音沙汰おとさた)” の例文
例の如くややしばし音沙汰おとさたがなかった。少しれ気味になって、また呼ぼうとした時、いたち大鼠おおねずみかが何処どこかで動いたような音がした。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「なんでも、お嬢様がお出かけになって間もなく、やっぱり長浜の方へお出かけになったまま、音沙汰おとさたがないのだそうでございます」
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
リップ・ヴァン・ウィンクルっていうんですけど、二十年も前に鉄砲をもって家を出られたっきり、その後なんの音沙汰おとさたもないんです。
それきり何の音沙汰おとさたもない。昨夜ゆうべは一ト晩中寝ないで待ったが、今朝になっても帰されて来ぬところを見ると、今日もどうやらあやしい。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
『あゝ、今迄いまゝでなん音沙汰おとさたいのは、稻妻いなづま途中とちうんでしまつたのでせう。』と、日出雄少年ひでをせうねん悄然せうぜんとして、武村兵曹たけむらへいそうかほながめた。
そしてっとした弾みに、姉に発射はしたものの、やっぱり大学生からは何の音沙汰おとさたもなく、父も姉もいなくなったさびしさに堪え切れずに
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
ところが、それでは明日にも引取るからと約束して帰ったまんまもう半月にもなりますが、その後何の音沙汰おとさたもないのです。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あまり音沙汰おとさたがなさ過ぎるので、或る朝お春を見に遣ると、今朝はまだおやすみになっていらっしゃいましたがお元気でした
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その爆弾が、下にぐんぐんおちていったきりで、そのまま音沙汰おとさたなしになってしまったものですから、爆撃員はすっかり面くらってしまいました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ところが意外にもその方はまるで音沙汰おとさたなしで、互い違いに起る普通の会話はけっして聴かれなかった。しゃべる方はただ崖の上に限られていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其処そこへ若い二人ふたりも呼んで、にぎやかな、わたしの心の保養になる夏を過さうと計画もくろむで、の間娘にその由を知らせてやつたのだが、何の音沙汰おとさたもない。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
ところが、それからだんだん国元の様子が父に不利になって来て、近頃ちかごろではまるっきり音沙汰おとさたもありません。うわさには一族郎党ろうとう、ほとんど全滅ぜんめつだとの事です。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一度ぎりで何の音沙汰おとさたもないところを見ると、その求婚を、恐ろしい復讐ふくしゅうの企てでもあるように思ったのは、自分の邪推であったようにさえ、瑠璃子は思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
身内のものは小林のことを案じていたが長い間何らの音沙汰おとさたもなかった。そこへひょっくり小林が年上の妻をつれて帰ったので、みんなは驚きもし喜びもした。
日本中残らずとは思うが、この夏は、山深い北国ほっこく筋の、谷を渡り、峰を伝って尋ねよう、と夏休みに東京を出ました。——それっきり、行方が知れず、音沙汰おとさたなし。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雪江さんは一番先に御飯を食べて、部屋へこもった儘音沙汰おとさたがない。唯松ばかり後仕舞あとじまいで忙しそうで、台所で器物を洗う水の音がボシャボシャと私の部屋へ迄聞える。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
恭一からは、それっきり何の音沙汰おとさたもなかった。次郎には、日がたつにつれ、それが気になって来た。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
折れてくるか怒鳴りこんで来るかと待ちかまえていたが、んだともつぶれたとも、なんの音沙汰おとさたもない。藤五郎のほうでは拍子ぬけがして呆気あっけにとられる始末だった。
顎十郎捕物帳:18 永代経 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
熱海より行方ゆくへ知れざりし人の姿を田鶴見たずみの邸内に見てしまで、彼は全く音沙汰おとさたをも聞かざりしなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
わたし達の勤めている臨海試験所のちょうど真向いに見える汐巻しおまき灯台の灯が、なんの音沙汰おとさたもなく突然吹き消すように消えてしまったのは、空気のドンヨリとねばった
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
それから、一週間、二週間を経ても、友人からは何の音沙汰おとさたもなかった。しかし、僕は、どんな難局に立っても、この女を女優に仕立てあげようという熱心が出ていた。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
「いつか、殿にもお話しいたした通り、住吉村で別れまして以来、トンと音沙汰おとさたもござりませぬ」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三日みつかりても音沙汰おとさたきにさとしこヽろもだえ、甚之助じんのすけるごとにれとなくうながせば、ぼくもらつてりたけれど姉樣ねえさまくださらねばと、あはいたばさみにりてこまりしてい
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
音沙汰おとさたの無い、どうしているか解らないような子息むすこのことも、大塚さんの胸に浮んだ。大塚さんは全く子が無いでは無い。一人ある。しかも今では音信不通な人に成っている。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いつまでたっても音沙汰おとさたがなかった。クリストフはそれを苦しんだけれど、こちらから進んでジャンナン親子に会おうとする手段を差し控えた。そして来もしない者を毎日待ち受けた。
