ましら)” の例文
銅鑼どらが鳴ってから一件の背広を届けに、兄が、母の表現を借りると、スルスルとましらのように、人波をかきわけ登ってきてくれました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
まるでましらと人間のたたかいだった。——そこで師直もついにあぐねてしまい、あと一歩の肉薄をのこして、急に、京都へひきあげた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三室戸みむろどなどゝ申す山々が打ち連なって、老松琴を吟じ、夜わたるましらのこえもわびしく、麓には三十三箇所の順礼札を打つ観音堂がござりますが
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
薄色のうちぎを肩にかけて、まるでましらのように身をかがめながら、例の十文字の護符ごふを額にあてて、じっと私どもの振舞を窺っているのでございます。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大家のひさしの下を通して貰うか、ましらのように足場をじ登るか、でなければ、表通りをグルリと廻る外はありません。
最後の高いののしりの声とともに、今までの鈍さに似ず、あらゆる漁夫は、ましらのように船の上に飛び乗っている。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼の巨大な体躯にもかかわらず、彼は蟋蟀こおろぎのように飛び、またましらのように樹上に消え失せることが出来たのだ。
鉄板をこじ明けて、二人がハッチをましらのように滑り下りる。下ではメトラス博士とチャアリイが待受けていた。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さぎかわうそましらたぐいが、うおあさるなどとは言ふまい。……時と言ひ、場所と言ひ、しからずすさまじいことは、さながらおおかみが出て竜宮の美女たちを追廻おいまわすやうである。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ぞせんずる。魚くわぬものせんには。ましらぞせんずる。くうにもよらず。くわぬにもよらず。ただ念仏申すもの往生はするとぞ。源空はしりたるとぞ仰せられける
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
怪物は子供の様に背が低くて、ましらの様に身軽だった。彼は天井の低いトンネルを、立ったまま走れた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
若干の銭を貰っていた土人の子供のましらのような影も、西洋人のラッパのような笑声も無くなった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
南木曾なぎその山のましらの聲が詩人の魂を動かしそめたとすれば、淺間大麓の灰砂くわいしやの谿は詩人の聲をうづめたとも言へやう。——島崎氏はこれより散文(小説)に向はれたのである。
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
血気の頃にはましらの如くする/\と攀昇よじのぼり候そのの幹には変りはなけれども、既に初老を過ぎ候身は、いつか手足思ひのまゝならず、二、三げん登り候処にて片足を滑らせ
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
『それツ。』といふこゑ諸共もろとも吾等われら鐵車てつしやとびらけ、ましらごとつなつたつてのぼした。
や見し成んと一入ひとしほあはれのいやませしと言つる心の御製なり又芭蕉翁ばせをおうにも「ましらさへ捨子すてご如何いかあきくれ」是や人情にんじやうの赴く處なるらんさて又藤川宿にては夜明てのち所の人々ひと/″\此捨子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ましらのように為吉は高いサイドじ登って、料理場ギャレイの前の倉庫口ハッチウェイから側炭庫サイドバンカアへ逃げ込んだ。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
ましらのようなつづら笠の男——文珠屋佐吉が、つい今し方まで、高い真上の木の枝から、こっそり自分の裸形を見下ろしていたことなどは、千浪、もとより知るよしもなかったので。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
人々が騒ぎ出したひと足前にあの怪しの女が、縁から縁をましらのように軽々と伝わって、暗い影を曳きながらその経堂裏の方角へ必死に逃げ延びて行く姿を、逸早く認めたからです。
十勝にまたがる針葉樹の処女林しょじょりんには、アイヌを連れた技師技手すら、踏み迷うて途方とほうに暮るゝことがある、其様そんな時には峰をじ、峰にひいずる蝦夷松椴松の百尺もある梢にましらの如く攀じのぼ
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その場合には矢張やはり一般の盗賊ぬすびとの如くに、なるべく白昼ひるを避けて夜陰に忍び込み、鶏や米や魚や手当り次第にさらって行く。素捷すばやいことは所謂いわゆるましらの如くで、容易にその影を捕捉することはできぬ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夜は聴くましら孤樹こじゆいて遠きを、あかつきにはうしほのぼって瘴煙しやうえんなゝめなるを。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
船員は呼笛よびこにつれて、傾いた甲板かんぱんの上をましらのように伝わって走ってゆく。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)
我は巧みに自然を似せしましらなりしを 一三九—一四一
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
木より落ちたるましらのそれにも似たらんかし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
