道傍みちばた)” の例文
わしがこの間道傍みちばたの畑で仕事をしていたら、一人の女が泣きながら棺桶を運んで行くのを見た。わしはだれが死んだかたずねてみた。
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
木内桜谷は道傍みちばたの古材木に腰を掛け、低く垂れた頭を、ぐらぐらと力なく左右に振りながら云った、「おらあうちへは帰れねえんだ」
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
同じころボストン市に逗留とうりゅう中、日曜日の夕方、かの有名なる歴史的の公園地「コンモンス」にぶらぶら散歩したところが、道傍みちばたに二
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
もしくは茶を売る道傍みちばた小家こやに、腰を掛けて休んでいたのでもよい。そういう旅の女をも、あの頃は一目見て遊女と呼び得たのか。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
歩きながら道傍みちばたの豆の葉を、さっとむしりとっても、やはり、この道のここのところで、この葉を毟りとったことがある、と思う。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
道傍みちばたには盗んでゆかれそうな街灯がポツンと立っていて、しっぽり濡れたアスファルトの舗道に、黄色い灯影ほかげを落としていた。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
むか/\と其声聞度ききたく身体からだむきを思わずくるりとかゆる途端道傍みちばたの石地蔵を見て奈良よ/\誤ったりと一町たらずあるくむこうより来る夫婦づれ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
国道沿いの軌道伝いに帰って参りましたところが、ちょうど姪浜ここから程近い道傍みちばたの海岸側に在る山の裾に石切場が御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「おや、子供のようです。そこの道傍みちばたに坐って。……何でしょう、気味のわるい、何か、独り言をいって、わめいているではございませんか」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここから人も余り通らない村道を玉川村という方へ向いて行く道傍みちばたには、大きな枝垂れの紅梅などがあって面白いのである。
(新字新仮名) / 岩本素白(著)
豚や鶏は時々隊をはなれて道傍みちばたの芝生へそれようとするのを、小さな針金のような鞭でコツコツとつっついては列に追い返している男がいる。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
到る所に椰子ヤシの実が落ち、或るものは腐り、或るものは三尺も芽を出している。道傍みちばたの水溜にはえびの泳いでいるのが見える。
公園こうゑん廣場ひろばは、すで幾萬いくまんひと滿ちてた。わたしたちは、外側そとがはほりむかつた道傍みちばたに、やう/\のまゝのむしろた。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「頬冠りをして居て人相は判らなかつたが、道傍みちばたの柳の小枝を上手に切つて、切れ味を試して行つたんださうで——」
辰は米を見返って溝の中へ捨てる真似をして道傍みちばたの材木の上へ金剛石を乗せて、赤目を一度してそのまま帰った。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
太功記の次のお俊伝兵衛では猿廻しの与次郎が寝床の中へ這入はいろうとする時、一旦戸締りをした格子を開けて家の前の道傍みちばた蹲踞うずくまりながら小便をする。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
主人はええ訳はありませんと云いつつも、ずいぶんはげしく引張り廻した上、ほとんど苦しくって道傍みちばたすくみそうになった頃、ようやく一軒の店へ這入はいった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
四郎左衛門は市中を一走りにけ抜けて、田圃道たんぼみちに出ると、刀の血を道傍みちばたの小河で洗つてさやに納め、それから道を転じて嵯峨さがの三宅左近の家をさして行つた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
鷲尾が軒先にいると、車掌台からまるくて寒さで赤らんだ弟の顔がツン出て、オーイと叫びながら弁当箱のあいたのを、道傍みちばたほうり出してゆくことがあった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
いつか奈良ならへ旅した時、歩きくたぶれて、道傍みちばたの青草原に、べったり坐ってしまったくらいだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そして真先に立つた一人が、其辺そこら道傍みちばたに芽ぐんでゐる草の葉を摘むで、それに味噌をつけて食べると、あとに続いた者は順繰じゆんぐりにその葉を摘取つみとつて食はなければならぬ。
てゐる旅行りよこう着物きものが、わゝけるほどにはやはるたびも、すでに春深はるふかくなつて、道傍みちばた雜草ざつそうのようにいてゐる野茨のばらはなが、にほつてかんぜられる、といふ意味いみです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
そのうちに道傍みちばたに地蔵様のお堂がありましたからその縁外えんそとあがって、そこで一夜を明すことにしました。ところが真夜中頃でした。寐入ねいっている二郎次の肩を揺すぶって
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私はそれを見て心を決しかねて、なお後からついてゆくと、彼はしばらく行くと、馬をめておいて、道傍みちばたにあり合わした藁塚わらづかから藁を抜き取って来て、それを箱の中に敷いて
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
やがてべら棒に大きな岩が道傍みちばたの崖からハミ出ている所をダラダラとのぼって行くと、急に前が開けて、水田にもなるらしい麦畑のある平地へ出た。村がある、森がある、小山がある。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
いきなり道傍みちばたから雉子きじが飛び立ったりして、何度も立往生せざるを得なかった。
