かお)” の例文
なぜならつくえかどは、小刀こがたなかなにかで、不格好ぶかっこうけずとされてまるくされ、そして、かおには、縦横じゅうおうきずがついていたのであります。
春さきの古物店 (新字新仮名) / 小川未明(著)
惣太はかおの色を失って荷田の手を押し払って、それを拾い取って懐中へじ込もうとしますから、いよいよ嫌疑けんぎが深くなるわけです。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
平生へいぜい私の処にく来るおばばさんがあって、私の母より少し年長のお婆さんで、お八重やえさんと云う人。今でもの人のかおを覚えて居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
スルト其奴そいつが矢庭にペタリ尻餠をいて、狼狽うろたえた眼を円くして、ウッとおれのかおを看た其口から血が滴々々たらたらたら……いや眼に見えるようだ。
かおを洗い全身の冷水摩擦れいすいまさつでもすると、体中の血液はみなぎあふるる様な爽快を感ずることは、今日も青年時代と少しも異なるところがない。
おとがい細く、顔まろく、大きさ過ぎたる鼻の下に、いやしげなる八字髭はちじひげの上唇をおおわんばかり、濃く茂れるを貯えたるが、かおとの配合をあやまれり。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
他人の忠告決してかろんずべきものにあらず、人は自身のかおを見るあたわざるがごとく社会における己の位置をも能く見ること能わざるべし
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
白蝋のかおの上に、香りの高い白粉おしろいがのべられ、その上に淡紅色ときいろの粉白粉を、彼女の両頬につぶらなまぶたの上に、しずかにりこんだ。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まともには龍一のかおを見ることも出来ないやうに片身のせまいおもひをつのらして、何となく卑屈になつて行くやうな自分の態度を顧みると
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
其隙そのひまに私はかおを洗う、飯を食う。それが済むと、今度は学校がっこうへ行く段取になるのだが、此時が一日中で一番私の苦痛の時だ。ポチがあとを追う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
太田は夢中で側の洗面器に手をやりその中にかおをつっこんだ。咳はとめどもなく続いた。そのたびごとに血は口に溢れ、洗面器に吐き出された。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
「さあ、早く行け。さもないと貴様の眼をつぶすぞ」と、四、五人は彼のかおにのぼって来たので、士はいよいよ閉口した。
と云いさま、ガアッとたんの若侍の顔にき付けました故、流石さすがに勘弁強い若侍も、今は怒気どき一度にかおあらわれ
青年わかものの目と少女おとめの目とそらに合いし時、少女はさとそのかおを赤らめ、しばしはためらいしが急に立ちあがりかの大皿のみを左手ゆんでに持ちて道にのぼり
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
瑠璃子の土のようにあおかおの筋肉が、かすかに、動いたように思った。美奈子の声がようやく聞えたのである。美奈子は、三度目に力をめて叫んだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
このうちにはまだこの頃はかおを出さず、『小日本』廃刊後になって初めて出席した人が誤って這入はいっているかも知れぬ。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そう云ううちアヤ子は、かおを真赤にしてうつむきまして、涙をホロホロと焼け砂の上に落しながら、何ともいえない、悲しい笑い顔をして見せました。
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しょう松浦王はまだ立ったままだが、温和な微笑をかおに漂わして、謙遜に、しかも何処かに闊達な意気をひそめている。口数が極めて少い。やさしい眼だ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
深い苦痛の色がイエスのかおぎりました。一人の者が走って往って、海綿に酸き葡萄酒——「酸き葡萄酒」というのは兵卒が飲んだ下等の濁酒です。
おとよさんのあの力あるかおつきで何とか言い出されたら、省作がいま口の底でいう、いやだいやだなんぞは、手のひらの塵を吹くより軽く飛んでしまいそうだ。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
骨のある忠臣は相次いで世を去るにひきかえ、こういうたぐいの者が内政から外務にまで新たにかおを出すにいたっては、もはやその国の運命ははかり知るべきである。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぼうぼう頭髪あたまのごりごり腮髯ひげかおよごれて衣服きものあかづき破れたる見るから厭気のぞっとたつほどな様子に、さすがあきれて挨拶あいさつさえどぎまぎせしまま急には出ず。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
えへんえへんと二つばかり大きな咳払せきばらいをして席に着いた。おれは今度も手をたたこうと思ったが、またみんながおれのかおを見るといやだから、やめにしておいた。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
朝に晩に逢う人は、あたかも住慣れた町をながめるように、近過ぎてかえって何の新しい感想かんじも起らないが、たまかおを合せた友達を見ると、実に、驚くほど変っている。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
はなはだツかしいかおを作り、役所の方からはまだ月給が下らない、学校の方も駄目だめで、実に「愛してはいるが助けることが出来ない」と言って彼を空手で追い帰した。
端午節 (新字新仮名) / 魯迅(著)
