ほら)” の例文
金眸は朝よりほらこもりて、ひとうずくまりゐる処へ、かねてより称心きにいりの、聴水ちょうすいといふ古狐ふるぎつねそば伝ひに雪踏みわげて、ようやく洞の入口まで来たり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
一行のいる処は八畳敷ほどの処であるが、その横に一間四方ほどのほらがあって、そこから先きは何丁あるか判らないほど深いらしい。
月世界跋渉記 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
また繰返しながら、蓑の下の提灯は、ほらの口へ吸わるる如く、奥在所の口を見るうちに深く入って、肩からすそへすぼまって、消えた。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
康頼 草のかげほらのすみを捜しても、あの清盛が見つけ出さずにはおきますまい。そうなったら今度はとても生かしてはおきますまい。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
そこがほらのように見えたというのも、あるいは歯抜けの扮装術(「苅萱桑門筑紫蝶」その他の扮装にあり)そのままに、鉄漿はぐろくろみが
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
笑ったと見えて唇がほころびたが、悪食が祟ったためであろう、上下の前歯がことごとく脱けて、口はうつろなほらのようであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
工学博士バクスターは、ほらの壁がさまでかたくないのを見て、そこをうちぬいてかまどの上に煙突えんとつをつけたので、モコウは非常に喜んだ。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ゴシツクの塔が中断せられて意外な所でさきを見せたり、高い屋根の並ぶ大路おほぢが地下鉄道のほらの様に見えたりするのも霧のせいだ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
陣払いの終るあいだに、光秀はほらみね、伏見、淀、その他の味方へ、急使を派した。遠くは、坂本城にある従兄弟いとこの光春へも
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
乾いた川筋を上って行く中に、谷が狭くなり、所々にほらがあったりして、横倒しになった木の下をかがまずにくぐって歩けた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
四つの土塚がその境界にき立てられることになった。あるものはほら先の大石へ見通し、あるものは向こう根の松の木へ見通しというふうに。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その癖下坐舗したざしきでのお勢の笑声わらいごえは意地悪くも善く聞えて、一回ひとたび聞けばすなわち耳のほら主人あるじと成ッて、しばらくは立去らぬ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
王さまはその間、木のほらの中にはいつて、日がしづむまで眠つてゐました。王さまはもうずゐぶんの年でした。
湖水の鐘 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
彼女に会ひてより和らげられし我が心も、度々の夢に虎伏す野に迷ひ、獅子ゆるほらに投げられしより、再びれに暴れて我ながらあさましき心となれり。
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
「岫」は和名鈔わみょうしょうに山穴似袖云々といっているが、小山にほらなどがあって雉子の住む処を聯想せしめる。雉が飛立つので、「立ち別れ」に続く序詞とした。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
海のほらにひらめく水神の淡紅色の肩か、楯を持った酔いどれの人馬が波を蹴立てて船と競走するのかを見るような気で、透き通る紺碧の海を熱心に見つめた。
あの水松いちゐしたで、長々なが/\よこになって、このほらめいたうへひたみゝけてゐい、あなるので、つちゆるんで、やはらいでゐるによって、めばすぐ足音あしあときこえう。
澗のむこうの岩鼻、旧砲台の砲門から十尺ほど下った水ぎわに、磯波がえぐった海のほらが口をあけている。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
井戸沢やほらノカイの方面は、針葉樹で凄いように暗いが、南方は遠く開けて眺望が好い。南アルプスが駒、朝与あさよからひじり上河内かみこうちざるに至るまで一目に見られる。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
大きなもみの木の下、岩角が自然とほらになっているところ、米友はそこを見出して自分が先に荷物をおろして
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
尾瀬おせほらの橋場で、その二つの牛がちょうど出あい、それ以後はこれを村堺に定めたといっております。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この劇烈な活動そのものがとりもなおさず現実世界だとすると、自分が今日までの生活は現実世界にごうも接触していないことになる。ほらとうげで昼寝をしたと同然である。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『観弥勒菩薩下生経』に弥勒は鶏頭山に生まるべしとあれば、かたがたこの仏は鶏に縁厚いらしい。支那には雲南に鶏足山あり、一頂にして三足故名づく、山頂にほらあり。
衆人はその腐敗の床を、恐るべき死の揺籃ようらんを、一種敬虔けいけんな恐怖をもってながめていた。ベナレスの寄生虫の巣窟そうくつは、バビロンの獅子ししほらにも劣らぬ幻惑を人に与えていた。
むかうの方が少し明るく見えますので、とんねるの中をとぼとぼ歩いて行きますと、突きあたりが雪のとびらになつてゐます。扉をあけて内へはひると、そこは大きなほらでした。
