“御家人:ごけにん” の例文
“御家人:ごけにん”を含む作品の著者(上位)作品数
野村胡堂15
岡本綺堂9
吉川英治5
佐々木味津三3
喜田貞吉3
“御家人:ごけにん”を含む作品のジャンル比率
社会科学 > 社会 > 社会学15.2%
芸術・美術 > 演劇 > 大衆演芸4.8%
芸術・美術 > 彫刻 > 彫刻史 各国の彫刻2.4%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
ついにその子孫には、今日毛利公爵の如き立派なお方が、この鎌倉の御家人ごけにんなる、大江広元の後に出ているのであります。
「それが判りゃわけはないよ。商売敵か、家督争いか、高利の奥印金に悩まされた御家人ごけにんか——いずれそんなものだろう」
幕府瓦解の後は旗下はたもと御家人ごけにんというような格の家が急に生計くらしの方法に困っていろいろ苦労をしたものであった。
剩つた米を安くかつて米店をはじめたり、貧乏旗本や御家人ごけにんに金を融通して、扶持米をとりあげたり、高利をとつたりしたのだ。
花火と大川端 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
宗三自身は見る影もない腰弁だけれど、家丈けは、親父おやじ御家人ごけにんだったので、古いが手広な納戸なんていうものもある。
接吻 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
三番目は芝口の御家人ごけにんの子、四番目は飛んで深川大島町の大工の娘、五番目は熊井町の船頭の伜、六番目は——。
三番目は芝口の御家人ごけにんの子、四番目は飛んで深川大島町の大工の娘、五番目は熊井町の船頭の倅、六番目は——。
静岡へは、やがて徳川亀之助以下、譜代の旗本や御家人ごけにんたちが、続々、家財妻子とともにながれこんできた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鎌倉時代から大そうえらい者でありまして、当時の大名衆だいみょうしゅう御家人ごけにんと呼んでおります。
その頃三十金と言へば、安御家人ごけにんの收入で、大家の嫁入支度でも、それほど掛けると人の目を引きます。
たまをどこへか忍ばして置いて、抱え主から懸け合いの来るのを待っているなどは、この頃のわる旗本や悪御家人ごけにんには珍らしくない。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
御家人ごけにんのお給金では家族も満足に養えないし、剣術の師匠もお金にならないから、彼のあみだした本業は主として刀剣のブローカーであった。
安吾史譚:05 勝夢酔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それは堀田原のある御家人ごけにんの家で、主人のほかに四、五人の友達が集まって、一六いちろくの日に栄之丞の出稽古を頼むということになった。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そこは賄賂の力である程度までの出世もでき、御家人ごけにんの株を譲り受けることもできたほどの時だ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
直参といえばていさいはよいが、旗本、貧乏御家人ごけにんの、その御家人の株を買って、湯川金左衛門邦純くにすみとなったのである。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
成瀬屋というのは、山の手きっての大地主で、この辺一帯、旗本御家人ごけにんの屋敷でなければ、成瀬屋の持地と言っても大した間違いのないほどでした。
稲城は小身の御家人ごけにんで、主人の八太郎夫婦と下女一人、しもべ一人の四人暮らしである。
西瓜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二葉亭のお父さんは尾州藩だったが、長い間の江戸づめで江戸の御家人ごけにんしていた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
多寡たくわが地主の金持と思つたのは、大變な見縊みくびりやうで、近所の旗本や、安御家人ごけにんの屋敷などは蹴落されさうな家です。
昔は貧乏御家人ごけにん跋扈ばっこせし処今は田舎いなか紳士の奥様でこでこ丸髷まるまげそびやかすの、元より何の風情ふぜいあらんや。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
したがってこれを呼ぶにも「御」の字をつけて、「関東の御家人ごけにん」と言われていた。
一寸ちょい旗本はたもと御家人ごけにん出遇であう所が、応接振りは上品で、田舎者と違い弁舌もく行儀も立派であるが、何分にも外辺うわべばかりで
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あさっぱらの柳湯やなぎゆは、町内ちょうないわかものと、楊枝削ようじけずりの御家人ごけにん道楽者どうらくもの朝帰あさがえりとが
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「そのことですよ、——あの邊は番町が近いから、小つ旗本と安御家人ごけにんの巣だ」
「なんのこった、山猫をひやかして帰る御家人ごけにんか、どこぞの次男坊じゃないか」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここらは小身の御家人ごけにんが巣を作っているところで、屋敷といっても皆小さい。
離魂病 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
麻布笄町あざぶこうがいちょう御家人ごけにんの娘おこう——、数えてみると
「源頼朝公から、建礼門院様お目附のために差しつかわされた鎌倉の御家人ごけにんの名でございます、それがあの森に屋敷を構えていて、建礼門院様のお目附をしていました」
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
