巻莨まきたばこ)” の例文
旧字:卷莨
「しかし、不意だからちょっと驚きましたよ。」とその洋画家が……ちょうど俯向うつむいて巻莨まきたばこをつけていた処、不意をくらった眼鏡がきらつく。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
面白くはやりし一座もたちましらけて、しきりくゆらす巻莨まきたばこの煙の、急駛きゆうしせる車の逆風むかひかぜあふらるるが、飛雲の如く窓をのがれて六郷川ろくごうがわかすむあるのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しかし時計とけいはどうしたろう、それからポッケットにれていた手帳てちょうも、巻莨まきたばこも、や、ニキタはもう着物きもの悉皆のこらずってった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しかしこんな場合になると性質上きっと兄の方から積極的に出るに違いないと踏んだ自分は、わざと巻莨まきたばこを吹かしつづけた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
男は床の上に起き上って、襯衣シャツを着ていた。お増はそばに立てひざをしながら、巻莨まきたばこをふかしていた。睫毛まつげの長い、疲れたような目が、充血していた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は煙草たばこをのむので、私があるとき菊世界という巻莨まきたばこ一袋をやると、彼は拝して受取ったが、それをまなかった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして彼は巻莨まきたばこを取り出して、おもむろにっていたが、やがて、私から少し離れて腰をおろして口を切りだした。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
午後三時高崎発上り列車の中等室のかたすみに、人なきを幸い、靴ばきのまま腰掛けの上に足さしのばして、巻莨まきたばこをふかしつつ、新聞を読みおるは千々岩安彦なり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
女は帯の間から桜紙をとり出し、それを唇でとってはなをかんでから、銀杏返しの両鬢をぐっと掻き上げた頸筋にだけ白粉の残っている横顔を伏せ、巻莨まきたばこをすい始めた。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
巻莨まきたばこめしあがっていらっしゃるお方は一本を吸いきらぬに、品川々々と駅夫の声をきくぐらいでげすから、一瞬間に汽車は着きましたが、丁度伊之助お若が今下車しようと致しますると
根白こんぱくというところで煙草を買おうと思ったが、巻莨まきたばこはおろか刻煙草きざみたばこもない。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
巻莨まきたばこを吹かしますが、取出すのが、持頃の呉絽ごろらしい信玄袋で、どうも色合といい、こいつが黒いかめに見えてならなかった。……
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この心を知らずや、と情極じようきはまりて彼のもだなげくが手に取る如き隣には、貫一が内俯うつぷしかしら擦付すりつけて、巻莨まきたばこの消えしをささげたるままによこたはれるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と言って巻莨まきたばこれのケースを開けて、一本を口にくわえました。これを見るとずっと向うの椅子に離れて控えていたおきみがとんで来て、マッチの火を移します。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
O君があわてていかけた巻莨まきたばこの火を消そうとすると、紳士は笑いながらしずかに云った。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
平岡は巻莨まきたばこに火をけた。其時婆さんが漸く急須きうすに茶をれて持つて出た。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
と、早瀬は人間が変ったほど、落着いて座に返って、おもむろ巻莨まきたばこを取って、まだ吸いつけないで、ぴたりと片手を膝にいた、肩がそびえた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのことばの如く暫し待てどもざれば、又巻莨まきたばこ取出とりいだしけるに、手炉てあぶりの炭はおほかみふんのやうになりて、いつか火の気の絶えたるに、檀座たんざに毛糸の敷物したる石笠いしがさのラムプのほのほを仮りて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
白鳥はどこの巣へ帰ったのか、もう見えなくなりました。起き直って、巻莨まきたばこを一本すって、その喫殻すいがらを水に投げ込むと、あたかもそれを追うように一つの白い花がゆらゆらと流れ下って来ました。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
平岡は巻莨まきたばこの灰を、皿の上にはたきながら、沈んだ暗い調子で
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
無言の間、吹かしていた、香の高い巻莨まきたばこを、煙の絡んだまま、ハタとそこで酒井が棄てると、蒸気は、ここで露になって、ジューと火が消える。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平岡は巻莨まきたばこの灰を、さらうへにはたきながら、しづんだくらい調子で
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
巻莨まきたばこの手を控へたなそこに葉を撫して、なんぞ主人のむくつけき、何ぞ此の花のしをらしきと。主人大いに恐縮して仮名の名を聞けば氏も知らずと言はる。
草あやめ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「何、串戯じょうだんなものか。」と言う時、織次は巻莨まきたばこを火鉢にさして俯向うつむいて莞爾にっこりした。面色おももちりんとしながらやさしかった。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
冷かし数の子の数には漏れず、格子から降るという長い煙草きせるに縁のある、煙草たばこ脂留やにどめ、新発明螺旋仕懸らせんじかけニッケル製の、巻莨まきたばこの吸口を売る、気軽な人物。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
