ひるが)” の例文
旧字:
脚絆きゃはんわらじは元より、着物をすべて脱ぎ捨てる。そして、腹巻一つの真っ裸になると、魚のように、身をひるがえして、川の中へおどり込んだ。
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鳰鳥はさっと身をひるがえし、岩を伝って逃げようとした。その裾を素早く踏み止めた大力無双の甚五衛門は憐れむように声を落とし
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
村に入って見ると、祭なるがためにかえって静かで、ただ遠く高柱たかはしらしるしののぼりが、定まった場所に白くひるがえるを望むのみである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と叫ぶ与一の声と共に、眩しい西日の中で白い冷たい虹がひるがえった。はだかったマン丸いお八代の右肩へ、抜討ちにズッカリと斬り込んだ。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
爪のあかほどせんを制せられても、取り返しをつけようと意思を働かせない人は、教育の力ではひるがえす事の出来ぬ宿命論者である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
竹「お別れ申しても仕方がございませんけれども、貴方の迷いの心をひるがえしてさえくだされば、私においてはお恨みとも何とも存じませんから」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
思い/\て夜を明し藻西太郎は確に無罪なりと思いつむるに至りしかど又ひるがえりて目科の細君が言たる所を考え見れば
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ふっと表情をかえたあなたは「ぼんち映画みに行かないの」といいてたまま、くるりと身をひるがえし、甲板かんぱんはしの映画場のほうへ行ってしまいました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
大助はかれらの話を黙って聞いていたが、どうして校川宗兵衛の決心をひるがえさせるかというところで口を揷んだ。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
同胞新聞の楼上なる、編輯室へんしふしつ暖炉ストウブほとりには、四五の記者の立ちて新聞をさるあり、椅子にりて手帳をひるがへすあり、今日の勤務の打ち合はせやすらん
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
本篇の主人公雉本静也きじもとしずやが、失恋のために自殺を決心し、又忽ちそれをひるがえして、却って殺人を行うに至ったのも、こういう雰囲気の然らしめたところである。
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
私は曽て和蘭陀の旅中で群を成して居る船の旗の美を喜んだが、戎克の旗が赤や青や黄をひるがへしてゐるのも曇天のもとの濁流と対照して、一種の壮美であつた。
アウグスチヌスも「神の意志は不変であって時に欲し時に欲せず、いわんや前の決断を後にひるがえす如きものにあらず」といっている(Conf. XII. 15)。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
海蛇丸かいだまるきたる! 海蛇丸かいだまるきたる!。』とわたくし絶叫ぜつけうしたとき虎髯大尉こぜんたいゐひるがへして戰鬪樓せんとうらうかたはしつた。
いろいろと宮の御意志をひるがえさせようと院が言葉を尽くしておいでになるうちに夜明け方になった。
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
くうを撃ったお杉は力余って、思わず一足前へ蹌踉よろめ機会はずみに、おそらく岩角につまずいたのであろう、身をひるがえして穴の底へ真逆さまに転げちた。蝋燭は消えて真の闇となった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
行商体の男が手を差伸べると、なおしきりに唸りつづけていたムクは、急に身をひるがえして家の土間をくぐり抜けて裏手の方へ飛んで行きましたが、そこでまた烈しく吠えます。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
郵便脚夫ゆうびんきゃくふにもつばめちょうに春の来ると同じく春は来たのであろう。郵便という声も陽気に軽やかに、幾個いくつかの郵便物を投込んで、そしてひらりと燕がえしに身をひるがえして去った。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
くず生繁おいしげっているのをなびかす秋風が吹く度毎に、阿太の野の萩が散るというのだが、二つとも初秋のものだし、一方は広葉のひるがえるもの、一方はこまかい紅い花というので
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
君は維新のおん帝、御十七の若帝わかみかど、御束帯に御冠みかんむり御板輿おんいたごしに打乗らせ、天下取ったる公卿くげ将卒に前後左右をまもらして、錦の御旗を五十三つぐの雄風にひるがへし、東下りをはたし玉ひぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
すると足もとからするすると旗が上り、妙に細長い白い旗が見あげる天空にひるがえった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
瀬波にひるがえるさまに、背尾をねた、皿に余る尺ばかりな塩焼は、まったく美味である。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一人の武士が頭上を狙い、もう一人の武士が胴を眼がけ、同時に葉之助へ切り込んだのを、一髪の間に身をひるがえし、一人を例の袈裟掛でたおし、一人の太刀を受け止めたのであった。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
六騎ろつきゆの活氣ある一團は六十餘艘の小舟に鮟鱇組の旗じるしをひるがへしながら遠洋漁業の途にのぼるかして、わかい子弟の東京へゆくものさへ、誰一人この因循な故郷に歸らうとはせぬ。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
あれは警察から自白をいられたからなんだと、俄かに陳述をひるがえして、犯行を否定しはじめたんです……それで被告の云うには、いちばん始めに警察で申上げた通り、事件のあった晩
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
