)” の例文
若い女は、話しながら、さげすむようなまた探索するような、なざしで二三度じいさん達を見た。と、清三が老人達の方へ振り向いた。
老夫婦 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
眼玉をいて、ばたきをこらえて見せる。目や鼻や口を、皺苦茶しわくちゃに寄せて見せる。長いベロを伸ばして、鼻の頭まで届かせて見せる——
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、妹のテワスがその結婚に乗り気になり、邪気なく噪いでいるのをの辺りに眺めると、さすがに、兄としての別趣な感情も湧く。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
今朝けさの夢で見た通り、十歳の時のあたり目撃した、ベルナルドーネのフランシスの面影おもかげはその後クララの心を離れなくなった。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
余り高名ならざる御子息の名を載せたが最後、忽ち人気が落ち声価の減ずるはのあたりの事と、すげなくもこれを拒絶したのであった。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
私にはあのひとの白魚しらうおのようにかぼそい美しい手がのあたりに見えるようだ。あのひとの月のように澄みきった心がくまなく読めるようだ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
消そうとしても消すことができません。まさに親の因果が子に報うべき現世の地獄を、のあたりに見せらるることが苦しくないではない。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
昨夕ゆうべまでられないのが心配しんぱいになつたが、前後ぜんご不覺ふかくながところのあたりにると、はうなにかの異状いじやうではないかとかんがした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
道祖さえの神のほこらうしろにして、たたずんでいる沙門のなざしが、いかに天狗の化身けしんとは申しながら、どうも唯事とは思われません。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼のぶたは下って、目をとじさせているようだったが、ときどきびくっと目をあいて、すごい目付で、あたりを見まわす。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
酷烈酸鼻さんびをきわめた流血の歴史よりかも、すでにそれ以前行われていて、しかものあたり、遺骸の形状かたちにもそれとうなずかれる恐怖悲劇の方が
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
実現してのあたり見た上でない以上やはり内心不安であり、空虚である。畢竟ひっきょうだれにでもある単なるうぬぼれ、架空の幻影ではないかと疑う。
眼も何かを見た瞬間、そのままわばったように動かない。——その情景は、漁夫達の胸を、のあたり見ていられないすごさで、えぐり刻んだ。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
為世は自分の子や孫が勅撰集の撰者となるのをのあたりに見たし、嘉暦三年には為相が六十六で薨去した。二条家の歌壇的地位は安泰である。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
のあたり、うした荘厳無比そうごんむひ光景ありさませっしたわたくしは、感極かんきわまりて言葉ことばでず、おぼえず両手りょうてわせて、そのつくしたことでございました。
こまかなばたきの効果を引立たせ、かすかにふるへてゐるあどけない唇に、もう罪を悔いるかのやうな色が見えました。
けむり(ラヂオ物語) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
わらはの真心の程は、和尚の死骸なきがらを見てものあたりに思ひ知り給ふべしと、思ひ詰めたる女の一念。まなじりを輝やかす美くしさ。心も眩むばかり也。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その横顔をみながら、私は静かに少年の日の旧いすすけた家の姿を心に描いてみた。すると仏壇ののほのかな燈明とうみょうのゆらぎがのあたりよみがえって来た。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
お身さまの叔父御は法性寺ほっしょうじ隆秀阿闍梨りゅうしゅうあじゃりでおわすそうな。世にも誉れの高い碩学せきがくひじり、わたくしも一度お目見得して、のあたりに教化きょうげを受けたい。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
弘のよくふとった立派な体格は、別れを告げて行く岸本に取って、くなった恩人をのあたりに見るの思いをさせた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
げんに、自分の身に直接に、のあたりに、今の言葉なら、体験したという程のことを、「知る」と云ったのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
脇眼わきめも振らんと二人の寝顔見守りながら、寝息うかごうたり、ばたきさしてみたり、心臓に手エあててみたり、いろいろなことして試しなさって
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして地図上のただの線でも、そこの実景をの当りに経験すれば、それまでとはまるで違ったものに見えて来る。
アインシュタインの教育観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
居升の上書の後二十余年、太祖崩じて建文帝立ちたもうに及び、居升の言、不幸にしてしるしありて、漢の七国のたとえのあたりの事となれるぞ是非無き。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
