白髪しらが)” の例文
旧字:白髮
それで、彼が白髪しらが山と呼んでいる、玢岩のれて怪しく光る鑓ガ岳——その裏尾根を乗り越えて、さらに硫黄沢の源頭へと降り込む。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
小姓がふすまを静かに引くと、白髪しらがまじりの安井の頭と、月代さかやきに赤黒いしみがぶちになっている藤井又左衛門の頭とが、並んで平伏していた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤い布のかかった艶々つやつやしい髪の下、栞の肩へ、老人の白髪しらが頭が載っている。白芙蓉のような栞の顔が、頬が、老人の頬へ附いている。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わしが墓穴の五日間に味った様な、僅な日数の間に漆黒の頭髪が一本残らず白髪しらがになる様な、そんな残酷な刑罰があるものではない。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そんな事を考えているうちに、白髪しらがの老人が職人尽しょくにんづくしにあるようななりをして、一心に仮面めんを彫っている姿が眼にうかぶ。頼家の姿が浮ぶ。
役人の一人は鉄杖てつじょうを持ち直して、脚下あしもとに転がった人俵ひとだわらの一つの胴中どうなかをびしゃりとやった。その人俵からは老人の白髪しらが頭が出ていた。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
つな家来けらいもんのすきまからのぞいてみますと、白髪しらがのおばあさんが、つえをついて、かさをもって、もんそとっていました。家来けらい
羅生門 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
さあ、これから出かけよう。お次は、三人の白髪しらがの婆さん捜しだ。その婆さん達が、水精ニンフ居処いどころをわれわれに教えてくれるんだからね。
ふたたび、つきあかるい野原のはらあるいて、一こうは、まちはずれのはしうえまでまいりますと、白髪しらがのおばあさんがそこにってっていました。
生きた人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
つくねんとして、一人、影法師のように、びょろりとした黒紬くろつむぎの間伸びた被布ひふを着て、白髪しらがの毛入道に、ぐたりとした真綿の帽子。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時分、若く元気で、唱歌をうたいながら洗濯なんかしていた母親は、白髪しらがになっている。自分がその桃色の布でとじたものの話をし
断ち、身体は痩せるし顔色は青黒くなるし、おまけに白髪しらがが急に殖えてきて……とにかく姿は変りましたが、稲田仙太郎いなだせんたろうですわい
(新字新仮名) / 海野十三(著)
ことに私は白髪しらがを掻き垂れて登場して来ようとするあなたの初恋の女のために、あなたと一緒に葬られやうとしたと思はれては厭ですから。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
見違えるほどやつれ果てた顔に、著しく白髪しらがの殖えた無精髯ぶしょうひげ蓬々ぼうぼうと生やした彼の相好そうごうを振り返りつつ、互いに眼と眼を見交みかわした。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この楽団の特色は、楽員に非常な長老を網羅していることで、頭の禿げた人や白髪しらがの人が多いことは、写真を見ても判る通りだ。
「そんなに人の事をおっしゃるが、あなただって鼻のあな白髪しらがえてるじゃありませんか。禿が伝染するなら白髪だって伝染しますわ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一寸法師の子僧ではなくて人の何倍もある大きな白髪しらが白髭のお爺さんでしたけれど、ちっとも恐くないやさしい顔つきで笑っていたのです。
お山の爺さん (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
この家の主人らしい、頭に白髪しらがのまじったやさしそうな男の人が衝立のかげから出て来て、木之助と松次郎を見ると、にこにこと笑いながら
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「笑いおるな、そろそろ参るぞ。よいか。ここにひとり、白髪しらがあたまの、他人ひとの頭痛を苦に病むことを稼業しょうばいにしておるおやじがおると思え」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
父も最近めっきり白髪しらがえ酒量も減って、自転車で遠方の病家まわりをしている姿が気の毒になり、何も言い出さずに帰って来たのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
傳「から何うも仕様がねえ変りもんでげすな、おめえさんの云う通り白髪しらがの島田はないからねえ、何うも仕様がないね何うも」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
純一がその門の前に立ち留まって、垣の内を覗いていると、隣の植木鉢を沢山入口いりくちに並べてある家から、白髪しらがの婆あさんが出て来て話をし掛けた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
若いころ香水の朝風呂へ這入って金のくしで奴隷に髪をかせた史上の美女が、いましわくちゃの渋紙に白髪しらがを突っかぶって僕のまえによろめいてる。
彼は少しも頭髪を失わず、白髪しらがというよりもむしろ灰色の髪をしていて、いつも「犬の耳」式にそれをなでつけていた。