土蔵くらから取出とりだした色々いろ/\のお手道具てだうぐなぞをならべ、御家人ごけにんやお旗下衆はたもとしゆう道具商だうぐやをいたすとふので
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
年は三十三、四、伊達だてに伸ばしたらしい月代さかやきが黒く光って、ほろりと苦み走ったちょっといい男の、ひと目に御家人ごけにんくずれと思われるような二本差しでした。
一寸ちょいとした事だが可笑おかしい話があるその次第は、江戸で御家人ごけにんの事を旦那だんない、旗本はたもとの事を殿様とのさまと云うのが一般の慣例である
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
なお賤民の称なる「家人けにん」の名がそのままに、畏敬すべき「御家人ごけにん」ともなり、また賤職の称なる「さむらい」の名がそのままに、武士となって世人に羨まれた様に。
御身分は旗本や御家人ごけにんではなし、御留守居にしては地味でしたし
母「あすこにはわる御家人ごけにん沢山たくさんゐてね。」
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
下総しもうさでは、印旛いんば新橋にっぱしあしさくという所に、これは頼朝の御家人ごけにんであった千葉介常胤ちばのすけつねたねの箸が、成長したという葦原があります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
林之助は御直参ごじきさんの中でも身分のあまりよくない何某なにがし組の御家人ごけにんの次男で、ふとしたはずみからこのお絹と親しくなって、それがために実家をとうとう勘当されてしまった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その父寅吉といへるは幕府の御家人ごけにんなりしとか。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
にわかに講武所こうぶしょの創設されたとも聞くころで、旗本はたもと御家人ごけにん陪臣ばいしん浪人ろうにんに至るまでもけいこの志望者を募るなぞの物々しい空気が満ちあふれていた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そんな悪法を書いたのは、丹之丞の遠い従弟いとこで、安御家人ごけにん崩れの針目正三郎、これはお猿のような感じの、肉体的に見る影もない人間ですが、悪智恵にかけては、人の十倍も働きのある男。
お次は、御家人ごけにんの娘だけに、そう聞くと、
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妙子は山の手のある旧御家人ごけにんの娘だった。
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お岩はそこで喜兵衛に口を利いてもらって、四谷塩町しおちょう二丁目にいる紙売の又兵衛またべえと云うのを請人に頼んで、三番町さんばんちょうの小身な御家人ごけにんの家へ物縫い奉公に住み込んだ。
四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかし、当時の練塀小路は河内山宗俊が啖呵たんかをきったほどの有名な小路ではなく、御家人ごけにん屋敷が道向かいには長屋門をつらねて、直参顔じきさんがお横柄おうへいな構えをしているかと思うと
さすがに尻餅はつきませんが、顔色を変えて飛退とびすさりました。御家人ごけにんの竹といってちょっと好い男、ただし、元は武家の出だというせいか、妙に人付きのよくない、飯田町中の嫌われ者でした。
じつにどうも癪に障るが、その晩の芦洲の口演を、ヂッと楽屋で聴いてゐると、その描写の巧さ、義賊も侠客も御家人ごけにん美妓びぎもみなさながらの浮彫りで、つい給金を呉れない不平など忘れてしまふ。
落語家温泉録 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
それも禄高ろくだかにして五百石以下、家格にしてお目見得以上のお旗本が罪人となった場合、この上がり座敷へ投獄するので、第二は揚がり屋と称され、お目見得以下の者、あるいは御家人ごけにんないし大名旗本の陪臣
ここは山尻町との境で、片側には小さい御家人ごけにん小商人こあきんどの店とが繋がっているが、昼でも往来の少ない薄暗い横町で、権現のやしろの大榎おおえのきが狭い路をいよいよ暗くするようにおおっていた。
半七捕物帳:54 唐人飴 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その頃は幕府瓦解がかいの頃だったから、八万騎をもって誇っていた旗本や、御家人ごけにんが、一時に微禄びろくして生活の資に困ったのが、道具なぞを持出して夜店商人になったり、従って芝居なぞも火の消えたようなので
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
七兵衛は四谷の忍町に五代つづきの質屋を営んでいて、女房おこのと番頭庄右衛門のほかに、手代三人、小僧二人、女中二人、仲働き一人の十一人家内で、おもに近所の旗本や御家人ごけにんを得意にして、手堅い商売をしていた。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その士格の売主うりぬしは、小普請目見得格こぶしんめみえかく小牧甚三郎こまきじんざぶろうという御家人ごけにん、一人娘があるから、むこの形式をもって継いでくれれば、万端ばんたん都合つごうがいいという。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
「叶屋重三郎は、谷中三崎町で、寺方と御家人ごけにんを相手に因業いんごうな金貸を始め、鬼とか蛇とか言われながら、この十二三年の間に、何万両という身上しんしょうこさえたのは、親分も知っていなさる通りだ——」
銭形平次捕物控:130 仏敵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
その辺には大名の下屋敷、旗本屋敷、そのほかにも小さい御家人ごけにんの屋敷がたくさんありまして、そのあいだには町屋まちやもまじっていましたが、一方には田や畑が広くつづいていて、いかにも場末らしい寂しいところでした。
