うしろ)” の例文
男女の別は、男は多くあおぎふし、女は多くうつふしになりたるなり。旅店のうしろなる山に登りて見るに、処々に清泉あり、水清冽せいれつなり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
二郎はいたくい、椅子のうしろに腕を掛けて夢現ゆめうつつの境にありしが、急に頭をあげて、さなりさなりと言い、再びまなこを閉じ頭をれたり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しかし、それも又八を尋ねあてて、きれいに過去の話をつけてしまうまでの少しの間の辛抱——と、お通はそっと婆のうしろへ寄って
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その年取った方は、前庭まえにわの乾いた土にむしろを敷いて、うしろむきに機台はただいに腰かけたが、トンと足をあげると、ゆるくキリキリと鳴ったのである。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
当麻の村にありながら、山田寺やまだでらと言ったからである。山のうしろの河内の国安宿部郡あすかべごおりの山田谷から移って二百年、寂しい道場に過ぎなかった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
見て居る内に、長持のうしろからまた一疋のろ/\這い出して来て、先のとからみ合いながら、これもパリ/\卵の殻を喰いはじめた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
和尚はそれを捉えて弟子が捧げている鉄鉢てつばちに入れたあとで、又念じていると屏風のうしろから一尺ばかりの小蛇こへびが這いだして来た。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ベアトリーチェは愛の光のみち/\しいと聖なる目にて我を見き、さればわが視力みるちからこれに勝たれでうしろを見せ 一三九—一四一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
谷の一つの浅い部分は耕されて旧士族地を取囲とりまいているが、その桑畠や竹薮たけやぶうしろにしたところに桜井先生の住居すまいがあった。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さらば往きてなんぢの陥りしふちに沈まん。沈まば諸共もろともと、彼は宮がかばねを引起してうしろに負へば、そのかろきこと一片ひとひらの紙にひとし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
うらうらと燃える陽炎かげろうを背に、無造作な櫛巻くしまき、小弁慶こべんけいあわせに幅の狭い繻子しゅす博多はかたの腹合わせ帯を締めて、首と胸だけをこううしろへ振り向けたところ
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
背後うしろを青森行の汽車が通る。枕の下で、陸奧灣むつわん緑玉潮りよくぎよくてうがぴた/\ものいふ。西には青森の人煙ゆびさす可く、其うしろに津輕富士の岩木いはき山が小さく見えて居る。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
ふり向きもせず突ッこくるように通り抜けたが,勘左衛門はびっくりして口をいて、自分のうしろを見送ッていたかと思うと、今でもそのかおが見えるようで。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
「誠に済みません。——親不孝な学問か、ハハハハハ。君白い帆が見える。そら、あの島の青い山をうしろにして——まるで動かんぜ。いつまで見ていても動かんぜ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
窺ふと、女は寝床の上へ坐り、燈火あかりの方へうしろを向けて、袂に顔を掩ひながら泣いてゐたのだ。自分でも、とめどがなくて、持て余して、涙にまかせてゐるやうである。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
今日の閣議で、さすがに全身に疲労をおぼえた彼はぐったりと馬車のうしろによりかかり、身体をうごかすはずみで傾きかかったシルクハットに片手をかけたときであった。
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
燧寸マッチの箱のようなこんな家に居るにゃあ似合わねえが過日こねえだまでぜいをやってた名残なごりを見せて、今の今まで締めてたのが無くなっているうしろつきのさみしさが、いやあに眼にみて
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
貴人又のたまはく、絶えて八六紹巴ぜうは説話ものがたりを聞かず、召せと、八七の給ふに、呼びつぐやうなりしが、八八我がうずすまりしうしろの方より、八九大いなる法師の、おもて九〇うちひらめきて
だが、こういう社会ファシストの本体というのは本当の芝居を大衆の前ではなくてうしろの方で打つところに面目があるのだから、これだけでうまく行ったと思えば大間違いなのだ。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
此のていたらくを見て、小平の逃げるに構わず突然いきなりおかくばゝあ一刀ひとたちあびせかけると、おかくはキャッと声を上げて倒れる其の上へ乗しかゝり、喉元をえぐっているうしろへ小平がそっと𢌞り
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
まとっているのをうしろから眺めますと、活きた熊でも動いているように見えます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
西宮は床の間をうしろ胡座あぐらを組み、平田は窓をうしろにしてひざくずさずにいた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
もう二階からは見えない、浴衣に着換へ、てすりに倚つてると、いへうしろには、峯を負ひ、眼の下には石を載せた板葺家根が、階段のやうに重なつて、空地には唐もろこしを縁に取つた桑畑が見える
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
もう一人と三人の客の残った一人が、大丈夫とみてうしろから抱かかえ
傾城買虎之巻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
気遣う様子更に無し、れど目科は落胆せず、倉子にしょくらせて前に立たせ余をうしろに従えて、穴倉の底まで下り行くに、底の片隅に麦酒びいるの瓶あり少し離れて是よりも上等と思わるゝ酒類の瓶を置き
