にぎわ)” の例文
天王寺の前から曲れば、この三崎北町さんさききたまちあたりもまだ店が締めずにある。公園一つを中に隔てて、都鄙とひそれぞれの歳暮さいぼにぎわいが見える。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ただその一つさえ祭の太鼓はにぎわうべき処に、繁昌はんじょう合奏オオケストラるのであるから、鉦は鳴す、笛は吹く、続いて踊らずにはいられない。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
文反古ふみほごにて腰張こしばりせる壁には中形ちゅうがた浴衣ゆかたかかりて、そのかたわらなる縁起棚えんぎだなにはさまざまの御供物おくもつにぎわしきがなかに大きなる金精大明神こんせいだいみょうじんも見ゆ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
大門際おほもんぎわ喧嘩けんくわかひとるもありけり、よや女子をんな勢力いきほひはぬばかり、春秋はるあきしらぬ五丁町てうまちにぎわひ、おくりの提燈かんばんいま流行はやらねど
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それゆえに前には船の形を致しました石塚でありましたそうで、其の頃は毎月まいげつ廿五日は御縁日で大分だいぶにぎわいました由にございます。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
女中や書生等の家人たちが、さも大手柄おおてがらの大発見をしたように、功を争ってヘルンの所へかけつけるので、いつも家中がなごやかににぎわっていた。
当分話題はにぎわわせることでしょうが、現在の世界にどれほどの影響を与えるという、本質的な問題なぞでは決してありませぬ。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
とあるキャフェで軽い昼食を摂りながら娘に都大路の祭りのにぎわいを見せていると、新吉はいろ/\のことが眼の前の情景にもつれて頭に湧いた。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
コンポステラの伽藍がらんに尊者の屍を安置し霊験灼然とあって、中世諸国より巡礼日夜至って、押すな突くなのにぎわはげしく、欧州第一の参詣場たり。
憲法発布の日には、時の文相森有礼もりありのりが暴漢のために刺殺された。事実の痛ましさはめでたい記念日のにぎわいに浮き立っていた誰しもの胸を打った。
暮方くれがたの町のにぎわいが、晴れやかに二人の周囲まわりを取り巻いた。市中一般に、春のもたらした喜びがひろがっていて、それが無意識に人々に感ぜられると見える。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
江戸時代のことは、故老の話に聴くだけであるが、自分の眼でた明治の東京——その新年のにぎわいを今から振返ってみると、文字通りに隔世の感がある。
年賀郵便 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
けやきの樹で囲まれた村の旧家、団欒だんらんせる平和な家庭、続いてその身が東京に修業に行ったおりの若々しさがおもい出される。神楽坂かぐらざかの夜のにぎわいが眼に見える。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
足もとの声をそら耳にして、秀吉の眼はただ下の市のにぎわいに見とれている。ひそかに彼は、主君信長に従って赴いた北陸や伊勢の陣を思いくらべていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこへ引越して行ったのは、その頃開かれてあった博覧会のにぎわいで、土地が大した盛場になっていた為であった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
今夜一晩と極ったため、階下の炬燵こたつには皆なが集まった。珍らしく親爺も加わって何かしら話がにぎわっていたが、辰男一人は相変らず、二階にじっとしている。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
多くの商人は殊に祭のにぎわいを期待する。養蚕から得た報酬がすくなくもこの時には費されるのであるから。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
翌日番町へ行ったら、岡田一人のために宅中うちじゅう騒々しくにぎわっていた。兄もほかの事と違うという意味か、別ににがい顔もせずに、その渦中かちゅう捲込まきこまれて黙っていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こうした時刻は、しかし彼には前にもどこかで経験したことがあるようにおもえた。郷里から次兄とあによめがやって来たので、狭い家のうちは人の気配でにぎわっていた。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
門の扉がカタンカタンしてどうっと人が這入ってくる、根岸庵空前のにぎわいである、予が先生、僕の方であるとほとんど婚礼という感じですナアというと、先生は
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
石燈籠が、ずらりと両側に並んで、池の端から、下谷の花柳界のにぎわいの灯が、樹間このまに美しく眺められた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
時ならぬにぎわいが古びたお館をふいに明るくした。奥方は勇気に満ちてあれこれとよどみなく指図するのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
志士やごろつきでにぎわいかえる珈琲コーヒー店、大道演説、三色旗、自由帽、サン・キュロット、ギヨティン、そのギヨティンの形になぞらえて造った玩具や菓子、囚人馬車
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
祠は急ににぎわい出した。或る農婦の、一昼夜も断続していた胃痙攣いけいれんが、その御供物おくもつの一つの菓子でぴったりと止んだからだった。そして森の中には白い二本の大旗が立った。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
市場のにぎわうのは朝だけです。近在から集まる農家の人々は、前日から心がけて、洗い上げた野菜を前晩に荷造して車に積上げて、おおいをして置き、夜の明方に荷を引出します。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「県の何某がのここにあるはまことか」と云うと、鍛冶かじの老人が出て、「この家三とせばかり前までは、村主すぐりの何某という人のにぎわしくて住侍すみはべるが、筑紫つくし商物あきもの積みてくだりし、 ...
