おもむ)” の例文
六月十二日、予は独り新富座におもむけり。去年今月今日、予が手にたふれたる犠牲を思へば、予は観劇中もおのづから会心の微笑を禁ぜざりき。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ミリエル氏はそこにおもむいた九十五人の司教の一人であった。しかし彼はただ一回の会議と三、四回の特殊協議に出席しただけだった。
陵の叔父(李広の次男)李敢りかんの最後はどうか。彼は父将軍のみじめな死について衛青をうらみ、自ら大将軍の邸におもむいてこれをはずかしめた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
もっといのちのおもむくまゝに、単的ママな男女の組合せがありそうなものじゃないかと、近所の船の者が見返るほど暴れて騒ぎ出しました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
更に一二年すると同好同學の伴侶にも都門を去つて遠く任におもむく人さへも出來て來た。會者定離ゑしやぢやうりの悲が葉櫻の頃には心を動かした。
すかんぽ (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
すると満願の夜霊夢のお告げがあって、早速江戸におもむき竹女と申す婢女はしためを捜せ、それこそはわが生身の形容に間違いもないとの仰せじゃ
わたしのたましいはここを離れて、天の喜びにおもむいても、坊の行末によっては満足が出来ないかも知れません、よっくここをわきまえるのだよ……
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
「いき」の芸術形式がいわゆる「美的小{2}」と異なった方向におもむくものであることは、これによってもおのずから明白である。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
十一月頃に定家自ら九条家におもむいて道家・教実のりざね父子に草本を示したところ、用捨の事ありというので、百首あまり切り棄てられた。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
高山地方は本居宣長の高弟として聞こえた田中大秀おおひでのごとき早く目のさめた国学者を出したところだから、半蔵が任地におもむいたら
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
翌朝、わが素人探偵戸針康雄は、大平氏宅におもむいて殺人現場の捜査を行った。といっても、別に系統的な捜査を行うのではない。
好色破邪顕正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
勢ひのおもむくところ、もうどうすることもできず、大泉を先頭に、ぞろぞろ玄関へ繰り出した。彼の自家用が車寄せに着いてゐた。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
それで大村は警察に渡すには忍びない気持と持前の信心深さから、お寺へおもむき坐禅修行をして早く謹慎の状でも見せろと命じたのである。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
大原の声を聞きて妻君は座敷のかたおもむけり。お登和嬢も続いて立ちぬ。さりながら妻君の今の言葉が少しく気にかかりて足も前へ進まず。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それにしてもより稀薄に支配階級の血を伝えた私生児中にかかる気勢が見えはじめたことは、大勢のおもむくところを予想せしめるではないか。
片信 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この気合で押して行く以上はいかに複雑に進むともいかに精緻せいちおもむくともまたいかに解剖的に説き入るとも調子は依然として同じ事である。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
然れども、今日の子弟にして政治・法律の二学におもむき、滔々とうとうとして所在なこれなるは、決して偶然に出るにあらざるなり(喝采、拍手)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
庚子かうしは天保十一年で、拙堂は藤堂高猷たかゆき扈隨こずゐして津から江戸におもむいたのであらう。記を作つたのは安政中の事かとおもはれる。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
二度目の妻が亡くなってのち三、四年たって、南ロシアへおもむき、ついにオデッサまで行って、そこに何年か引き続いて暮らしたのであった。
我が日本の開国についで政府の革命以来、全国人民の気風は開進の一方におもむき、その進行の勢力はこれをとどめてとどむべからず。
徳育如何 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
なぜなら、戦国の世に敵地へおもむいて間牒の任務に服するのには普通の武士では思うように行かないので、しば/\座頭を用いたのであった。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と一座も、それを承認したかのように、力を入れてうなずいて、なお、その曲のおもむくところを終りまで聞いたことがあります。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
男のほうからは、あすリュクサンブールの博物館で会うことを命令する、一種の最後通牒つうちょうを送ってきた。彼女はそれへおもむいた。
思いのおもむくにまかせて、斬ってきって斬りまくった彼は、相手方が一人ふたりずつ数の減ってゆくのを、意識するだけだった。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
梅雨つゆのあくるを待ち兼ねてその年の土用どようるやわれは朝な朝な八重にいざなはれて其処そこ此処ここと草ある処におもむきかの薬草むにいそがしかりけり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