そうして、そこから、短い白髪しらがさかさまにして、門の下を覗きこんだ。外には、ただ、黒洞々こくとうとうたる夜があるばかりである。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それから、薔薇ばらの花で飾った帽子を取って、髪粉を塗った仮髪かつらをきちんと刈ってある白髪しらがからはずすと、髪針ヘヤピンが彼女の周囲の床にばらばらと散った。
がっしりした、かなりの高い、ひどく白髪しらがのまじった赤ちゃけたひげをぐるりとかおいちめんにはやした百姓です。
「そでしてす」あだこは続けた、「すっかりとしよりになったもんで、男の鼬は頭が禿げてしまうし、女の鼬は髪が白髪しらがになってしまったんですって」
あだこ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして気味わるく物凄ものすごい顔をした、雲助のような男たちにおびやかされたり、黒塚くろづか一軒家いっけんやのような家にとまって、白髪しらがおそろしい老婆ろうばにらまれたりした。
ある日、まゆのあとの青いおかみさんが女の子を連れて来て、祖母にボソボソ言っていたが、またあとから白髪しらがきいろいのを振りこぼしたおばあさんが来た。
額に白髪しらがでも見つけようものなら、亭主の首根つこを押へつけても、一本一本残らず引つこ抜いてしまふだらう。
他日功成り名遂げて小生も浪さんも白髪しらが爺姥じじばばになる時は、あにただヨットのみならんや、五千トンぐらいの汽船を一艘いっそうこしらえ、小生が船長となって
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
とりわけ男の頭へ沢山たくさんに散りかかって居る花片の間からところどころ延びた散髪にまじって立つ太い銀色の白髪しらがが午後の春陽に光って見えるのでありました。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お玉が泣きながら、白髪しらがの母親に手を引かれ、裏門をくぐって行く後姿うしろすがたは、何となく私の目にも哀れであった。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
ところが、私が如何どうにか斯うにか取続とりつづいて帰らなかったので、両親は独息子ひとりむすこたまなしにしたように歎いて、父の白髪しらがも其時分僅のあいだ滅切めっきえたと云う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
白髪しらがあたまになってもどこかに昔の美しさが残っていたせいだといって、土地では本当にしていないのです。
差配は、七十位の小さい白髪しらがじいさんで、耳が遠いのか、大きな声で「お住まいはどちらです」といた。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
雪婆んごの、ぼやぼやつめたい白髪しらがは、雪と風とのなかで渦になりました。どんどんかける黒雲の間から、そのとがつた耳と、ぎらぎら光る黄金きんの眼も見えます。
水仙月の四日 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
清三は後ろ向きになった母親の小さい丸髷まるまげにこのごろ白髪しらがの多くなったのを見て、そのやさしい心のいかに生活の嵐にきすさまれているかを考えて同情した。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
彼は負傷してはいたが、素速く動くことは驚くべきほどで、彼の白髪しらが雑りの髪の毛は顔に振りかかり、その顔は焦心と憤怒とで英国商船旗のように真赤だった。
み眼清くきれ長くます。やさしきはつまにのみかは、その子らに、その子の子らに、なべてかなしく白髪しらがづく母。
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
与兵衛が田圃たんぼから帰つて来ますと、すぐチヨンはその肩にけ上つて白髪しらが交りの髪の毛を引張りました。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
碩学せきがく大家どもと、彼らの白髪しらが白髯しらひげは、豪雨と、暴風の、鳥獣の苦悶くもんと、人民の失望と、日光の動揺と植物の戦慄せんりつと、鉱石の平伏といっしょに、宇宙へ四散した。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
……しかし、白髪しらがになるまで、その田舎娘ほどやさしい、そして真実な女にめぐり逢うことができなかった。……この、後悔ほどつらく悲しいものはありません。
よはひはなほ六十に遠けれど、かしらおびただし白髪しらがにて、長く生ひたるひげなども六分は白く、かたちせたれどいまだ老のおとろへも見えず、眉目温厚びもくおんこうにしてすこぶ古井こせい波無きの風あり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
司令官は、がっしりした背の高い年をとった男で、口髭くちひげにも、髪にもきらきら光る白髪しらががまじっている。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
年齢としころはやっと十歳とおばかりのうつくしい少女しょうじょが、七十さいくらいゆる白髪しらが老人ろうじんともなわれてっていました。
けれども、ふたりともすっかり年よりになっていて、白髪しらがが多くなり、顔にはしわがよっていました。いつものおとうさんおかあさんとは思えないくらいでした。
ある年十一月の二十三日の晩に、白髪しらがの婆さまが一人訪ねて来て、一夜の宿を借りたいといった。うちは貧乏で何も上げるものがないというと、食事には用がない。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
にぶい声をして、土間の左側の茶の間から首を出したのは、六十か七十か知れぬ白髪しらが油気あぶらけのない、火を付けたら心よく燃えそうに乱れ立ったモヤモヤ頭な婆さんで
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)