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
対手あいて弾手ひきてや三味線の方のひとも現れて来て、琴の会のようなにぎわしいことになっている。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一本ひともとさびしきにもあれ千本八千本ちもとやちもとにぎわしきにもあれ、自然のままに生茂おいしげッてこそ見所の有ろう者を、それをこの辺の菊のようにこう無残々々むざむざと作られては、興も明日あすも覚めるてや。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ことわたくしかみまつられました当座とうざは、海嘯つなみたすけられた御礼詣おれいまいりの人々ひとびとにぎわいました。
いわく、フネノフネ。曰く、クロネコ。曰く、美人座。何が何やら、あの頃の銀座、新宿のまあにぎわい。絶望の乱舞である。遊ばなければ損だとばかりに眼つきをかえて酒をくらっている。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
当麻たぎまむらは、此頃、一本の草、一塊ひとくれの石すら、光りを持つほど、にぎわちて居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
肴町さかなまち十三日町にぎわさかんなり、八幡はちまんの祭礼とかにて殊更ことさらなれば、見物したけれど足の痛さに是非ぜひもなし。この日岩手富士を見る、また北上川の源に沼宮内よりう、共に奥州おうしゅうにての名勝なり。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ここは全南の都で町々はにぎわう。私たちは泉屋旅館に旅装を解いた。夜は料亭春木楼で松本知事主催の歓迎宴が吾々のために設けられた。知事始め、内務部長、府尹ふいん、その他光州知名の紳士列席。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
昼は千早振ちはやぶる神路山かみじやまの麓、かたじけなさに涙をこぼした旅人が、夜は大楼の音頭おんど色香いろかえんなるに迷うて、町のちまたを浮かれ歩いていますから、夜のにぎわいも、やっぱり昼と変らないくらいであります。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ところが、そのあくる年の七月二十四日の陶器祭、この日は瀬戸物町に陶器作りの人形が出て、年に一度のにぎわいで、私の心も浮々としていたが、その雑鬧ざっとうの中で私はぱったり文子に出くわしました。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
評論の方も可成りにぎわい、千葉亀雄氏、馬場孤蝶氏、前田河広一郎氏、梅原北明氏、戸川貞雄氏、藤井真澄氏、甲賀三郎氏、平林初之輔氏、佐藤春夫氏、石上是介氏等が、直接に間接に意見を吐露され
探偵文壇鳥瞰 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もうそれだけの人数でも可なりガヤガヤにぎわっていました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
春田博士はるたはかせ邸では、朝食でにぎわっていた。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あやひとよぶにぎわひに
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
興行あるごとに打囃うちはや鳴物なりものの音頼母たのもしく、野衾の恐れも薄らぐに、きて見れば、木戸のにぎわいさえあるを、内はいかにおもしろからむ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新しき女の持っている情緒は、夜店のにぎわう郊外の新開町に立って苦学生の弾奏して銭を乞うヴァイオリンの唱歌を聞くに等しきものであった。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
此年このとし三のとりまでりてなかにちはつぶれしかど前後ぜんご上天氣じやうてんき大鳥神社おほとりじんじやにぎわひすさまじく、此處こゝかこつけに檢査塲けんさばもんよりみだ若人達わかうどたちいきほひとては
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
金帛きんはくを以て謝することの出来ぬものも、米穀菜蔬さいそおくって庖厨ほうちゅうにぎわした。後には遠方からかごを以て迎えられることもある。馬を以てしょうぜられることもある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それでげすから軍艦が碇泊したというと品川はグッと景気づいてまいる。殊に貸座敷などは一番ににぎわしくなるんで、随分大したお金が落るそうにございます。
この事件に棚田判事が抜擢ばってきされて、裁判長として法廷に臨み、被告を懲役三年半に処す! と厳酷な刑を宣言しているところなどが、新聞をにぎわせていたのです。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その時分を、この安土では、さながら盆と正月を、一度に迎えたようなにぎわいで、全城全市、盛装していた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おいおいと、広間のうちは、くようなにぎわいであった。それぞれ一人の例外もなく個性を持った声が、酔を帯びて無数の高低強弱をぶちまけ、ぶっつけ合っている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
花のたよりが都下の新聞をにぎわし始めた一週間ののちになっても、Hさんからは何の通知もなかった。自分は失望した。電話を番町へかけて聞き合せるのもいやになった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
松崎はあゆ釣が好きだったところからそれをかこつけに同業の伯父から紹介状を貰って河内屋に泊り込んでいた。X町のそばには鮎のいる瀬川が流れて季節の間は相当にぎわった。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
土地の話のついでだ。この辺の神棚には大きな目無し達磨だるまの飾ってあるのをよく見掛ける。上田の八日堂ようかどうと言って、その縁日に達磨を売る市が立つ。丁度東京のとりいちにぎわいだ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)