すすき)” の例文
汽車に連るる、野も、畑も、はたすすきも、薄にまじわくれないの木の葉も、紫めた野末の霧も、霧をいた山々も、皆く人の背景であった。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うごめかす鼻の先に、得意の見栄みえをぴくつかせていたものを、——あれは、ほんの表向で、内実の昨夕ゆうべを見たら、招くすすきむこうなびく。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
桔梗ききょう女郎花おみなえしのたぐいはあまり愛らしくない。私の最も愛するのは、へちまと百日草とすすき、それに次いでは日まわりと鶏頭けいとうである。
我家の園芸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
物は言はで打笑うちゑめる富山のあぎといよいよひろがれり。早くもその意を得てや破顔はがんせるあるじの目は、すすき切疵きりきずの如くほとほと有か無きかになりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
霜枯しもがれそめたひくすすき苅萱かるかやや他の枯草の中を、人が踏みならした路が幾条いくすじふもとからいただきへと通うて居る。余等は其一を伝うて上った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それに、うちの庭と、いまあの方の立っていらっしゃる場所との間には、すすきだの、細かい花を咲かせた灌木かんぼくだのが一面に生い茂っていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
天の探女姫を縄にて縛りたり、夫婦驚きてこれを援け天の探女を縛り、此女こやつすすきの葉にてかんとて薄の葉にて鋸きて切り殺しぬ
幾条もの傷を手の甲にこしらへながら、口惜しさに夢中ですすきの穂をもぎ折つた幼い頃の記憶を私は秋になるとなつかしく想ひ出す。
秋の七草に添へて (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
庭の木の小さかったのが大きくなって広いかげを作るようになっていたり、ひとむらすすきが思うぞんぶんにひろがってしまったりしたのを整理させ
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
其処から少し左に離れてすすき村で建てた祠がある。両祠とも各其村の方に向けて建てるのだそうだ。祭神は伊弉諾いざなぎ伊弉冉尊いざなみのみこと
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
栗の木の株間株間には、刈萱かるかやすすき背丈せたけほども伸びて、毎年秋になると人夫を雇って刈らせるのだったが、その収入もかなりあるようだった。
ただし注意を怠ると、繩が蛇に見えたり、すすきが幽霊に見えたりして、これを見た当人は確かに蛇や幽霊を見たと信じている例はいくらでもある。
我らの哲学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
かつて天皇の行幸に御伴をして、山城の宇治で、秋の野のみ草(すすきかや)を刈っていた行宮あんぐう宿やどったときの興深かったさまがおもい出されます。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
秋山のなぞへのすすき、ひとつらね揺りかがやけり。秋山の名も無き山の、草山の、山の端薄、その穂の薄、揺りかがやけり。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
すすきが野山で招いている。落ち鮎が川に瀬走せばしっている、ほんにもう秋がおとずれて来た。なんという寂しい眺めであろう」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
土手の道を、すすきの枯葉の蔭を、黄櫨はぜの枯枝の向うを、やがて畑の向うを曲って行く兄の後姿をぼんやりと眺めながら私は、突っ立っていました。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
美しい糸を包んだすすきは日に/\伸びてゆき、山上の荘は秋もまだ訪ずれぬのに、昼さえ澄んだ虫の声をきくのであった。
六甲山上の夏 (新字新仮名) / 九条武子(著)
花はないが、すすきも好きで、例の百日紅の下に傲然とはびこっている。真夏には糸瓜へちま棚が出来て、その下で、実が長くなるのをよろこんでいられた。
解説 趣味を通じての先生 (新字新仮名) / 額田六福(著)
「わたし休まなくとも、ようございますが、早速お母さんの罰があたって、すすきの葉でこんなに手を切りました。ちょいとこれで結わえて下さいな」
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
秋はしだいにたけて、ならの林の葉はバラバラと散った。虫の鳴いた蘆原あしはらも枯れて、白のすすきの穂がしろがねのように日影に光る。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
……三人の行くてには、まだ刈られないすすきの立枯が、ぼう/\とそのまゝわびしく、水のように白く束ねられていた。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
池畔はすすきが密生してゐた。池といつても水は涸れ涸れで一面絨毯じうたんを敷詰めたやうに、苔のやうな草で蔽はれてゐた。
霧ヶ峰から鷲ヶ峰へ (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
曇っていた空に雲ぎれがして黄昏ゆうぐれの西の空はかば色にいぶっていた。竹垣をした人家の垣根にはコスモスが咲いていたり、畑地のすみにはすすきの穂があった。
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
すすきの絵を見て、それが芸術上愚にもつかぬ絵であっても喜んでいて、本当の薄を見るとき軽視するがごときだ。
で、夢見心地でこの広々とした原っぱを通り過ぎると、間もなく物凄いすすきの大波が蓬々ほうほうしげった真に芝居の難所めいた古寺のある荒野に踏み入る筈だ。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
「此処だったわね」おつるが扇子を落した処で立停った、「このすすきのこっちのところだったわ、なつかしいわね」
扇野 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
