いたり)” の例文
汽車に乗るんだなと思いながら、いくら金を払うものか、また金を払う必要があるものか、とんと思い至らなかったのはいたりである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
謹啓、厳寒のみぎり愈〻御清穆ごせいぼくわたらせられ大慶のいたりに存じ上げます。毎々多大の御厚情をこうむり有難一同深く感謝致して居ります。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一昨年差上げ候蝉丸せみまるの拙作韻脚の処書損じ仕り候まゝ差上げ申候。あとにて気付き疎漏のいたりに候。後便したため直し差上げ可く候。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
が、さう解釈する事はひとり礼を昨日の上官に失するばかりでなく、予に教師の口を世話してくれた諸先生に対しても甚だ御気の毒のいたりだと思ふ。
入社の辞 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
が、そう解釈する事は独り礼を昨日の上官に失するばかりでなく、予に教師の口を世話してくれた諸先生に対しても甚だ御気の毒のいたりだと思う。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
「見るにも耐えぬ拙作ながら、ほんの小手調べに綴りましたもの、ご迷惑でもござりましょうがお隙の際に一二枚ご閲読下さらば光栄のいたり。……」
戯作者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかのみならず今日にいたりては、その御広間もすでに湯屋ゆやたきぎとなり、御記録も紙屑屋かみくずやの手に渡りたるその後において、なお何物に恋々れんれんすべきや。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかれども、いまだこの日をもって、放肆ほうし遊蕩ゆうとうすべきを聞かず。しかるに邦人語意を誤解し、はなはだしきにいたりては、嫖蕩ひょうとう放肆の義となす者またすくなからず。
日曜日之説 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
然に此篇のお夏は、主人の娘として下僕かぼくに情を寄せ、其情ははじめ肉情センシユアルに起りたるにせよ、のちいたりて立派なる情愛アツフヱクシヨンにうつり、はてきはめて神聖なる恋愛ラブに迄進みぬ。
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
それがし今年今月今日切腹して相果あいはてそろ事いかにも唐突とうとついたりにて、弥五右衛門老耄ろうもうしたるか、乱心したるかと申候者も可有之これあるべくそうらえども、決して左様の事には無之これなくそろ
漢字廃止論のあるこの頃かかる些少さしょう誤謬ごびゅうを正すなど愚のいたりなりと笑ふ人もあるべし。されど一日なりとも漢字を用ゐる上は誤なからんを期するは当然の事なり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
楽章にいたりては、外国のものは用に適せず。内国に行わるるものまた、いまだ適当とおぼしきものなし。
国楽を振興すべきの説 (新字新仮名) / 神田孝平(著)
葛西善蔵は屡々しばしばそう言っていたそうであるし、又その通り実行した勇者であったと谷崎精二氏は追憶記に書いているが、この尊敬すべき言葉——私は、汗顔かんがんいたりであるが
FARCE に就て (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
六条河原にしてこと/″\く生害に及びなんとなり、益田少将此事をよくしれり、いたはしき事のいたりいたはしきは、此上あるべからず、かやうなる憂事を聞なば、身もあられん物か
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
貴墨きぼく拝見つかまつり候、あらたに師を失いたる吾々が今日に処するの心得いかんとの御尋おたずね、御念入の御問同憾どうかんいたりに候、それにつき野生も深く考慮を費したる際なれば、腹臓なく愚存ぐぞんちんもうすべく候
師を失いたる吾々 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
其議論のはげしきつひに小西技師をして、国境論者こくけうろんしやは別隊をひきゐてべつ探検たんけんすべしとの語をはつせしむるにいたりたる程なりき、もし糧食れうしよくそなへ充分にして廿日以上の日子をつひやすの覚悟なりせば
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
重役の耳へ此の事が聞え、部屋ずみの身の上でも、中根善之進何者とも知れず殺害せつがいされ、不束ふつゝかいたりと云うので、父善右衞門は百日の間蟄居ちっきょ致してまかれという御沙汰でございますから
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
にく非道ひだう所置しよち御座候より藤五郎儀若氣わかげいたりにて不行跡ふぎやうせき御座候をさいはひに同人をはいし候は是非ぜひなき次第しだいに付弟藤三郎を嫡子ちやくしに致すべきむね私し共いさめ候を主税之助儀不承知にて同人實子じつしすけ五郎を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかしてそれ、これを保護するがごときは、天然の至情ありて、知愚貧富の別なく、みな意を加えざるなきも、それ、これを教育するの一事にいたりては、これを度外に置きかえりみざる者また少からず。