わしは仏像とかおを見合わせてすわるのがつらいのだよ。(間)今晩は変な気がしてちょっとも酔えないよ。お前が陰気な話ばかりするものだから。もっと酔わなくては。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
夫人はここで始めて眼頭に光るものを見せると、堪え兼ねたようにかおを伏せてしまった。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「そうかなあ。じゃ僕も遇っている。自分で自分のかおのわからないはずはないがなあ。」
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
それからもなく来たのは、また女で、せいたかの、おそろしいせっぽち、黒いかおぎぬにつつまれていました。びんぼうにんが例の用事をたのむと、女は、名づけ親になると約束しました。
キラキラしい太陽がかおを出したので雪からは少しずつ水蒸気が立って行くのが見える。あたりが何となし、うるおって、ハアッと息を遠くから吹きかけた鏡の面の様な空合になって居る。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「今おやすみ遊ばしました」紅茶の熱きをすすめつつ、なおくれないなる良人おっとかおをながめ「あなた、お頭痛が遊ばすの? お酒なんぞ、召し上がれないのに、あんなに母がおしいするものですから」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
かーっといって出したつばを危くそのかおに吐きつけようとした。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
故意に無愛想なかおで陶に対していた。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
猿のようなかおをして白い歯をいてののしると、たださえ気の荒い郡内の川越し人足が、こんなことを言われて納まるはずがありません。
私などは不幸にして実父のかおも知らず、画像えぞうに写したものもなし、又私がドンな子供であったか母にきいたばかりで書たものはない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「主治医や云うてます。なんでも宝塚に医院を開いとる新療法の医者やいうことだす。さっき邸を出てゆっきよったが、どうも好かんかおや」
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
って出るように水をのぞく、と風が冷かにかおを打つ。欄干にしかと両手を掛けた、が、じっと黙って、やがてしずかに立直った時、酔覚えいざめの顔は蒼白あおじろい。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
で、母が来いと云うから、あといて怕々こわごわ奥へ行って見ると、父は未だ居る医者と何か話をしていたが、私のかおを見るより、何処へ行って居た。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
江東こうとうの或る商人あきんどの左の二の腕に不思議の腫物しゅもつが出来た。その腫物は人のかおの通りであるが、別になんの苦痛もなかった。
「そら死ぬそら死ぬそら死ぬ」と耳のはたささやけば、片々かたかたの耳元でも懐しいかお「もう見えぬもう見えぬもう見えぬ」
と、島独特の黄色い円いかおをした童子が赤いトマトの累々るいるいとつまって盛り上った竹の籠を両手に擁えて、山坂などをのぼって来る。その髪の毛に円光が立つ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
涼しい心持の好い風が来てかおでて通るたびに、二人は地の上に落ちている葉の影のかすかにふるえるのを眺めながら、互いに愛読したその翻訳物の話に時を送った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おれはこう云う単純な人間だから、今までの喧嘩はまるで忘れて、大いに難有ありがたいと云う顔をもって、腰を卸した山嵐の方を見たら、山嵐は一向知らんかおをしている。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それからというもの、わたしは、なにかにつけて手荒てあらあつかわれましたが、しまいに、おおきくなったぼっちゃんのために、またこんなにかおにまできずをつけられてしまいました。
春さきの古物店 (新字新仮名) / 小川未明(著)
だん/\蝋色ろういろに、白んで行く、不幸な青年のかおをじっと見詰めていると、信一郎の心も、青年の不慮の横死をいたむ心で一杯になって、ほた/\と、涙が流れて止まらなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
真正面からイエス様に相対し、かおと面とを合わせて、自分のことをはっきり申し上げねばなりません。自分の信仰的立場を客観的に表明し、公然たる立場に置かねばならない。
ただすと、源三はじゅつなさそうに、かつは憐愍あわれみ宥恕ゆるしとをうようなかおをしてかすか点頭うなずいた。源三の腹の中はかくしきれなくなって、ここに至ってその継子根性ままここんじょう本相ほんしょうを現してしまった。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
……高ぶる者を見てこれをことごとかがませ、また悪人を立所たちどころみつけ、これをちりの中に埋めこれがかおを隠れたる処に閉じこめよ、さらば我も汝をめて汝の右の手汝を救い得るとせん。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
生徒の質問の中で、折り折り胸を刺れるようなのがある。中には自分の秘密を知ってあんな質問をするのではあるまいかと疑い、思わず生徒のかおを見て直ぐ我顔を負向そむけることもある。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ふりしきる雪の中を、傘を畳んで悄々しほしほと足駄の雪をおとして電車の中にはいつた。涙ぐんだかおをふせて、はいつて来た唯だ一人の、子を背負つたとし子の姿に皆の眼が一時にそゝがれた。
乞食の名誉 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)