレコードのおんを耳に当てがうと不思議なほどハッキリと記憶する。十枚分ぐらいは楽に這入るもんだがね。
人間レコード (新字新仮名) / 夢野久作(著)
なぜそれに気がついたかというとね、言葉のおんというものを逆に聞くと、子音と母音とが離れ離れになり、子音は隣りの母音と結び、母音はまた隣りの子音と結ぶということに気がついたからだ。
獏鸚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これは彼の持物であるが、彼のおもわくを見るとあんまりいいものでもないらしく、彼は「らい」という言葉を嫌って一切「らい」に近いおんまでも嫌った。あとではそれをしひろめて「りょう」もいけない。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
これが続いて響くおんだ。
おんといひ色合といひ
ひとつの道 (新字旧仮名) / 草野天平(著)
おんの牧場に!
かようなおんは古代の国語にはなく、江戸時代以後にはじめて生じたもので、それ以前はこれらの仮名はfafifufefoと発音されていた。
駒のいななき (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
しかもその鼻にかかったおんの出し方がいかに玄妙であるかは、どんな文句を使っても、描写することはできないのである。
それにも、うきねといふ言葉ことばきといふいやな、なさけない悲觀ひかんすべき意味いみ言葉ことばが、おんからかんじられる習慣しゆうかんになつてゐます。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
自分ではベトヴェンのシンフォニーにも劣らざる美妙のおんと確信しているのだが御三には何等の影響も生じないようだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)