力なき小芳の足は、カラリと庭下駄に音を立てたが、枝折戸のまだかぬほど、主税は座をずらして、障子の陰になって、せわし巻莨まきたばこを吸うのであった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
所在なさそうに半眼で、正面まとも臨風榜可小楼りんぷうぼうかしょうろうを仰ぎながら、程を忘れた巻莨まきたばこ、この時、口許へ火を吸って、慌てて灰へほうって、弥次郎兵衛は一つせた。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
で幽谷の蘭の如く、一人で聞いていた、巻莨まきたばこを、其処から引返しざまに流に棄てると、真紅なつぼみが消えるように、水までは届かず霧に吸われたのをしかと見た。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
茶の唐縮緬めりんすの帯、それよりも煙草に相応そぐわないのは、東京のなにがし工業学校の金色の徽章きしょうのついた制帽で、巻莨まきたばこならまだしも、んでいるのが刻煙草きざみである。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
湖畔こはん里余りあまり、沿道えんだう十四あひだ路傍ろばうはなそこなはず、えだらず、霊地れいちりましたせつは、巻莨まきたばこ吸殻すいがらつて懐紙くわいしへ——マツチのえさしはして
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
吸いかけの巻莨まきたばこをまたつまんで、菓子盆を前にの花のなよなよと白いのを見ながら、いま帰った尼巫女あまみこの居どころを、石燈籠のない庭越に、ほのかに思いうかべました。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
巻莨まきたばこ硝子盃コップを両手に、二口、三口重ねると、おさえた芝居茶屋の酔を、ぱっと誘った。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
微酔ほろよいのいい機嫌……機嫌のいいのは、まだ一つ、上等の巻莨まきたばこに火を点けた、勿論自費購求の品ではない、大連に居る友達が土産にくれたのが、素敵な薫りで一人その香を聞くのがおし
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どうしていきおいがこんなであるから、立続けに死霊しりょう怨霊おんりょう生霊いきりょうまで、まざまざとあらわれても、すご可恐こわいはまだな事——汐時しおどきさっと支度を引いて、煙草盆たばこぼん巻莨まきたばこの吸殻が一度綺麗きれいに片附く時
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひとわけけてむため、自動車じどうしやをもう一だいたのむことにして、はゞけんとなふる、規模きぼおほきい、びたまちあたらしい旅館りよくわん玄関前げんくわんまへ広土間ひろどま卓子テーブルむかつて、一やすみして巻莨まきたばこかしながら
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かっと瞳を張って見据えていたまなこを、次第にふさいだ弥次郎兵衛は、ものも言わず、火鉢のふちに、ぶるぶると震う指を、と支えたなりの、巻莨まきたばこから、音もしないで、ほろほろと灰がこぼれる。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
事実、空間に大きく燃えたが、雨落に近づいたのは、巻莨まきたばこで、半被股引はっぴももひき真黒まっくろ車夫わかいしゅが、鼻息を荒く、おでんの盛込もりこみを一皿、銚子ちょうしを二本に硝子盃コップを添えた、赤塗の兀盆はげぼんを突上げ加減に欄干ごし
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とここで、鐸をさかさまに腰にさして、たもとから、ぐったりした、油臭い、かます煙草入たばこいれを出して、真鍮しんちゅう煙管きせるを、ト隔てなく口ごと持って来て、蛇の幻のあらわれた、境の吸う巻莨まきたばこで、吸附けながら
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まだ持ったままだった巻莨まきたばこを、ハタと床になげうつと、蒸気が宙で吸い消した。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鉄の煙管きせるはいつも座右に、いまも持って、巻莨まきたばこ空缶あきかんの粉煙草をひねりながら、余りの事に、まだすきを見出さなかった、その煙管を片手に急いで立って、机の前の肱掛窓ひじかけまどの障子を開けると
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
画工、穂坂一車ほさかいっしゃ氏は、軽く膝の上に手をおいた。巻莨まきたばこを火鉢にさして
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
巻莨まきたばこに点じて三分の一を吸うと、なかば三分の一を瞑目めいもくして黙想して過して、はっと心着いたように、火先をななめに目の前へ、トかざしながら、じっと灰になるまで凝視みつめて、慌てて、ふッふッと吹落して
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
火のない巻莨まきたばこを手にしたまま、同じ処に彳んで、じっと其方そなたを。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「先生に貰ったんだ。弁持と二人さ、あとは巻莨まきたばこだからね。」
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わけもなくそう云って、紳士は、ぱっと巻莨まきたばこに火を点ずる。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
じっと灰吹を見詰めてから、静かに巻莨まきたばこ突込つッこみながら
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銑太郎は、ふと手にした巻莨まきたばこに心着いて、唄をやめた。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
主人は、パッパッと二つばかり、巻莨まきたばこを深く吸って
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
渠はそのとき巻莨まきたばこを取り出だして、くちびるに湿しつつ
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小県は窓を開放って、立続たてつけて巻莨まきたばこを吹かした。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)