らく)” の例文
旧字:
松本法城まつもとほうじょうも——松本法城は結婚以来少しらくに暮らしているかも知れない。しかしついこの間まではやはり焼鳥屋へ出入しゅつにゅうしていた。……
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「そうでしょう。ただしいことをしながらくるしめられ、わるいことをしても、らくらしをしているひとがあるのは、どうしたわけですか。」
世の中のために (新字新仮名) / 小川未明(著)
なんとも覚えのない悲しさで「走りごくで一等とったさかい、お祖父やんも安心してお前を働きに出せる。人間はらくしよ思たらあかん」
わが町 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
この、「袖ふきかへす」という句につき、「袖ふきかへしし」と過去にいうべきだという説もあったが、ここはらくに解釈して好い。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
渡金めつききんに通用させ様とするせつない工面より、真鍮を真鍮でとほして、真鍮相当の侮蔑を我慢する方がらくである。と今は考へてゐる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
もし茶家の指導で茶碗が生まれるとすれば、茶の中に代々育つ京のらく家は、代々茶碗を生んでいなければならない理屈になる。
現代茶人批判 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
浪人のらくな人だか何だか知らないけれども、勝手なことをやって遊んでいるうちに中気が起ったのでしょうが、何にしろい竿だ
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「一紙半銭の奉財のともがらは、この世にては無比のらくにほこり、当来にては数千蓮華すせんれんげの上に坐せん、帰命稽首きみょうけいしゅうやまってまおす」
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わつしはね今日けふはアノとほり朝からりましたので一にちらくようと思つて休んだが、うも困つたもんですね、なんですい病気は。
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかし英雄であるよりも、神であるほうがらくではないか。——よりも楽……あの男のほうが自分よりも楽にやっているのだ。
「旦那はんお留守の間に早よ行つて来てんか。何でもあらへん、眼つぶりもつてでもらくに行ける。えら行けの丹波たんば行けや。」
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
「十一月三十日に、夢之助と荒巻の両名が揃って戻ってきた筈だが、それは何時ごろだったね。らくの翌日の荷造りの日だよ」
「故障にはちがいないが、ふつうの故障とはちがう。三センチばかりは、らくにあがるが、あとはどうしてもあがらないのだ」
豆潜水艇の行方 (新字新仮名) / 海野十三(著)
というのは、彼はハーキュリーズに対して、別に不親切な気持はなく、ただ自分でらくがしたさに、身勝手な振舞をしていただけなんですから。
「無聊を感じられるほどおらくにいては困る。昨夜からとくと見るに、お久良の気ぶりにも多少に落ちぬ所もあり、かたがた油断はならない」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
修行時代しゅぎょうじだいには指導役しどうやく御爺おじいさんがわきから一々面倒めんどうてくださいましたかららくでございましたが、だんだんそうばかりもかなくなりました。
しやくにさわるけれど、だれ仲間なかまさそつてやらう。仲間なかまぶなららくなもんだ、なに饒舌しやべつてるうちにはくだらうし。』
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
らく」と銘打つ作の如き、この悲劇に陥らなかったものがどれだけあろうか。いかに意識してけずりを作り、高台を考え、形を奇にしているであろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
去年までは車にしたが、今年ことしは今少しらくなものをと考えて、到頭以前睥睨へいげいして居た自動車をとることにした。実は自身乗って見たかったのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
江戸へ逃げて行って——何うにかなるだろう。何うにも成らなかったら、鉄砲にうたれてやらあ、切腹するよりもらくらしい。金千代は、楽そうな顔を
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
阿母かあさん阿母さん」、と雪江さんは私が眼へ入らぬように挨拶もせず、華やかな若いつやのあるい声で、「矢張やっぱり私の言ったとおりだわ。明日あしたらくだわ。」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
転げるように飛込んで来たのは、五十年配の女——お菊の母親のおらくでした。いきなり徳松を突き飛ばすと、そのひざの上から、娘のお菊をむしり取ります。
またしても気不味きまずいものゝ出来たといううわさがらくになるすこしまえ楽屋の一部にしきりに行われたのである……をそれとなくさぐってみたい肚だった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
ぼくたちは弁当べんとうっていなかったのではらぺこになって、むらに二時頃じごろかえってた。それから深谷ふかだにまでおじいさんをとどけにいってくるのはらく仕事しごとではなかった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
朝茶の炉手前は何かしら苦業くぎょうを修する発端で、その日も終日不可解の茶の渋味を呪法じゅほうのっとるごとき泡立てにやわらげて、静座しつつ、らくの茶碗を取りあげて
