すき)” の例文
も一人は、すきかついだ。そして、大熊を刺し撲殺して麓の村のわが家へ持ち込んだのだ。なんと勇ましく、命がけのことではないか。
香熊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
雪をはじめにかきこむすきは、ものすごく大きくて、前へひさしのように出ていた。一郎は、時間のたつのも忘れて、じっと見つめていた。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それからルグランは、自分で一ちょうすきを取り、ジュピターに一梃、私に一梃渡して、できるだけ速く掘りにかかってくれと頼んだ。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
村人ら、かつためらい、かつ、そそり立ち、あるいは捜し、手近きを掻取かきとって、くわすきたぐい、熊手、古箒など思い思いに得ものを携う。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大なすきを打込んで、身を横にしてたおれるばかりに土の塊を鋤起す。気の遠くなるような黒土の臭気においぷんとして、鼻を衝くのでした。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もうこれまでです。男の血は槍や鳶口とびぐちや棒やすきくわを染めて、からだは雪に埋められました。検視の来る頃には男はもう死んでいました。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ラムネを並べた汚ない休み茶屋の隣には馬具やすきなどを売る古い大きな家があった。野に出ると赤蜻蛉あかとんぼが群れをなして飛んでいた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ひのきしまがすくすくと立って、春の空へ暗緑の傘をかさねている。音は、その奥の墓地の中から聞えて来るのだった。すきの音にちがいない。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すなわち手にすきを取りながら心に宇宙の大真理を貯うる人、これ基督の理想的人物にして、基督彼自身もまた僻村ナザレの一小工なりし。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
すきをとり穂を束ねることもどんなにか幸福に見えるだろう。風のまにまに自由の帆をあやつる小舟もどんなにか楽しく見えるだろう。
わたしは、その百姓のたがやしているのがきゅう山畑やまはたで、馬がすきをひいて歩くのにはつらい場所だということを知っていました。
くわすきの類をはじめとしての得物えものは、それぞれ柳の木に立てかけられたり、土手の上に転がされたりして、双方が素手すでで無事に入り交って
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ばくち打ちの親分になって贅沢するよりも、すきくわもって五穀をつくるのが人間の本筋だって、ゆうべもつくづくいってました。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
彼は山薯やまいも掘りといった恰好で、また事実、背負い籠の中に三本ばかり、山薯を掘って持っていたが、それをすきといっしょに土間へおろすと
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼女はすぐに発掘の決心をして、すきを持出してどしどし掘り下げた。大抵駄目らしいがもしかひょっとすると小兎が出て来ないとも限らない。
兎と猫 (新字新仮名) / 魯迅(著)
一語の消息を伝うべき電線は無い事か、乗って行く鉄道はどうなった、地を掘るすきの様なものは無いか、何処かに種をく野原は有るまいか。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
するとその時園丁えんていと見えて、すきを担いだ大男が花を分けて現われたが、二人の姿をチラリと見ると逃げるように隠れ去った。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
工業的こうぎょうてきの機械を用うる事はなく、くわすきかまなどが彼等唯一ゆいつの用具であくまでもそれを保守して、新らしい機械などには見向きもしない有様で
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
あらゆる答はすきのように問の根をってしまうものではない。むしろ古い問の代りに新らしい問を芽ぐませる木鋏きばさみの役にしか立たぬものである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
或る者はすきを持つてみぞを掘り、或る者はそこから掘上げられた土を運んで、地続きになつてゐるくぼみの水溜みづたまりを埋めてゐ
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
墓穴のそばに突きさしたすきにからすが止まると墓掘りが憎さげにそれを追う。そこへ僧侶そうりょに連れられてたった三人のさびしい葬式の一行が来る。
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
家の戸口は開かれて、くわすき如露じょうろなぞは、きいろ日光ひかげに照されし貧しき住居すまいの門の前、色づく夕暮のうちよこたはりたり。
番丙 これなる老僧らうそうは、ふるへながら溜息といきき、なみだながしてをりまする。只今たゞいま墓場はかばからまゐるところを取押とりをさへて、これなるすき鶴嘴つるはしとを取上とりあげました。
吾々が怠れば品物の方は決して近附かない。すべての所が処女地であった。精出してすきくわれない限りみのりはない。
地方の民芸 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
収入みいりどころか、牛も馬もすきくわもありません。何よりも先にそれを手に入れなくちゃいけません。そうすりゃ、やがてお金も入って来るでしょう。」
