引籠ひきこも)” の例文
「聴いて下さいよ親分、——そのお屋敷の御当主庄司右京様は二年前から軽い中気でお役御免になり引籠ひきこもり中大変なことが始まった」
拝啓昨今御病床六尺の記二、三寸にすぎすこぶる不穏に存候間ぞんじそうろうあいだ御見舞申上候達磨儀だるまぎも盆頃より引籠ひきこも縄鉢巻なわはちまきにてかけいの滝に荒行中あらぎょうちゅう御無音ごぶいん致候いたしそうろう
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
研究が進んで来ると復一は、試験所の研究室と曲もの細工屋のはなれの住家とを黙々として往復する以外は、だんだん引籠ひきこもり勝ちになった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「いいえ……清洲きよすのお屋敷へお引籠ひきこもりになってから、もう二年越し、どちらへも、ちょっとも外出はなさらないそうでございます」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と思いますと是が気病きやみになり、食も進まず、奥へ引籠ひきこもったきり出ません、母親おふくろは心配するが、兄三藏は中々分った人でございますから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一旦いったん眼前めのまえの平和が破れてからは、岸本は一方に輝子を見ることも苦しく思い、一方には門をとざしてあるも同様に引籠ひきこもり勝ちな今の身で
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
心柄こころがらとはいひながらひてみずから世をせばめ人のまじわりを断ち、いえにのみ引籠ひきこもれば気随気儘きずいきままの空想も門外世上の声に妨げまさるる事なければ
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ペテルブルグにつてからもドクトルは猶且やはり同樣どうやう宿やどにのみ引籠ひきこもつてそとへはず、一にち長椅子ながいすうへよこになり、麥酒ビールときおきる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
何かわからないが怒りに似たものが身に突立ってきた。彼はひとり二階に引籠ひきこもってしまった。葬儀の翌日から雨が降りだした。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼はその村の呉服屋の息子むすこだった。彼は病気のために中学校を途中でして、こんな田舎いなか引籠ひきこもって、講義録などをたよりに独学していた。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
翌日から警部は病気と称して引籠ひきこもってしまったのです。それで嫂の死は、自殺であると見做みなして一先ず事件の幕は閉じられてしまったのです。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大方いまの雪のために、先生も、客人も、天幕に引籠ひきこもったんでございましょう。卓子テエブルばかりで影もない。野天のその卓子が、雪で、それ大理石。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
相違つかまつり候ては御役儀もかろ相成あひなり候故私しの内意仕つり候に付私再吟味御免をかうむり其後病氣と披露ひろう仕つり引籠ひきこもちう家來けらい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そして爺さんは、すこしも変らぬテンポで炭を割り、湯を沸し、それから部屋の隅へ引籠ひきこもって溜息を吐いている。すべてが旧のままになったのだ。
溜息の部屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大杉も引籠ひきこもって落付いて仕事をしていられないと見えて、日に何度となく乳母車を押しては近所を運動していたから、表へ出るとは番毎ばんこ邂逅であった。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
するとこの兄が自分の弟の引込思案でただ家にばかり引籠ひきこもっているのを非常にまわしいもののように考えるのです。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
右門は、その後、父但馬守の位牌いはいを捧げて、国元の大和やまと柳生の庄へ引籠ひきこもった。芳徳寺の第一世烈堂和尚れつどうおしょうは彼である。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにもかかわらず、鶴見はよく堪えて、静かに引籠ひきこもって、僅かにその残年を送っているのである。
船室に引籠ひきこもって啄木たくぼく歌集を読んだり、日向ひなたに出ては海をながめたり、そんな時を過していました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そこが弟橘姫様おとたちばなひめさま日頃ひごろこのみの御修行場ごしゅぎょうばで、洞窟どうくつ入口いりぐちにはチャーンと注連縄しめられてりました。むろん橘姫様たちばなひめさまはいつもここばかりに引籠ひきこもってられるのではないのです。
それに身の周囲まわりに気をつけて見ると、夜も昼も出歩いて女をあさっていた者が、急に家に引籠ひきこもっているのが、人の嫌疑を増すようにも思われて来たので、六日目のになってこわごわ外へ出た。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それからハボンスは、宿屋のきたないへや引籠ひきこもつてぼんやりしてゐました。
シャボン玉 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
……あいつは今日もまた朝っぱらからずっと部屋に引籠ひきこもりっきりなのかな?