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
うしろ幾多いくたの宝玉ありや?」
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
尻切しりきれ草履突かけて竹杖たけづえにすがって行く婆さんのうしろから、くわをかついだ四十男の久さんが、婆さんの白髪を引張ったりイタズラをして甘えた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
亜米利加アメリカに居た頃の楽しい時代でも思出したように、先生はその書架をうしろにして自分でも腰掛け、高瀬にも腰掛けさせた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
取附とッつきの三段の古棚のうしろのね、物置みたいな暗い中から、——藻屑もくずいたかと思う、汚い服装なりの、小さなばあさんがね、よぼよぼと出て来たんです。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『卑怯、卑怯っ。女子おなごなら助けてもとらすが、吉良殿の長屋に住む附人ともあろうものが、うしろを見せては恥でござるぞ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つい下のえのき離れて唖々ああと飛び行くからすの声までも金色こんじきに聞こゆる時、雲二片ふたつ蓬々然ふらふらと赤城のうしろより浮かびでたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
何からどうして近江屋へこんな因縁をつけるようになったのか、これも狂気の気紛れと断じてしまえばそれまでだが事実まこと近江屋にはうしろめたい筋合は一つもないのだから
なほ三八九念じ給へば、屏風のうしろより、三九〇たけばかりの小蛇こへびはひ出づるを、三九一是をもりて鉢にれ給ひ、かの袈裟をもてよくふうじ給ひ、そがままに輿に乗らせ給へば
すなはち顏はうしろにむかひ、彼等前を望むあたはで、たゞ後方うしろに行くあるのみ 一三—一五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そこには小さな藁人形わらにんぎょうが置いてあって、そのうしろの貼紙に「金蓮」と書いてあった。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
鋭い影は一線に海を流れてすでに深いうしろの闇に溶け去つてゐるが、男はそのただ一つなる決意のみを心とする人の如く、ひたすらに帰らんとして疲れた足をいそがせてゐる、しばらくして
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
自分の胸はときめいた,注意はもウその音一ツに集まッてしまッて心は目の前にその人のかたちを描いていた,その人の像はありありと目の前に見えるのに、その人は自分のうしろへ立ッて、いたずらな
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
と見返りもしないで先に立って、くだんの休憩室へ導いた。うしろに立って、ちょっと小首を傾けたが、腕組をした、肩がそびえて、主税は大跨おおまたに後に続いた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
背後うしろを青森行の汽車が通る。まくらの下で、陸奥湾むつわん緑玉潮りょくぎょくちょうがぴた/\ものいう。西には青森の人煙ゆびさす可く、其うしろ津軽つがる富士の岩木山が小さく見えて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
お通がいったが、返辞をしないので、そっとうしろの方をのぞいてみると、城太郎は駈け足で玉串御門の前まで行き、そこに立って、ぴょこんとお辞儀をしていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
晴るる、暮れる、真黒い森のうしろぽうっと東雲しののめに上る夕月、風なきに散る白銀しろがねの雫ほたほた。闇は墨画の蘆に水、ちらりちらりほの見えて、其処らじゅう蛍ぐさい。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
かくて閨房ねやのがれ出でて、庄司にむかひ、かうかうの恐ろしき事あなり。これいかにしてけなん。よくはかり給へと三二七いふも、うしろにや聞くらんと、声をささやかにしてかたる。
ものに怯えた人の如く、男はふと頸をめぐらしてうしろの闇をぬすみみた、そして……うう、「如是我聞、如是我聞——」、算を乱して逃亡する自我の滅裂を感じながら、居ずまひを立て直した凡太は
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
婀娜あだに唇の端を上げると、ひそめた眉をかすめて落ちた、びんの毛を、じれったそうに、うしろへ投げて掻上かきあげつつ
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はかまひもを締め終って、懐紙、印籠などを身に着けながら、柘植嘉兵衛つげかへえは、次の間へ立つ妻のうしろへ云った。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時はすでに午後四時過ぎ、夕烏ゆうがらすの声遠近おちこちに聞こゆるころ、座敷の騒ぎをうしろにして日影薄き築山道つきやまみち庭下駄にわげたを踏みにじりつつ上り行く羽織袴はおりはかまの男あり。こは武男なり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
雪まぶれの外套を脱いだ寒そうで傷々いたいたしい、うしろから苦もなくすらりとかぶせたので、洋服の上にこの広袖どてらで、長火鉢の前に胡坐あぐらしたが、大黒屋惣六そうろくなるもの
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うしろにも、前にも、いやこの山の樹木すら、すべて敵かのように、彼の五体は闘志のかたまりとなった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海の音をうしろに、鐵道線路を踏切つて、西へ槍の柄の樣に眞直につけられた大路を行く。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
日も西山に没して、前途なおはるかなりと云う、遠い向うの峠見たような処に、おおきドアの戸を、細う開けて、うしろにして、すっくりと立って、こっちを出迎えておられた。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)