若きましらのためにだに
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
夜はましらの騷がしく
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
鳴りをひそめていた賊は、もう仕止めた猟人かりゅうどが姿を見せるように、公然と、声をあげて、ましらの如く思い思いに、谷底へすべり降りて行った。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大家おほやひさしの下を通して貰ふか、ましらのやうに足場をぢ登るか、でなければ、表通りをグルリと廻る外はありません。
同じ梯子タラップからましらのように、甲板へ上るとそのまま、伊藤次郎は先へ立って、ずんずん船底まで下りて行った。
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
漁夫たちはかじや帆の始末を簡単にしてしまうと、ふなべりを伝わって陸におどり上がる。海産物製造会社の人夫たちは、漁夫たちと入れ替わって、船の中にましらのように飛び込んで行く。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
がんりきは血塗ちまみれになって、丸太から丸太、むしろから蓆を伝ってましらのように走って行きます。それが見えたり隠れたり、眼もあやに走ると、そのあとを同じように裸体はだかになった荒くれ男が
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
殿しんがり艦のシクラメンでは、ジャックという水兵がちょうど当番であったので、命令一下、藍色灯を片手にぶらさげるが早いか、ましらのように梯子づたいに檣の上へとんとんとかけ上ったものである。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かく可凄すさまじくもまた可恐おそろしき、大薩摩おほさつまたけなかばにくもつらぬく、大木たいぼくみきたかえだ綾錦あやにしきいとなみ、こゝにむすめきしが、もとよりところえらびたれば、こずゑましらつたふべからず、した谷川たにがはなり。
妙齢 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
若きましらのためにだに
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
霜はましらかてうば
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
また、道士どうしたちの住む墻院しょういん、仙館は、峰谷々にわたり、松柏しょうはくをつづる黄や白い花はましらや鶴の遊ぶにわといってもよいであろうか。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余吾之介はそのまま、小屋の後へ廻って、水面に臨んだ老樹の桜へ、ましらの如く攀登よじのぼりました。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
若者を桟橋に連れて行った、かの巨大な船員は、大きな体躯たいくましらのように軽くもてあつかって、音も立てずに桟橋からずしずしと離れて行く船の上にただ一条の綱を伝って上がって来た。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その後、武蔵の屋敷近くに火事があったが、町幅まちはばの狭いところなので、屋根から屋根へ梯子はしごを渡して、ましらのように身軽く走り通る者があった。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
萌黄緞子もえぎどんすはかまを着けておりましたが、御用の声を聞くと、側に置いた小道具の一刀を取るより早く、舞台の上に掛け連ねた、鞦韆ぶらんこ、綱、撞木しゅもくなどの間をましらのようにサッと昇りました。
その時である、とものほうを逃げ廻っていた旅川周馬、隙を狙って帆柱のなかばごろまで、スルスルとましらのぼりに上って行った。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其處からいつもの手で、紐を傳はつて、ましらの如く忍び込んだ曲者は、丁度、目を覺して飛起きた、娘のお琴を一と當て、猿轡さるぐつわを噛ませた上、雁字がんじがらめにして、其儘家中を搜したのでせう
山をじ、谷へのぞんで逃げ出した兵も、ましらのように敏捷な蜀兵に追われ、その戈や槍から遁れることはできなかった。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すきを狙つてサツと塀に飛びつくと、かつてお園やお菊を殺して逃げた時と同じ道順を、舞臺の足場に飛びつき、ましらの如く渡つて、隣りの路地へポイと飛び降り、そのまゝ逃げ出さうとしましたが
が、彼の体は、ましらのように途中の梢に引っかかった。そして枝から下の枝へ、スルスルと降りて行くよと見る間に、たちまち姿が見えなくなった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すきねらってサッと塀に飛びつくと、かつてお園やお菊を殺して逃げた時と同じ道順を、舞台の足場に飛付き、ましらの如く渡って、隣の路地へポイと飛降り、そのまま逃出そうとしましたが、どっこい
いいすてて、梅軒はましらのように山の腹を横に駈け、やがてどこから降りて行ったものか、甲賀谷の渓流へ降りて、遥かからこちらの崖を振り向いていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこからいつもの手で、ひもを伝わって、ましらのごとく忍び込んだ曲者は、ちょうど、目を覚して飛起きた、娘のお琴を一と当て、猿轡さるぐつわを噛ませた上、雁字がんじがらめにして、そのまま家中うちじゅうを捜したのでしょう
急に、立ち上がると、小兵衛はましらのように、加賀境の三国山を越え、河北潟かほくがたの水を遠く見ながら駈け出した。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)