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
昼のうち頭重つむりおもく、胸閉ぢ、気疲劇きづかれはげしく、何を致候も大儀たいぎにて、けて人に会ひ候がうるさく、たれにも一切いつせつくち不申まをさず唯独ただひと引籠ひきこもり居り候て、むなしく時の候中さふらふうちに、此命このいのちの絶えずちとづつ弱り候て
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
我事わがことすでにおわれりとし主家の結末と共に進退しんたいを決し、たとい身に墨染すみぞめころもまとわざるも心は全く浮世うきよ栄辱えいじょくほかにして片山里かたやまざと引籠ひきこもり静に余生よせいを送るの決断けつだんに出でたらば、世間においても真実
廣介は、あの夜以来、心配の余り、病気と称して邸に引籠ひきこもったまま、島の工事場へも行かず、それとなく、千代子の一挙一動を監視して、彼女の心の動きをば、大体見てとることが出来ました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして家へ歸ると直に、澤山の原書を取ツ散かした書齋に引籠ひきこもツて、ほんを讀むとか、思索に耽るとか、よし五分の時間でもむだに費やすといふことが無い。ひとから見れば、淋しい、單調な生活である。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
落ちぶれて田舎へ引籠ひきこもったとなるとかあいそうですから、こんど戦地からかえって、いろいろ問い合せて見ると、母親——つまり私の従妹も死んでしまって、女の子の引取り手もないという始末です
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
以後一箇月ばかりは堅く居館の門を閉じて引籠ひきこもっていた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
藤助と岩根半蔵が縛られてから五日、平次はこれほどの手柄にも慢ずるどころか、神田の家に引籠ひきこもって、人に顔も見せなかったのです。
ペテルブルグにってからもドクトルはやはり同様どうよう宿やどにのみ引籠ひきこもってそとへはず、一にち長椅子ながいすうえよこになり、麦酒ビールときにだけおきる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「こちらへ引籠ひきこもりましてからは、どなたへもお知らせを致しませぬ、諸方からお見舞を頂くことをかえって恐れておりました」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
せて書斎に引籠ひきこもり机に身をば投懸なげかけてほつとく息太く長く、多時しばらく観念のまなこを閉ぢしが、「さても見まじきものを見たり」と声をいだしてつぶやきける。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
立伊賀亮事にはか癪氣しやくき差起さしおこり明日の所全快ぜんくわい覺束おぼつかなく候間萬端ばんたん宜敷御頼み申也と云おく部屋へや引籠ひきこもり居たりけるさて其夜もあけたつ上刻じやうこくと成ば天一坊には八山を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
思えばこの半月あまりは一歩ひとあし戸外そとへ出ず引籠ひきこもってのみいた時に比べると、おのずと胸も開くような心持になり
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その正月にかぎって親戚への年始廻りにも出掛けずに引籠ひきこもっていた岸本は久しぶりで自分の家を離れる思をした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
清二は外から帰って来ると、いつも苛々いらいらした気分で妻にあたり散らすのであったが、その癖、夕食が済むと、奥の部屋に引籠ひきこもって、せっせとミシンを踏んだ。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
娘の糸子が電話をかけに行っている間に、邸内ていないの男たちが呼び集められた。玉屋総一郎は、ともかくも蠅男の襲撃を避けるため、自分の居間に引籠ひきこもる決心を定めた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いわれは、久しく切所せっしょ引籠ひきこもって行蔵こうぞうをつつみ、手策てだてのなかりし柴田めも、いまみずから牢砦ろうさいを出で、勝ちにおごって遠く陣を張れるは、まさに、勝家が運の尽きよ。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふと今しがた小店員が云った気鬱症の娘が、何処に引籠ひきこもっているのだろうと私は考え始めた。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その代り父母や自分に対しても前ほどは口をかなくなった。暑い時でもたいていは書斎へ引籠ひきこもって何か熱心にやっていた。自分は時々嫂に向って、「兄さんは勉強ですか」と聞いた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
如何いかなる悪縁か重二郎殿を思いめましたを、重二郎殿が親の許さぬ淫奔いたずらは出来ぬとおっしゃったから、一にのみ引籠ひきこもり、只くよ/\と思いこがれてついに重き病気になり、病臥やみふして居ります
少しは傷など受けて帰来かへりきにけるが、これが為に彼の感じやすき神経ははなはだしく激動して夜もすがら眠を成さず、今朝は心地のうたすぐれねば、一日の休養を乞ひて、夜具をも収めぬ一間に引籠ひきこもれるなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「逢いません、——あと二三日の辛抱で、ここへ来て貰えると思いましたので、宵からこの部屋に引籠ひきこもって、帳面の調べをいたしました」
すずめつばめでないのだもの、鸚鵡が町家まちやの屋根にでも居て御覧なさい、其こそ世間騒がせだから、こゝへ来て引籠ひきこもつて、先生の小説ばかり読んで居ます。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それから数日の間、お銀様が面を見せなかったのは、引籠ひきこもって、塚の上に立てられるべき、なんらかの建設物のプランを立てていたものだとも考えられる。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
岸本は彼女への月々の仕送りも見合せ、手紙を書くことも見合せ、ただただ引籠ひきこもり勝ちに謹慎の意をあらわしていた。でも節子の方からはよく手紙をよこした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
長男新次郎厳勝としかつも、衆にすぐれた若者だったが、備前の浮田家に仕え、十六歳の初陣に鉄砲で腰を打たれ、不具の身となってから、柳生に帰って引籠ひきこもったままである。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夕食後、彼は居間に引籠ひきこもった。例の鞄を押入から出して、絨氈じゅうたんの上に置いて開いた。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこには朝っぱらからひとり引籠ひきこもって靴下の修繕をしている正三の姿があった。順一のことを一気に喋りおわると、はじめてなみだがあふれ流れた。そして、いくらか気持が落着くようであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)