「腕に職を付けるのはつれえさ」と栄二は続けた、「考えてみな、葛西へ帰ったって、朝から晩まで笑ってくらせやしねえだろう、それとも百姓はごしょうらくか」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何も解りもしないきみが、こすり附けたり噛みついたりしていても、それでっとも羞かしい気がしないのは、きみがらくなことをらくに愉しんでいるからなんだ。
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そのらくの日に若島は常陸山につり出されて負けたが、若島としてはなかなか分のいい相撲をとったので、ひいき客のある人が祇園下の料理屋へこの力士を招いて
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
『ほんとにさうですねえ。莫迦正直に督促して歩いたりするより、その方が余程らくですものねえ。』
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかし財政は依然として余りらくにもならず、後で述べるように、デビーが欧洲大陸へ旅行した留守中につぶれかけたこともあり、一八三〇年頃までは中々に苦しかった。
どの時代を思い出してみても、私にはそうらくなという日もない。ずっと以前に、私は著作のしたくをするつもりで、三年ばかり山の上に全く黙って暮らしたこともある。
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうでしょう、みちがあるおかげで、方々ほうぼう土地とちに出来る品物しなものがどんどんわたしたちのところへはこばれて来ますし、おともだち同士どうしらくったりたりすることが出来ます。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
徳之助 何の、雑作ぞうさもないことさ。(酒造家の方へ行きかけ)我ながら旅ずれがしてきたかと思いながら、らくに育った者の意気地なしで、大きな構えの家へは行き難い。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
「教えてやんなさい、高く飛ぶほうが、ひくく飛ぶよりらくだって!」と、隊長は大声で答えました。
一同大歓喜で出迎え家に入って祝宴を張った、席上かの八餅金を出して父母に与え、これは竜金でり取って更に生じ一生用いて尽きず、これを以てらくに世を過されよ
本願寺も在所の者の望みどほりに承諾した。で代々だい/″\清僧せいそうが住職に成つて、丁度禅寺ぜんでらなにかのやう瀟洒さつぱりした大寺たいじで、加之おまけに檀家の無いのが諷経ふぎんや葬式のわづらひが無くて気らくであつた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
演劇しばい昨日きのうらくに成つて、座の中には、直ぐに次興行つぎこうぎょう隣国りんごくへ、早く先乗さきのりをしたのが多い。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
霧が光を見せずに立って逃げて、らくに前の見える目に、石垣の立っているのが見えるわ。
「おかみさん。湯に行って暖たまってよう。今日は一日いちんちらく休みだ。」と兼太郎は夜具を踏んで柱のくぎ引掛ひっかけた手拭を取り、「大将はもう芝居かえ。一幕ひとまくのぞいて来ようかな。」
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
仲人も土地では家柄だそうです、達ちゃん伍長になるとなかなか万事らくと大笑いです。
兎も角彼は昼間の方が稍ともすれば不安を覚える位ひに変に馬鹿々々しくらくだつた。
籔のほとり (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
『始めからさううまい訳には行かないぢや……』笑つて見せて、『けれど、正公しやうこう成長おほきくなつたし、定公さだこうも学問が出来るから、おていさん、もう安心なもんぢゃ。これからはらくが出来る』
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
だから私は、よほどの事でもない限り、私のほうからお友達の所へ遊びに行く事などは致しませんでした。家にいて、母と二人きりで黙って縫物をしていると、一ばんらくな気持でした。
待つ (新字新仮名) / 太宰治(著)
吉之丞はぐったりとなり、あおのけに寝て胸の上で手をんだ、いつものらく姿勢しせいをとると、ひょっとすると、明日は眼がさめないのかも知れないと思いながら、うつらうつらしだした。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
北アメリカインディアンの心に奢侈おごりの念を起こさせるようなありきたりの洗面装置があり、歯ブラシよりも大型の雨傘がらくらく掛かりそうな、役にも立たない褐色の木の棚が吊ってあった。
それでも芝居のらくの日に、興行中に贈られた花の仕分けなどして、片づいてからになった部屋に、帰ろうともせず茫然ぼうぜんと、何かにもたれている姿などを見ると、ただなんとなく涙含なみだぐまれるときがある。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
訳のほうは作文よりゃらくだよ。だって、訳のほうは想像で行くもの。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
一体永い間死ぬるほどの疲れに体をゆだねていたものが、たった何分間かこんならくをしているのが、不都合だというべきだろうか。自己の存在という事を自覚するのが、当然の権利ではないだろうか。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
腸蔵さん、こんな様子ではとても今日らくをする事が出来ないゼ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そいぢや、僕がさう。君のところは、僕のとこより、らくだ。
雅俗貧困譜 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)