年若き教師の、詩読む心にて記憶のページひるがえしつつある間に、翁が上にはさらに悲しきこと起こりつ、すでにこの世の人ならざりしなり。かくて教師の詩はその最後の一せつきたり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
二十六日は浅草で終日遊んだと云う申立の三つは尽く再び自らひるがえすに至った。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
空がはたのようにぱたぱた光ってひるがえり、火花がパチパチパチッとえました。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
楽しげに銀鱗ぎんりんひるがえす魚族いろくずどもを見ては、何故なにゆえに我一人かくは心たのしまぬぞと思いびつつ、かれは毎日歩いた。途中でも、目ぼしい道人どうじん修験者しゅげんしゃの類は、あまさずその門をたたくことにしていた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ところで眼をひるがえして現代を観ると、世の横着者どもが社会に対しても個人に対しても悪いと知りつつ、いいたい事を我慢して好い加減な事をいっておいて、自分一人が好児になろうとしている。
彼は、久しい以前から、このお妙を口説くどきつづけて来たのだが、いまそのお妙がお尋ね者の神尾喬之助を恋している!——と聞くと、かれはさっと身をひるがえして、おもて通りへけ出たのだった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
直ぐその考えをひるがえしてしまったという校長先生の保証の言葉との間に立ってわたくしはその真相が全く掴めなかったのに、いま決定的に悲観説があきらかになって来たので異常なショックを覚えました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
左手で頁をひるがえし、右手にはペンを持って何か書きつけている。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
無数の帆ばしらのさきからひるがへる
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
いい捨てクルリと身をひるがえすと、兄の死を痛み悲しんでいた、もう今までの甚内ではない。熟練をした勇敢な、風浪と戦うかこであった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あとから、すぐ新しい音が耳をかすめて、ひるがえると共にまた北の方へ走る。碌さんは首を縮めて、えっと舌打ちをした。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
又之丞は、なお唯七の考えをひるがえさせようとするらしかったが、同志の誰でも知っているように、云い出すとかないことを、又之丞も知っていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その身体からだの軽い事。まるで木の葉のようにヒラヒラと身をひるがえす。赤いお盆がそれこそサーチライトのようにギラリギラリと輝きまわり屈折しまわる。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
悪戯いたずらのように、くるくる動く黒眼勝くろめがちの、まつげの長いひとみを、輝かせ、えくぼをよせて頬笑ほほえむと、たもとひるがえし
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
宮崎はすなわち東端越後境えちござかい海角かいかくであって、是から吹きつける風のみが大伴家持おおとものやかもちらのたもとひるがえし、能登から吹くアイは山にさえぎられて、このあたりでは心づかれなかったので
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
御傷おんいたはしくもまた口惜く、云ひ甲斐無くもあやまたせたまふものかな、烈日が前の片時雨、聖智がうちの御一失、く/\御心をひるがへしたまひて、三趣に沈淪し四生に※※れいへいするの醜さを出で
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
一通りは頁をひるがえしてみたこともあるにはあるが、全然、空想と誇張の産物で、現実を救うに夢を以てするようなもの——要するに、過去と無智とが産んだ正直な空想の産物と見ておりました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わたしの机の紙をひるがへし
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
こう云うや弦四郎は身をひるがえして、騎馬の一団の走って来る方へ、脱兎のようにひた走ったが、走りながらも茅野雄へ云った。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
周囲の事情が母の意思をひるがえさせるため自然と彼女に圧迫を加えて来るのを待つ一種の逃避手段に過ぎないと思われた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかるに又、ひるがへつて、将門を罪に召すの使を給ふ。心、はなはだ安からず。誠に、鬱悒うついふの至りなり。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はつよきの音、板削るかんなの音、あなるやらくぎ打つやら丁々かちかち響きせわしく、木片こっぱは飛んで疾風に木の葉のひるがえるがごとく、鋸屑おがくず舞って晴天に雪の降る感応寺境内普請場の景況ありさまにぎやかに
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こうした幸福の持続が、あんまりおそろしく、身体をひるがえし、バック台の方へげて行き、こっとん、こっとん、微笑びしょうのうちに、二三回ひいてから、また、手摺まで走って行ってはあなたに手をあげ
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
つかつかと進んだのは花嫁の前、円座にむずと押し坐ると、グイと芳江姫を打ち眺めたが、つとその眼をひるがえすとオースチン師へじっと据えた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
西暦一千九百二年秋忘月忘日白旗を寝室の窓にひるがえして下宿の婆さんに降を乞うや否や、婆さんは二十貫目の体躯たいくを三階の天辺てっぺんまで運び上げにかかる
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)