教育談 (新字新仮名) / 箕作秋坪(著)
悲惨といえば悲惨のいたりですが、我我婦人はこの大勢に対し、さいわいな事には教育の御蔭おかげで一千年以来失っていました智慧と勇気とを恢復かいふくし、「我も人である」という自覚の下に女子の職能は単に妻として
女子の独立自営 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
港八九は成就じょうじゅいたり候得共そうらえども前度せんどことほか入口六ヶ敷候むずかしくそうろうに付増夫ましぶ入而いれて相支候得共あいささえそうらえども至而いたって難題至極ともうし此上は武士之道之心得にも御座候得そうらえば神明へ捧命ほうめい申処もうすところ誓言せいげんすなわち御見分のとおり本意ほんいとげ候事そうろうこと一日千秋の大悦たいえつ拙者せっしゃ本懐ほんかいいたり死後御推察くださるべくそうろう 不具ふぐ
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
実は亜米利加アメリカの大統領ウッドロオ・ウイルソンなのだから、北村四海君に対しても、何とも御気の毒のいたりに堪えない。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとり上等と下等との大分界だいぶんかいいたりては、ほとんど人為じんいのものとは思われず、天然の定則のごとくにして、これをあやしむ者あることなし。(権利を異にす)
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかれども王家あにこれをもって教をたつるものならんや。百露の王すでに西班牙スペインのために滅さる今にいたりて、天孫の国、万国と角立かくりつするもの、ひとり皇国あるのみ。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
はなはだおそまきの話で慚愧ざんきいたりでありますけれども、事実だからいつわらないところを申し上げるのです。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
方角は磁石失念のためしかとわからず今一応検分のつもり何とぞ貴下御全快を待ち御散歩かたがた御鑑定希望のいたりに御座候。とんだ御迷惑はなはだ恐縮しかし昔より道楽は若い時に女。中年に芸事。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかるに強いて倫理科を置きて徳育に助くるあらんとするは愚のいたりなり。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
不届ノいたり、殊ニ其方共ノうったえヨリ、大勢無罪ノモノまで入牢イタシ、御詮議ニ相成リ、其上無名ノ捨訴状すてそじょう捨文すてぶみ有之これあり、右したため方全ク其方共ノ仕業しわざニ相聞エ、重科じゅうかノ者ニ付死罪申付もうしつくベキ者ニ候ところ大弐だいに
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ただしその品行のげん風致ふうち正雅せいがとにいたりては、いま昔日せきじつの上士に及ばざるものすくなからずといえども、概してこれを見れば品行の上進といわざるを得ず。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
西洋の狸から直伝じきでんに輸入致した術を催眠法とかとなえ、これを応用する連中を先生などとあがめるのは全く西洋心酔の結果で拙などはひそかに慨嘆がいたんいたりえんくらいのものでげす。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
土芳とはういふ、翁いはく、学ぶ事は常にあり。席に臨んで文台と我とかんはつを入れず。思ふことすみやかいひいでて、ここいたりてまよふ念なし。文台引おろせば即反故ほごなりときびしく示さるることばもあり。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
人生五十の坂も早や間近の身を以て娘同様のものいつも側に引付けしだらもなきていたらくはずかもなく御目にかけ候傍若無人ぼうじゃくぶじん振舞ふるまいいかに場所がらとはもうしながら酒めてははなはだ赤面のいたりに御座候。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
はなはだ遺憾いかんいたりだから、どうか雷獣ごときもののために僕を誤解しないように願います
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
目下新緑晩鶯ばんおうこう明窓浄几めいそうじょうきの御境涯羨望せんぼういたり有之これあり候。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「兄さんは銀時計もいただけず、博士論文も書けず。落第はする。不名誉のいたりだ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「はあ、そうだったかね。それは感心に品行方正のいたりだね」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)