せめてはレールのかたわらすみれが咲いて居るとか、または汽車の過ぎた後で罌粟けしが散るとかすすきがそよぐとか言うように他物を配合すればいくらか見よくなるべく候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
僧侶とも俗人とも区別のつかないまでにひげも髪もぼうぼうと乱していたが、雑草がからみあい、すすきが一面に靡き伏しているなかに、蚊のなくほどの細い声で
田園調布の町も尾久おぐ三河島みかわしまあたりの町々も震災のころにはまだすすきの穂に西風のそよいでいた野原であった。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
津の国を吹く風の音いろがすすきの穂がしらをしずかにゆすっては、はるかにすぎてゆくような遠い思いであった。とらえがたいものが物の精神こころになって見えて来た。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
浜に上って当てもなしにみちをあるいて行くと、或る家の庭のすすきかきに、なくした釣縄が洗ってしてある。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
うしろの土手の自然生しぜんばへを弟の亥之が折て来て、びんにさしたるすすきの穂の招く手振りも哀れなるなり。
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
釣瓶つるべすすきと野菊の投げいれ、わき床にはあしと柳の盆栽、別室にはお約束の灯心十余筋をいれた灯明皿を置いて型通りの道具立て、万端整ったところで場所柄だけに
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
かんざしも夏には銀製のすすきのかんざしをさしたもので、見るからに涼しげな感じのものでした。
これはすすきの葉の垂れた工合ぐあひが、殊に出来が面白い。小林君は専門家だけに、それを床柱とこばしらにぶら下げて貰つて、「よろしいな。銀もよう焼けてゐる」とかなんとか云つてゐる。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
すすきよりも穂の多い剣の林の中を、名にし負う新撰組、御陵隊が、しかばねの山、血の河築くその中を、なまぐさい風の上を悠々閑々として、白衣の着流しで、ぶらついていたという噂を
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
白いひげが鼻の下にガサガサとえて、十二月の野原のすすきのような頭髪が、デコボコな禿はげた頭にヒョロヒョロしている。悪口すれば、侏儒くもすけともいえる、ずんぐりと低い醜い人だ。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
何処か谿の方で馬のいななき声はするけれど人影は見えない。山を下つてすすきの簇生してゐる細い川堤を通つて行くと、蝙蝠が薄の中から飛び出して、二三羽づつ夕空に舞つてゐる。
伊良湖の旅 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
家のすぐ傍を石炭や礦石を運ぶ電車が、夜昼のかまいなく激しい音を立てて運転していた。丈の低い笹とすすきのほかには生ええない周囲の山々には、雪も厚くは積もれなかった。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
唯一本の筍誤って柵の中に生ひ出でたるがたけ高く空を突きたるも、中々に心ある様なり。其側に西行の歌を刻みたる碑あり。枯野のすすきかたみにぞ見ると詠みしはこゝなりとぞ。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
すすきだの、もうはやくにあの情人にものを訴へるやうなセンチメンタルな白い小さい花を失つた野茨のいばらの一かたまりの藪だの、その外、名もない併しそれぞれの花や実を持つ草や灌木が
実生みしょうの小松やら、合歓ねむ、女竹、草にはすすきいちごふきの類などが雑生していたというから——慶長十七年の春四月の頃だったという、武蔵と巌流との試合が行われた当時の島の風趣は
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは戦乱の世ならかやすすきのようにり倒されるばかり、平和の世なら自分から志願して狂人きちがいになる位が結局おちで、社会の難物たるにとどまるものだが、定基はけだし丈の高い人だったろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして、近く岸のすすきのはずれにこちらへ帰る帆がまた一つある。どこから帰ったのかとはじめはいぶかしむ。そのうちに、これは一番はじめのがこちらへ近づいたのではあるまいかと疑う。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
また辺り一帯には松の疎林そりんがあり、樹間をとおして広々とした田野がみえる。刈入れのすんだところは稲束が積みかさねられ、畔道あぜみちにはすすきが秋の微風をうけてゆるやかになびいている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
大阪谷町のすすき病院の院長、大阪府会議長の薄恕一氏と、親友であり、早世して、非常に惜しまれたが、その為、この薄氏と親しくなり、ほとんど育つか、育たぬか分らなかった私が、とにかく
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
真昼の電車の窓から海岸のくさむらに白く光るすすきの穂が見えた。砂丘が杜切とぎれて、窪地くぼちになっているところに投げ出されている叢だったが、春さきにはうらうらと陽炎かげろうが燃え、雲雀ひばりの声がきこえた。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
白穂は水面に立って、すすきのように風にそよぎ、細雨に空しくゆれている。水の中に、農家が点在して見えた。それらの農家と農家との間には、小舟ででも通行するしかない水の深さに見えた。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
稲穂は種々いろいろで、あるものはすすきの穂の色に見え、あるものは全く草の色、あるものは紅毛あかげの房を垂れたようであるが、その中で濃い茶褐色ちゃかっしょくのがもちごめを作った田であることは、私にも見分けがつく。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
古くなって手ずれたせいもあろうが、それはほんのりとした夢である。一むらのすすきが金線あざやかに、穂先を月のおもてになびかせる。薄の穂は乱れたままに、蓋から胴の方へみだして来る。