はげ)” の例文
その時A操縦士がちらとうしろをふりかえった。風はますますはげしくなって、そのうえ雨さえ加わって来たので機体は無茶苦茶に揺れた。
飛行機に乗る怪しい紳士 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この時水色のはげしい光の外套がいとうを着た稲妻いなずまが、向うからギラッとひらめいて飛んで来ました。そして童子たちに手をついて申しました。
双子の星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そして両手で床を引っ掻き、はげしくもがきはじめた。そのもがき方は、こちらが全身汗びっしょりになるほど、恐ろしいものだった。
女妖:01 前篇 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もとは健ちゃんも知ってる通りの始末で、随分はげしかったもんだがね。ったり、たたいたり、髪の毛を持って座敷中引摺ひっずり廻したり……
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今まで氷のように冷たく落着いていたクララの心は、瀕死者ひんししゃがこの世に最後の執着を感ずるようにきびしくはげしく父母や妹を思った。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
疼痛はげしき時は右に向きても痛く左に向きても痛く仰向になりても痛く、まるで阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄もかくやと思はるるばかりの事に候。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
七月十二日、雨は止んだが、風がはげしく荒れ気味の天候を衝いて、三浦さんは湖畔の道を一里、バスの出る旭ヶ丘まで急ぎ足で歩いた。
三浦環のプロフィール (新字新仮名) / 吉本明光(著)
この小説は先生のお作ですなこの辺は少しどうも一般の読者にははげしすぎるやうですこの次からは筆加減でとすつかり黒人扱くろうとあつかいなり。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
今までだっていい加減、貧乏のところへもってきてそれがいっそうはげしくなり、とうとうお粥もすすれないようになってきました。
初看板 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「もし、んだにおひなさいましたね。いまやつなん惡戲いたづらをするんだらう、途法とはふもない。いや、しかし、はげしい日中につちう尊頭そんとう。」
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ぽうでは、のむちでたれて、くるうように、はげしいかぜが、くらく、あおざめた、よるそらくるしそうなさけびをあげて、いていました。
戦争はぼくをおとなにした (新字新仮名) / 小川未明(著)
孔雀はせい高く、全身がふっくらした肉で包まれていて、その眼にも脣にも、匂いだけで人の心を毒すような、はげしいものがあった。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
今までのよりずっとその輪廓りんかくがはっきりしていて、そしてその苦痛の度も数層倍はげしいものであることを知って私はおどろいたのであった。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
僕もその頃、上村さんのお話と同様、北海道熱のはげしいのにかかっていました、実をいうと今でも北海道の生活は好かろうと思っています。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
気象のはげしい義雄がこんな風に話すところを聞いていると、とても岸本は弟の身として節子のことなぞを言出す機会は無いのであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
夏のはげしい日光が、八時前にもう東側の雨戸を暑くしている。浅田が階下したへ顔を洗いにゆくと、女中共が台所で、こそこそ話をしていた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
どんなにはげしいあらしでも傷つかずにきりぬけてゆくのに、そのあとで風がぐと、大ゆれにゆれてマストを水につけてしまうのだ。
そしてグスはもう腰掛けてもいられぬらしく、長椅子ソーファの上にグッタリとノビていたがはげしく眩暈がしてくるという訴えであった。
葛根湯 (新字新仮名) / 橘外男(著)
しかし田舎に行ってみるとかくのごとき名詞はまだ口語としてたくさん残っている。ただ口語であるために地方的の異同がかなりはげしい。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そのうちに段々染之助の見詰め方がはげしくなるのです。ただ、あの女は『俺のひいき客だから、見てやれ』と云う位ではなさそうなのです。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私は怒ったわけじゃなかッたけれども、助役の語があまりはげしく私の胸にこたえたので、それがただの冗談とは思われなかったからである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
けれど、かつて私の惡徳を惹き起したことのあるはげしい怒と必死ひつしの反抗と同じあの感情に動かされて、私が咄嗟とつさに向きなほつた。
男ははげしく女の詞を遮った。「どうぞもう黙っていてもらいたい。さっき云った時が来るまでは、何を言うのも無駄だからなあ。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
表を見ると、和服や洋服、老人やハイカラや小僧が、いわゆる「あしそら」という形で、残暑のはげしい朝の町を駈け廻っている。
一日一筆 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つまり、はげしい運動や、勇ましい武術をするのも、それに心をまぎらして、こんな悲しい思ひを、なるべく、少なくしようといふのでした。
