つら)” の例文
それに其の間だつて、別のつらさで生活の苦しみをめて来た晴代は、決して木山と一緒になつてふら/\遊んでゐる訳ではなかつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
しかもこの老貴婦人の憐れな話し相手リザヴェッタが、居候いそうろうと同じようなつらい思いをしていることを知っている者は一人もなかった。
間もなくお種さんに逢わせてあげますが、こういうあなたの姿をお種さんが見たらどのように歎くかと思い、それがつらくてなりません
いやに儀式ばった挨拶あいさつを来る人たちへいられたり、着たくもない妙な仰々ぎょうぎょうしい着物を着せられるのであるそれが泣くほどつらかった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
蘿月は六十に近いこの年まで今日きょうほど困った事、つらい感情にめられた事はないと思ったのである。妹お豊のたのみも無理ではない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのあなた方と別れなければならないことも、大変つらい、私よりも子供たちの方が一層それを辛がっている、と云うような話をした。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのたびごとに宿役人どもはじめ御伝馬役、小前のものの末に至るまで一方ひとかたならぬつらき勤めは筆紙に尽くしがたいことも言ってある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「八時過ぎまで起きているのはつらいですよ。年鑑を出して読んで見ることもあるんですが、じき鼻を紙へくっつけて眠ってしまいます」
毎日のように、空井戸を掘っては、病牛のかばねを埋めるのが仕事だったほどつらい時代はなかったと、父はよく後々まで述懐していた。
若しも戻つて来よると、讃岐屋の旦那はんやもんな。其の時復讐をしられるのがつらいよつてな。取引先も考へて見ると気の毒なもんや。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
そのつらい気持ちをおたがいにざっくばらんにいえないだけに、余計焦々して私はピントを合せるのに、微笑の顔がゆがみそうであった。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「もうかうなつちや、とても助かりつこは無い。君がいつ迄も苦しんでるのを見るのは僕もつらいから、一思ひに打ち殺してやらう。」
それをみすみす人に飲まれて、自分は指をくわえながら、料理方を承わっているつら口惜くやしさというものは容易なものではないのでした。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「なんてまア遅いんだろう。いやになっちゃうなア。名探偵はつらいです。天下に名高い大辻……うわッ……ハーハックション!」
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
品物も届けてくれた。それを断わるのもつらし、受け取るのも辛いので、栄之丞はそのたびごとに言うに言われないいやな思いをさせられた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
言わば息子をあすこに置いとくことは、息子に離れてるつらい気持ちとやりとりの私達の命がけの贅沢ぜいたくなんですよ。…………てね。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おのが胡服をまとうに至った事情を話すことは、さすがにつらかった。しかし、李陵は少しも弁解の調子を交えずに事実だけを語った。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
多くの先輩がきんに見えた。相当の教育を受けたものは、みなきんに見えた。だから自分の渡金めつきつらかつた。早くきんになりたいとあせつて見た。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
お目にかかれないのが何より——病の苦痛くるしみよりつらう御座います。吉野さん何卒どうか私がなほるまでこの村にゐて下さい。何卒、何卒。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
いいえ、勿体もったいないより、まないのはあたしのこころ役者家業やくしゃかぎょうつらさは、どれほどいやだとおもっても、御贔屓ごひいきからのおむかえよ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
姫君にも暮らしのつらい事は、だんだんはつきりわかるやうになつた。しかしそれをどうする事も、姫君の力には及ばなかつた。
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「叔母もそれでこうつらく当るのだな」トその心を汲分くみわけて、どんな可笑しな処置振りをされても文三は眼をねむッて黙ッている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「はあどうかあんしたんべか、お内儀かみさん」勘次かんじ怪訝けげん容子ようすをしてかつつらいやなことでもいひされるかとあんずるやうにづ/\いつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
子供たちは「意気地なし」「弱虫」「ブルジヨア」などと云はれるのがつらさに、両足がもつれもつれでも走つて行きました。
文化村を襲つた子ども (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
「今度は何といふのをお書きなさるの? また毎日癇癪が起きる事でせうぞのい。あゝ/\————の時は私は作るあなたよりもつらかつた。」