いのりる中又半年も待けれども音沙汰おとさたなければ或時母は吉三郎に申やう二人して江戸へいで先達せんだつてよりうはさの如く江戸通えどとほり油町なれば尋ねき利兵衞殿にあう談判かけあひ我々親子を引取ひきとるや否や其心底そのしんてい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
モーナルーダオは自分たち仲間一同が逮捕され留置されることの想像に脅えた。しかし、どういうわけか、当局からはなんの音沙汰おとさたもない。無気味な位である。彼は不安な毎日を送った。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
しかも今日の事……大切な大切なお義兄にいさま達御夫婦が、ほかならぬ妾にまでも音沙汰おとさたなしで、不意に行衛ゆくえくらましておしまいになったと聞いた時の妾の驚きと悲しみはどんなでしたろう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かくてそれっきり今日まで、ついに一本の手紙も一枚の写真も送らずに過して来てしまったのである。先生の側からいえば、僕は去ったが最後、ようとして音沙汰おとさたなしというところであろう。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「でも正勝さんの話じゃ、正勝さんを好いているらしいんだがなあ。今度も敬二郎さんのほうへは音沙汰おとさたをしないで、正勝さんにだけ手紙を寄越したり、電報を寄越したりしたらしいんだが……」
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
なくなつてのち音沙汰おとさたはありませぬ、もしおひになつたら
塩原多助旅日記 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
案の条、五月が来ても何んの音沙汰おとさたもない。
十一時過ぎまで音沙汰おとさたがないので、何してるのやろうと、雪子と二人で苛々いらいらしていると、昼近くにお春がひょっこり勝手口から這入はいって来た。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二三日にさんちは何の音沙汰おとさたもなく過ぎたが、御面会をするから明日みょうにち三時頃来て貰いたいと云う返事がようやくの事来たよと同僚が告げてくれた時はおおいうれしかった。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さほどの船を沈めっぱなしで、音沙汰おとさたもなく行ってしまったのは、彼等密猟船自身の、きず持つすねであろう。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
春木、牛丸の二少年の身辺しんぺんには、依然として平穏へいおんな日がつづいた。いずれ落着いたら、便りをよこすといっていた戸倉老人からもどうしたものか音沙汰おとさたがなかった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
お勢は気分の悪いを口実いいだてにして英語の稽古けいこにも往かず、只一間にこもッたぎり、音沙汰おとさたなし。昼飯ひるはんの時、顔を合わしたが、お勢は成りたけ文三の顔を見ぬようにしている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
黒鍬の者に案内させたがよかろうという吉宗の好意に、万太郎はその日は大人しく宿直とのいにさがって、翌日、それの来るのを待ちうけましたが、さて何とも音沙汰おとさたがない。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうでござんすか。あすこも出て来たきり、これが厭がるもんだで、一向音沙汰おとさたなしで……。」
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
このはず、まずにくらして、くるしき一夜いちやは、一睡いつすいゆめをもむすばず翌朝よくあさむかへたが、まだんの音沙汰おとさたい、ながめるとそらにはくもひくび、やままたやま彼方此處あちこちには
何にも達雄からは音沙汰おとさたが無い……苦しいことが有れば有るように、せめて妻のところだけへは家出をした先からでも便りが有りそうなもの、とこうお種は夫の心を頼んでいた。また一月待った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ところが、五日たっても十日たっても、一向音沙汰おとさたがないではありませんか。無論その間には、主任が度々警察へ出頭して様子をたずねていたのですけれど、仲々金は返って来そうもないのです。
盗難 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
其後音沙汰おとさたなし。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
先方から何の音沙汰おとさたもないと、じっとしていられないようになり、次の日曜日の朝、わざと幸子には目的を告げず、ちょっと散歩にと云って、家を出た。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
落ちた俵はしばらく音沙汰おとさたもない。と思うと遠くでどさっと云った。俵は底まで落切ったと見える。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どちらも音沙汰おとさたがない、声を立てて呼ぶわけにはいかず、跡を追いかけるにもこの通りの闇、そのうち前後左右には破牢! 破牢! という捕手の声だ、それをくぐって
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
文三は耳をそばだてた。いそがわしく縁側を通る人の足音がして、暫らくすると梯子段はしごだんの下で洋燈をどうとかこうとか云うお鍋の声がしたが、それから後は粛然ひっそとして音沙汰おとさたをしなくなった。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
非常ひじやう困難こんなんあひだに、三日みつか※去すぎさつたが、大佐たいさからはなん音沙汰おとさたかつた、また、左樣さう容易たやすくあるべきはづもなく、四日よつかぎ、五日いつかぎ、六日むいかぎ、その七日目なぬかめまでこのおそろしき山中さんちゆう
するとしばらく音沙汰おとさたのなかった葉子から、またしても電話がかかって来た。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
左衛門町の家のものは音沙汰おとさたのない半蔵の身の上を案じ暮らした。彼が献扇事件は早くも町々の人の口に上って、多吉夫婦の耳にもはいらないではない。それにつけてもうわさとりどりである。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)