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
振返って見ると、砂烟すなけむりを立てて一頭の駄馬が人を乗せて驀然まっしぐらに走って来ます。お君は驚いてその馬を道傍みちばたに避けると、馬は人を乗せた上に、また一人の旅人がその轡面くつわづらを取って駆けて来るのです。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
里人酒とふね道傍みちばたに設け、また草を織りて下駄げたを作り、結び連ね置くを見て、その人の祖先の姓名を呼び、奴我を殺さんと欲すと罵って去るが、また再三相語ってちょっと試みようと飲み始めると
しゅくという男があって庚兄庚弟と呼びあっている同年の男の所へ出かけて往ったが、途中で喉が渇いたので何か飲みたいと思って、ふと見ると道傍みちばたへ板の台を構えて一人のばあさんが茶の接待をしていた。
水莽草 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それから、江戸橋と思われる橋を渡ったとき、道傍みちばたによたか蕎麦そばが荷をおろして、釜下かましたの火をあおぎながら、湯を沸かしているのを見た。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どこかそこいらの道傍みちばたから引抜いて来たらしい細い草のくきを折曲げた間に、短かい金口の煙草を挟んで、さも大切そうに吸っているのであった。
老巡査 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
四つ辻や道傍みちばたにかたまっている無数の小市民の顔には、今更のように武士という階級に対しての新しい認識を持ち直し、そして黙っている中に
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頬冠ほおかむりをしていて人相は判らなかったが、道傍みちばたの柳の小枝を上手に切って、切れ味を試して行ったんだそうで——」
無言の二人は釘抜くぎぬきで釘を挟んだように腕を攫んだまま、もがく男を道傍みちばたの立木の蔭へ、引きって往った。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ところへ後ろからエーイと云う掛声がしてひづめの音が風を動かしてくる。両人ふたりは足早に道傍みちばたへ立ち退いた。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
警備の人々は帽子をいでホッと溜息ためいきらしました。そして道傍みちばたにゴロリと横になると、積り積った疲労が一時に出て、間もなく皆はどろのような熟睡じゅくすいに落ちました。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
道傍みちばたの畑で芋を掘上げている農夫に聞いて、見失った青梅への道を拾い上げることが出来た。地図をあてにする人間が地図にない道に出逢ったほど当惑することはない。
異質触媒作用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
大きい公孫樹いちょうが、道傍みちばたに一本立っていました。と今まで一筋道であった道が、その公孫樹の木の所から、三筋に別れているのに気が付きました。兄弟はちょっと困りました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
県道を南に向いて一人で行くのを見て、どこの児だろうかといった人も二三人はあったそうだが、正式に迷子として発見せられたのは、家から二十何町離れた松林の道傍みちばたであった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
道傍みちばた立竦たちすくんだお島は、悪戯いたずらな男の手を振払って、笑いながら、さっさと歩きだした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
眩暈めまいを感じて足をとどめる。道傍みちばたのウカル樹の幹に手を突いて身体を支え、目を閉じた。デングの四十度の熱に浮かされた時の・数日前の幻覚が、再びまぶたの裏に現れそうな気がする。
東坡巾の先生は囅然てんぜんとして笑出して、君そんなに感服ばかりしていると、今に馬糞まぐそ道傍みちばた盛上もりあがっているのまで春の景色けいしょくだなぞとめさせられるよ、とたわむれたので一同みんな哄然どっ笑声しょうせいげた。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
不思議ふしぎまど空所くうしよはしかゝつたふすまつたつて、あがりざまに屋根やねて、それから山王樣さんわうさまやま逃上にげあがつたが、其處そこはれてのがるゝ途中とちう、おなじなんつて燒出やけだされたため、道傍みちばたちて
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
道傍みちばたから雉子きじなどを何度も飛び立たせながら、抜け道をしいしい、淋しいメェン・ストリィトまで出て、それからこんどは水車の道にはいると、私はいつもながいこと聖パウロ教会の前にたたずんで
木の十字架 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
道傍みちばたに避けていた荷馬車や、百姓達がホッとしたようにうごき出した。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
俺あ地蔵様を信心して、道傍みちばたに石の地蔵様が倒れてござらっしゃれば起して通る、花があれば花、水があれば水を上げて信心するだ……昨日も四谷よつやの道具屋に、このお地蔵様の木像があったから
広巳は道傍みちばたに積んだ沙利じゃりの上に寝ているじぶんを見いだした。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
道傍みちばたに咲いた大輪たいりん牡丹ぼたんが、たやすく誰かに折り取られるような、一種の危ういもろさをもっている、というふうに彼は思った。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
出来ぬ前から御無沙汰続きじゃ。きょうが初めてこの道傍みちばたに。まかりでたるキチガイ坊主……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「ちょっと、お待ち遊ばせ」と性善坊は、師の法衣ころもたもとをつかんで、そのまま、道傍みちばたの井戸のそばへ連れて行った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)