毒蛇コブラの車掌が先に立って車室へはいった。彼女は初めてのあたり、この伯爵夫人と顔を合わせることができた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
それから自分も長椅子に腰をおろすと、モスリンの肩掛かたかけをぎゅっとめ直しただけで、それきりばたき一つしなければ眉毛ひとすじ動かさなかった。
「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」と一人の紳士が、その犬のぶたを、ちよつとかへしてみて言ひました。
注文の多い料理店 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
あれ程難なく音無おとなしの輩下を手玉に取る腕があるからには、是非ともほんとうの狼を退治して溜飲をさげたいものだといふのあたりの意気に炎えてゐた。
武者窓日記 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
次第に実現して行く豪華絢爛の殿堂をのあたりにして、身も世もあらず没入されたそのひたぶるな御心に、私は信仰ある芸術家の執念を偲ぶのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
「格子縞の鳥打帽をぶかにかぶって口を曲げてものをいう傷痕きずあとの男」も、「誘拐されてくる社長の令嬢」も
龍造寺主計も、不意に現われたお高を、まぶしそうにながめて、つづけさまに、ばたきをした。伸びをした。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
後世までその人をの辺りに見られるが如き生き抜いた活書、しこうして美的含有量の豊かな何人も一見優雅を感ぜずにはいられないまでの美書、いずれにしても
阿Qの耳朶の中にも、とうから革命党という話を聞き及んで、今年またぢかに殺された革命党を見た。彼はどこから来たかしらん、一種の意見を持っていた。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
萬一事有ことあるの曉には絲竹いとたけに鍛へしかひな白金造しろがねづくり打物うちものは何程の用にか立つべき。射向いむけの袖を却て覆ひに捨鞭すてむちのみ烈しく打ちて、笑ひを敵に殘すはのあたり見るが如し。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
北京をつ時には前門停車場で、もう奉天へ引きあげる仕度したくのすつかり整つた張作霖の特別列車といふのをのあたり見て来たのだが、いま私の着いたこの江蘇のまち
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
人の生血の波濤おおなみのあたり見るような、烈しい生存の渦中に身を投げて、心ゆくまで戦って戦って、戦い尽して見たいという悲壮な希望に満たされていたからである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
美しき少女達は、燃ゆる如きなざしして、我を仰ぎるなり。わがかほばせは醜からず。われには號衣ウニフオルメよく似合ひたり。此街の暗きことよ、汝は我號衣を見ること能はざるべし。
欣然きんぜんと死におもむくということが、必ずしも透明な心情や環境で行われることでないことは想像は出来たが、しかしのあたりに見た此の風景は、何か嫌悪すべき体臭に満ちていた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
窓に額をつけて暗い外を見ていた女は、ちらとフリント君に哀願のなざしを送った。
夜汽車 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
湯の谷の屋根に処々ところどころ立てた高張のあかりして、のあたりは赤く、四方へ黒い布を引いてみなぎる水は、随処、亀甲形きっこうがたうねり畝り波を立てて、ざぶりざぶりと山の裾へ打当てる音がした。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時の母親は藤ねずみのお高祖頭巾こそずきんに顔をつつんで、人目を避けていた。冬の頃かと思う。その姿を、鶴見はまざまざと、いつであろうとも、のあたりに思い浮べることが出来る。
わたしはわたしがこわくなりかかった。突然、その後姿がわたしの方を振向いていた。突き刺すようななざしで、……ハッと思う瞬間、それはわたしの夫だった。そんなはずはなかった。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
しかし、いまのあたりにするこの令嬢は、少くもそれら嬉々ききとした令嬢群とも選を異にしてゐるやうである。ひよつとしたらこれは、日本の智的な女性の代表的タイプの一つかも知れない。
三つの挿話 (新字旧仮名) / 神西清(著)
今までよりいや増して、彼は彼女にのあたり逢いたく思った。彼は自分に言い聞かせた。もし、自分の恋が失敗であるならばそれでいい。その時はもうこのプラーグの町を去るだけである。
にがりに苦りて言葉なし。アアこの神経というものはおそろしきものなり。折にふれては鬼神妖怪ようかいの当りにおそいきたるかとみれば。いつしか嬋娟せんけんたるたおやめのかたわらに立つかと思うなど。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
かたまってようやくの思いをして帰ったとの事だが、こればかりは、老爺おやじが窓のところへたつて行って、受取うけとった白衣びゃくえ納経のうきょうとを、あたり見たのだから確実のだんだといって、私にはなしたのである。
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
私は、その夕、電燈煌々こうこうとして自動車の目まぐるしく飛びにぎやかな町中で、一枚の号外を握って、地質時代の出来事であるところの、氷河退却時代が、のあたりに見られるのだと思った。
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
手にひろふものの落葉はつくづくとさきすがめて見るべかるらし
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
わたしものあたりに不思議なものを見たことがあります。
文六ちゃんは二つばかりばたきしてつっ立っていました。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)