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
どこかで土を掘り返すすきの音がした。菜園の上からは白い一条の煙が立ち昇っていて、ゆるく西の方へなびいていた。
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
るには木にてつくりたるすきもちふ、里言りげんにこすきといふ、すなはち木鋤こすき也。ぶなといふ木をもつて作る、木質きのしやう軽強ねばくしてをるる事なくかつかろし、かたちは鋤にひろし。
「若旦那、駄目で御座ります。この界隈かいわいには無事なうちは一軒もありゃしません。みんなですきでもくわでも持って来てやって見るほかはありゃあしない。」
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
ともとの道へ帰ろうとする山のきわの、信行寺しんぎょうじと云う寺から出て来る百姓ていの男が、すきくわを持って泥だらけの手で、一人は草鞋一人は素足でさきへ立って
夜の大空の野にきらめくうねをつける星辰せいしん——眼に見えぬ野人の手に扱われる銀のすき——その平和を汝はもっている。
カライル氏同じ蘇格蘭スコットランドの農詩人たるバルン氏を論ずるや曰く、蒸気機関の後に立つ侏儒しゆじゆは山岳を移し得べし、然れども彼はすきを以て山を覆し能はざるなり
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
いなほとんどないくらいであるから田地を正当の方法ではかるということは到底出来ない。そこでヤク二疋にすきを引っ張らしてその田地をかして見るです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
折あらばすきをすててほこをとり、一旗あげようと、天職の農耕などそっちのけのありさまですから、武士たるものも枕を高くして安眠することができません。
うまくすきを引張ることが出来ると、お前さんは思いますかい? 尤も、多少は蹄鉄の倹約にはなりましょう。
すると、婆さんは傍にあった小さな箱の中へ手をやって、小さなくわすきの形をした物を出して前に置いた。
蕎麦餅 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その中からどうやらはっきり形のわかるのは、木製のすきの切れっぱしと、古い長靴の裏革ぐらいのものだ。
みんなは感心してつばをのみこむ。しばらく黙つてしまふ。みんなの眼には、すきの先からきらきらと陽にきらめきながら、現れて来る黄金こがねが見えるやうな気がする。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
掘るには木にて作りたるすきを用ふ、里言にこすきといふ、すなわち木鋤なり。(中略)掘たる雪は空地あきちの、人にさまたげなき処へ山のごとく積上る、これを里言に掘揚ほりあげといふ。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「もう少し掘つて見よう。みんな手を貸しな、——いや、それよりも掘るものが欲しい。くはでもすきでも」
すきの刃のように、または盲の土竜もぐらのように、行き当りばったりに、その不撓ふとう不屈の鼻を前へ押し出す。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
そこでこの歌がある。現に正倉院御蔵の玉箒のかたわらに鋤があってその一に、「東大寺献天平宝字二年正月」と記してあるのは、まさに家持が此歌を作った時のすきである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
すきくわをどう握るかと云ふ事もよく知つてゐて、自分の小さな持地を上手に耕やしてゐるのだと云ふ事も話さねばならなかつたのです——ジヤツクといふおじいさんがゐます。
すきくわを持ってやってきて、おいらを押しのけて、ドンドン穴を埋めようとするじゃアねえか。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
越後などには農具の貸付制が行われていて、すきくわを鍛冶から借りて使う農家も多かった。その借料をも年貢といっていた。秋の収穫後に鍛冶屋がその米ネンゴを集めに来る。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
編者未だ識別しきべつすることあたざれどもしはたしてしんならしめば吉宗よしむねぬしが賢明けんめいなるは言計いふばかりもなくにせにせとして其のあくあばかんすきぞくめつするは之奉行職の本分ほんぶんなれば僞者にせものの天一坊を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
わたくしはすき提燈ちょうちんつちをもって家を出ました。墓地の塀を乗りこえて、わたくしは彼女を埋めた墓穴を見つけました。穴はまだすっかり埋めつくされてはおりませんでした。
(新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
らざる智慧を趙温ちょうおんに附けられたおかげには、すきだのくわだの見るも賤しい心地がせられ、水盃をも仕兼ねない父母の手許てもとを離れて、玉でもないものを東京へ琢磨みがきに出た当座は
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
男子いやしくも志を立てて生活の戦場にで人生に何等かの貢献をこころみんと決したる上は、たとえはらわた九たび廻り、血潮の汗に五体はひたるとも野に於いて、市に於いて、すきに、くわに、剣に
よし、すきでもくわでもかまわん! 柄物えものをもたせて仲八や権六、定吉どもをひっぱっていこう。あるいはあの手ごわい相手にかかって、一人や二人くらいは、やられるかもしれぬ。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
烏こそはまことに鳥族の農夫である。彼らはその強いくちばしすきをもって終日耕してむことをしらない。それゆえ彼らの衣は美しい紺黒に光り、すこやかな唄の声は野に山にひびきわたる。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)