文運日を追ふて隆盛におもむく時にあたりて、木くづ竹ぎれにも劣りてつまらぬ貞門の俳諧がいつまでか能く人心を喜ばしむべき。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ガラシヤは、当然他にも起るはずだった、多くの悲劇を、身一つでき止めた。幾多の犠牲を救いあげて、今は、もっとも容易たやすい死へおもむいた。
火曜日の朝ごとに各の身分に応じ隊伍を編み泉水におもむき各その定めの場について夥しく快げにかつしずかにその膀胱ぼうこうくる。
すゝがん物と思ふより庄兵衞に會ひ云々と申すに因て僥倖さいはひなれば只今よりして彼方へおもむあだを殺して身の明を立んと思へど我私しのうらみを以て他人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
だが、しばし考へてみると先年浅間山の北ろく六里ヶ原へ山女魚やまめ釣におもむいたとき、そこの養狐場へ厄介になつたことがある。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
お前は平安の都に残って、孜々ししとして勉学にはげみ、立派な学者となる。私は東国の任地におもむき、武を練り、人格を磨いて、立派な武人となる。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
云い出したからには、事務長、勢いよくおもむくところ、何とも仕方がなく、開かれたトランクの内容ないよう如何いかんのぞきこんだ。が、途端に怪訝けげんな面持で
涼しき真夜中の幽静しずかなるを喜びつつ、福井の金主が待てる旅宿におもむかんとて、そこまで来たりけるに、ばらばらと小蔭よりおどり出ずる人数にんずあり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
法水は相変らず茫漠たるものをほのめかしただけで、それから鍵孔に湯を注ぎ込み、実験の準備をしてから、演奏台のある階下の礼拝堂におもむいた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
剛一は千葉地方へ遠足におもむきて二三日、顔を見せざるなり、雨蕭々せう/\として孤影蓼々れう/\、梅子は燈下、思ひに悩んで夜のけ行くをも知らざるなり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
で、正面から衝突したならば勝ち目があろうとは思われなかった。そこで勢いのおもむくところ詭計きけいを用いざるを得なかった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
気持が急速に荒廃におもむくのを感じながら、宇治は顔をぐりぐり膝頭に押しつけた。眼花めばなが暗く入り乱れた。しばらく経った。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
朝早く露西亜の中部スチエキノ停車場から百姓の馬車に乗ってトルストイおうのヤスナヤ、ポリヤナにおもむく時、朝露にぬれそぼった小麦畑を通ると
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それよりは漸次ぜんじ快方におもむきければ、ひとえに神の賜物たまものなりとて、夫婦とも感謝の意を表し、そののち久しく参詣を怠らざりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
郷里きやうりからたものにいてかれ勘次かんじ次第しだい順境じゆんきやうおもむきつゝあることをつた。かれこゝろ動搖どうえうしてもろつたこゝろひどあはれつぽくなさけなくなつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
日本の活動写真界の益々進歩隆盛におもむいて来るのは、私のような大の活動写真好きにとっては誠に喜ばしい事である。
活動写真 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
小さな荷物持たされて、正三は順一と一緒に電車の停車場へおもむいた。己斐こい行はなかなかやって来ず、正三は広々とした道路のはてに目をやっていた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
その下田より檻輿かんよ江戸におもむき、みち三島を経るや、警護の穢多に向い、大義を説き、人獣相距る遠からざる彼らをして憤励の気、色にあらわれしめたり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
日本帝國につぽんていこくのため、帝國海軍ていこくかいぐんのため、また櫻木大佐さくらぎたいさ光譽くわうよのために、我等われら全力ぜんりよくつくして電光艇でんくわうてい應援おうえんおもむきませう。
さる四月二十四日東京を発して当県に来る事となりました、劍山に登らんとくわだてましたのは七月の二日で、ず芦峅村におもむき人夫をやとおうと致しましたが
越中劍岳先登記 (新字新仮名) / 柴崎芳太郎(著)
支配者によって未来のどの道へおもむかせられるのであろうと、こんなことをいろいろと想像しながら般若心経はんにゃしんぎょうの章句を唱えることばかりを源氏はしていた。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ことに男子と女子とはたがひに体質と性情の差によつその能力に長短があり、同等たることを得ないのは勿論であるが、要するにその適した所におもむいて可能をつく
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
眼病も大きに全快の端緒こぐちおもむき、少しずつは見えるように相成ったが、その八橋周馬とか申して堀切村にる奴は、全く仇敵かたきの大野惣兵衞に相違ないか
斗滿川とまむがはいへ半町餘はんちやうよところり。朝夕あさゆふ灌水くわんすゐおもむくに、如何いかなる嚴寒げんかん大雪おほゆきこういへども、浴衣ゆかたまとひ、草履ざうり穿うがつのみにて、何等なんら防寒具ばうかんぐもちゐず。
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
ながれの女は朝鮮に流れ渡つて後、更に何處いづこはてに漂泊して其果敢はかない生涯を送つて居るやら、それとも既に此世を辭してむしろ靜肅なる死の國におもむいたことやら
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)