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
……夜間、警報が出ると、清二は大概、事務所へけつけて来た。警報が出てから五分もたたない頃、表の呼鈴がはげしく鳴る。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
あざ滝の上というところにかかれる折しも、真昼近き日の光りはげしく熱さ堪えがたければ、清水を尋ねて辛くも道の右の巌陰に石井を得たり。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
トムスキイが彼の祖母の伯爵夫人に、友達の一人を紹介してもいいかと訊いたとき、この若い娘のこころははげしくとどろいた。
二十二三の良い年増で、はげしい秋の陽の下でも、なんのくまもない美しさは、金蔵や利八を夢中にさせるに充分だったでしょう。
騎馬隊のはげしい突撃を避けるため、李陵は車をてて、山麓さんろくの疎林の中に戦闘の場所を移し入れた。林間からの猛射はすこぶる効を奏した。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
さては彼方が東か知らん、夜が明けたら少しは風も静まるであろうと思いのほか、明るくなっても風は止まず、益々はげしく吹いて居りまする。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ここへ茶店を建てるときにも、ずいぶんはげしい競争があったと聞いている。東京からの遊覧の客も、必ずここで一休みする。
富士に就いて (新字新仮名) / 太宰治(著)
通にはそれを「ぎよつとした」と形ようするがその言葉があらはす程シヨツクのはげしいものではなく、何か日頃はおくのほうにしまつてあつて
坂道 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
優しい顔に似合わず、気象はなかなかはげしいように思われた。無口なようで、何でも彼でもさらけ出すところが、男らしいようにも思われた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは真にはげしい推移でありまして、ついには何千という織手が集って、一つの町を形造かたちづくるまでに急速な生長を示しました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
すべて彼等の作品は、熱烈なる主観によって、何物かの正義を主張し、社会の因襲に対してきばをむいてる、憎悪ぞうおはげしい感情で燃焼されてる。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
男のはげしい主張と芳子をおのが所有とする権利があるような態度とは、時雄にこの疑惑を起さしむるの動機となったのである。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
西風にしかぜかはちるとき西岸せいがんしのをざわ/\とゆるがす。さら東岸とうがん土手どてつたうてげるとき土手どてみじか枯芝かれしば一葉ひとはづゝはげしくなびけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
偶々たまたま看護人でも近寄ろうものなら大声を上げてわめき出す始末で、他人の患部へ手を触れることをはげしく拒絶するのだった。
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
と、はげしい口調であった。すぐ、後方につづいていた赤川大膳は、全身の神経で、四方にいる越前の手先達を眺め廻した。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
元禄袖の双子ふたごは一つとし下の従妹いとこを左右から囲んで坐つた。暫く直つて居た榮子の頬のふるへが母の膝に抱かれるのと一緒にまたはげしくなつてきた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
俗伝に二月の終り三日と、三月の始め三日はほとんど毎年必ず寒気がかえってはげしい。その訳は昔老婆あって綿羊を飼う。
さうしてこの水田すいでん東西南とうざいなん三方さんぽう比較的ひかくてきかた地盤ぢばんもつかこまれてゐる。かういふ構造こうぞう地盤ぢばんであるから、地震ぢしん比較的ひかくてきはげしかつたであらう。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
彼は欲求のはげしさを抑えきれないと知ると、工場の裏へとびだして、芦の茂みの中へ跼みにゆくのであった。町の悪童どもはしばしばそれを見た。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
常に山頂の風力の強暴なるに似ず、日光のほがらかなるを見て、時としてさいなどはもし空気が目に見ゆるものならば、このはげしき風を世人せじんに見せたし
ある語に、何か些細な語に、一種の調子で力をこめると、その声の中に、何だか暖かい響きがあるのを聞いた。するとはげしい歓びが彼の心を襲った。
そして、その怒りはますますはげしくなり、その闘いもますます急になったが、間もなく雪のような毛がばらばらに落ちて、はねを垂れて逃げていった。
王成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
わたしはまだいままでに、あのくらゐ氣性きしやうはげしいをんなは、一人ひとりことがありません。もしそのときでも油斷ゆだんしてゐたらば、一突ひとつきに脾腹ひばらかれたでせう。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
院がおいでになったころは御遠慮があったであろうが、積年の怨みを源氏にむくいるのはこれからであるとはげしい気質の太后は思っておいでになった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
入させ給ふべきは全く徳太郎君の御名をかた曲者くせものそれ召捕めしとれはげしき聲に與力ども心得たりと左右より組付くみつきなんなくなは
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)