胡瓜の種 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
婆やも吃驚びつくりして風呂から出て来た。二人掛りでなだめたり、すかしたりして白状させた。——やはりつらくて戻つて来たのだ。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
しかし、これからのなかて、ひとりちしていくには、どこにいても、今朝けさ小僧こぞうさんのようにつらいめにもあうことがあるだろう……。
波荒くとも (新字新仮名) / 小川未明(著)
泣きながら、修造のところへは、まだ手紙の返事さえもこないことを思い、修造が帰ってきても、手ばなしでは喜べないつらさをも感じていた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
それが善五郎には何よりつらかった。その有峰杉之助のやいばを、不自由な身体でどうして防ぎきれよう——善五郎はそう考えた。
こういう懼れで心が乱れていたので、宝探しの連中の速い歩調に後れずについて行くのは私にはつらかった。折々私はつまずいた。
見て扨は重五郎日頃ひごろ我につらく當りしはかへつなさけありし事かと龍門りうもんこひ天へのぼ無間地獄むげんぢごく苦痛くつうの中へ彌陀如來みだによらい御來迎ごらいかうありて助を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
いちばんつらいのはおれなんだぜ、みんなにとっては向う河岸の火事だろう、痛くもかゆくもないだろう、だがおれにとっては
源蔵ヶ原 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それ程つらい思を女がするだらうと思つてるのに、そのつらさうな顔を見に行くのは、私はあまりむご為打しうちであると思つた。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
そしてこんな有様ありさまはそれから毎日まいにちつづいたばかりでなく、しそれがひどくなるのでした。兄弟きょうだいまでこのあわれな子家鴨こあひる無慈悲むじひつらあたって
自分の破産を白状するのは容易なことじゃない。まっ正直にやるのはつらい、おそろしく辛い。だから僕は黙っていたのだ。
つらいことも辛いだろうし口惜くやしいことも口惜しいだろうが、先日せんのように逃げ出そうと思ったりなんぞはしちゃあ厭だよ。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
かうしてゐれば、可楽たのしみな事もあるかはりつらい事や、悲い事や、くるしい事なんぞが有つて、二つ好い事は無し、考れば考るほど私は世の中が心細いわ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ようや寝床ねどこはなれたとおもえば、モーすぐこのようなきびしい修行しゅぎょうのお催促さいそくで、そのときわたくし随分ずいぶんつらいことだ、とおもいました。
お前だって、生ッ粋の江戸ッ子じゃあねえか——自分がつらいことを忍んでやってこそ、あッぱれ意気な女というものだぜ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
永年の肺病にとらわれて、衰弱に衰弱を重ねております同博士にとりまして、これだけの労作はたらきは、如何ばかりかつらく、骨身にこたえた事でしょう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
波瑠子はるこさん、あまり叱らないでね。わたし、お父さまに叱られるのは我慢するけれども、あなたに叱られるのはつらいわ。
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
時どき力のないせきの音がれて来る。昼間の知識から、私はそれが露路に住む魚屋の咳であることを聞きわける。この男はもう商売もつらいらしい。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
飛行場まで送って来てくれたヨハンと別れるときは、梶はその別れがつらかった。廻り始めたプロペラの音を聞きながら
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼はそれがつらかったけれど、様子には現わさなかった。彼はもう今では自分の利己心をほとんど殺していた。そのために心の明察力が生じていた。
とも角、何はいても私は室長に馬鹿にされるのがつらかつた。どうかして、とて人間業にんげんわざでは出来ないことをしても、取り入つて可愛がられたかつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
とうとう決心して「今この墨と別れるのは女房と別れるよりもつらいが」という手紙をつけて、送り返してしまった。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
すさんだ家庭にちいさいからつらい目に会って来た肇はふっくりした、焼立やきたてのカステーラみたいに香り高い甘味のある
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ロミオ ちがはぬが、狂人きちがひよりもつら境界きゃうがい……牢獄らうごく鎖込とぢこめられ、しょくたれ、むちうたれ、苛責かしゃくせられ……(下人の近づいたのを見て)や、機嫌きげんよう。
きのうは、あんまり活躍したので、けさになっても、疲れがぬけず、起きるのがつらかった。新しく買ってもらったレインコートをはじめて着て、登校。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「さうお考へになることが、どんなにおつらいか、あたしなんぞには想像も出來ませんわ。」チエスタ孃は言つた。
水車のある教会 (旧字旧仮名) / オー・ヘンリー(著)