半七捕物帳:34 雷獣と蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つい、いま、口がすべったように、おれの家は、これでも代々御家人ごけにんで、今だって弟の奴は、四谷の方で、お組屋敷の片隅に、からかさ骨削ほねけずりの内職をしながらも、両刀をたばさんで、お武家面をしているのさ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
隣り村の豪農で、天滿宮の御家人ごけにんといふものになつてゐる家に生れたのを、同じ村の若い衆さへまだ餘り眼をけぬ蕾の中に、千代松が頬冠り姿で、高塀を乘り越え、廣い庭先きから忍び込んで、其の蕾をむしり取つたので
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
同じ町内の糊売り婆アの二階を借りて住む御家人ごけにん崩れの遠藤左馬太、紙問屋で神田で指折の物持ち佐原屋のせがれ茂吉、もう一人は、向柳原切ってのノラクラ者、博奕ばくちも、喧嘩けんかも、火事場の働きも、釣も、網も
「お村は病身で、二三日前から寝ていたそうです。それに御家人ごけにん崩れの凄いのが付いているんだそうで、年増だけに世帯のたしに奉公しているんだって言いますぜ、いずれそのうちに、大徳屋がうんと取られるところだったろう——って言いますよ」
ためりにされるんだ、試し斬りに——」口々に騒ぎたててはいるものの、相手がなまやさしい御家人ごけにんやなんぞと違って、いかにも一癖ありそうなのが、三人までも揃っているので、ただいたずらにわめいてみるにすぎないのである。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山崎屋の専助というのは、言うまでもなく桔梗屋のお藤が嫁に行くはずだった家で、商売というほどのことはありませんが、二三年前から店を持って、中どころの商人や、御家人ごけにん安旗本などを相手に金を廻し、小体こていながらなかなか裕福に暮しておりました。
当時、御家人ごけにん旗本はたもとの間の大流行は、黄白きじろな色の生平きびらの羽織に漆紋うるしもんと言われるが、往昔むかし家康公いえやすこうが関ヶ原の合戦に用い、水戸の御隠居も生前好んで常用したというそんな武張ぶばった風俗がまた江戸にかえって来た。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
女房でも持って、ういう女と夫婦になったと身の上が定まれば、御家人ごけにんの株位は買ってくれる親類もあるが、詰らん女を連れて行っては親類では得心しませんが、是はこう/\いう武士さむらいの娘、こういう身柄で今は零落おちぶれて斯う、心底しんていも是々というので
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
徳川時代になっても、幕府直参の武士は「御家人ごけにん」と呼ばれて、これは立派な士族であるが、一方百姓にも譜第の家人があって、それは「下人げにん」として賤しまれ、今に下人筋げにんすじ等と云って、社交上にも或る場合には疎外されるのを免れない風習の地方もないではない。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
道は駒形町より森下へ出て、今の楽山堂らくさんどう病院の所から下谷したや御徒町おかちまちにきれ、雁鍋の背後へ出ようというのですから、七軒町しちけんちょう酒井大学さかいだいがく様の前を通り西町の立花たちばな様の屋敷——片側は旗本と御家人ごけにんの屋敷が並んでいる。
「兵二郎は身体が立派で、力も知恵もあったよ、間がよくば、御家人ごけにんの株ぐらいは買う気で、信州から出て来たというじゃないか、——それが叶わないと知ると、江戸中の金持の後家をあさったんだよ。世の中には弁口べんこうと男前で、それを出世のつるにしている野郎はあるものだよ」
その女は屋敷者らしい上品な人でしたが、身なりは余りよくない方で、れた番傘をさしていて、九つか十歳とおぐらいの女の子を連れていたそうで、まあ見たところでは浪人者か小身の御家人ごけにんの御新造でもあろうかという風体ふうていで、左の眼の下に小さいあざがあったそうです。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
このおやじも久しくつとめて兄の代には信濃の国までも供して行きおったが、兄貴が使った侍はみんな中間ちゅうげんより取立て、信州五年詰の後、江戸にて残らず御家人ごけにんの株を買ってやられたが、利平は隠居して株の金を貰って、身よりのところへかかりて、金を残らずそやつに取られてしまった。
ついこの間まではまばらな杉垣の奥に、御家人ごけにんでも住み古したと思われる、物寂ものさびた家も一つ地所のうちにまじっていたが、崖の上の坂井さかいという人がここを買ってから、たちまち萱葺かやぶきを壊して、杉垣を引き抜いて、今のような新らしい普請ふしんに建てえてしまった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宵から降りだした雨をついて、その夜鈴川の屋敷には、いつものばくちの連中が集まり、更けるまではずんだ声で勝負を争っていたが、それもいつしかこわれて、寄り合っていた悪旗本や御家人ごけにんくずれの常連じょうれんが、母屋で、枕を並べて寝についたその寝入りばなを、逆にくように降ってわいた斬りこみであった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
……古帷子で顔をつつんで一ツ橋の門から駈けだし、お氷の駕籠につきあたって、あわててまた門内に駈けこんだその男は、酒井の大部屋で手遊びをしていた石田清右衛門という御家人ごけにんくずれ。……勝負のことで小者の小鬢を斬り、足にまかせて逃げだした鼻さきへ駕籠が来て、ついのはずみに駕籠をひっくり返し、これは、と狼狽うろたえて、また部屋へ逃げかえった……氷もなにも盗んじゃいないのです。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)