雪に埋れた話 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
白き大理石のうちなるほら住居すまゐとし、こゝより星と海とを心のまゝに見るをえき 四九—五一
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
筒井家は順慶流だのほらとうげだのという言葉を今に遺している位で、余り武辺のかんばしい家ではない。其家で臆病者と云われたのは虚実は兎に角に、是も芳ばしいことでは無い。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さうして今読んだ句からもつとさかのぼつて、ほらの中のファウストの独白から読み初めた。彼はペンに赤いインキを含ませて読んで行くところの句の肩に一々アンダアラインをした。
黄は不思議に思って、なおも奥ふかく進んでゆくと、桃の林の尽くるところに、川の水源みなもとがある。そこには一つの山があって、山には小さいほらがある。洞の奥からは光りが洩れる。
人またこれらをもりてゆるさず、ふんに土をかけたるを見れば其辺そのほとりの矢頃やころよき処へ、人の入るべき程にわんをふせたるやうなるものを雪にて作り、うしろに入り口をつけ内はほらになし
きれいに刈られた草の中に一本の大きなくりの木が立って、その幹は根もとの所がまっ黒に焦げて大きなほらのようになり、その枝には古いなわや、切れたわらじなどがつるしてありました。
風の又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
掘り出しかたが非常に早く、前脚で掻くと後脚でる。半日経たぬうちに一つの深いほらを掘り上げた。皆不思議に思ってよく調べてみると、一匹の腹が他の一匹のそれよりも肥えていた。
兎と猫 (新字新仮名) / 魯迅(著)
護りの人たちは夜の静寂の中にうたう声をきいた——その声は物に包まれたようにかすかに、深い穴の中の人の声のようにも、せまい山腹のほらあなに迷い入った羊飼の声のようにも聞えた。
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
わが背後うしろよりさし覗きし時、畫工はわれを顧みて、あの大なるほらの中なる山羊やぎの群のおもしろきを見給へと指ざし示せり。その詞未だをはらざるに、洞の前に横へたる束藁たばねわらは取りけられたり。
朝の天気はまんまるな天際の四方に白雲を静めて、ほらのごとき蒼空はあたかも予ら四人を中心としてこの磯辺をおおうている。単純な景色といわば、九十九里の浜くらい単純な景色はなかろう。
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
痛ましめて墓に至る。墓はほらにて、その口のところに石を置けり。イエス言いけるは、石をけよ。死せし者の姉妹マルタ彼に言いけるは、主よ、彼ははや臭し、死してよりすでに四日を経たり
しかし、天王山が秀吉軍に帰し、そのほうから横撃されては、万事すでに去ったと云うべく、それと同時にほらヶ峠にいた筒井順慶の大軍が裏切りして淀川を渡り、光秀の背後に襲いかかって来た。
山崎合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
稲荷いなりやしろの前に来て見れば、大勢の人が出入でいりしている。数えられぬ程多く立ててある、赤い鳥居が重なり合っていて、群集はその赤いほらの中でうごめいているのである。外廻りには茶店が出来ている。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼は今たいの下半におびただしき苦痛を覚えつ。倒れながらに見れば、あたりは一面の血、火、肉のみ。分隊長は見えず。砲台はほらのごとくなりて、その間より青きもの揺らめきたり。こは海なりき。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
わしに等しき旦那の眼力もそれまでには及び兼ね、律儀一偏の忠助と思いのほかに、駆落かけおちかまたは頓死のその跡にて帳面を改むれば、ほらのごとき大穴をあけ、はじめて人物の頼み難きを歎息するのみ。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この者は毎夜暗くなると、その木のほらの中に入りて隠れている。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
初夏はつなつの玉のほら出しほととぎすきぬ湖上のあかつきびとに
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
崖のほらに祀ってある何かの小さい社に見覚えがあった。
白い蚊帳 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
日の光いたらぬ山のほらのうちに火ともしいりてかね掘出ほりいだ
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
そのほらのやうな葉かげの恐怖にふりそそぐ雨。……
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
白雨ゆうだちほらの中なる人の声 畏計
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
ほらの上に霜はおけども
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
獅子しゝむなしきほらをいで
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
これからが髑髏洞カタコンブの奥の院である。門をはひつて右に折れるとほらの屈曲は蠑螺さざえ貝の底の様に急に成り、初めて髑髏どくろの祭壇が見られる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
されども彼の聴水は、金眸が股肱ここうの臣なれば、かれを責めなばおのずから、金眸がほらの様子も知れなんに、暫くわがさんやうを見よ
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)