おっと)” の例文
たね子はおっとの先輩に当るある実業家の令嬢の結婚披露式ひろうしきの通知を貰った時、ちょうど勤め先へ出かかった夫にこう熱心に話しかけた。
たね子の憂鬱 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おっとのためによこしまになり、女が欺瞞にみちたものとなると見るならば、漱石はどうして直の心理のこの明暗を追って行かなかっただろう。
漱石の「行人」について (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
すると、おっと病気びょうきにかかりました。病気びょうきはだんだんとおもくなって、医者いしゃにみてもらうと、とてもたすからないということでありました。
ちょうと三つの石 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「そのうちにはまたきっと好い事があってよ。そうそう悪い事ばかり続くものじゃないから」とおっとを慰さめるように云う事があった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
するとだんだんがふさいで、病気びょうきになりました。それから八つきったときに、おんなおっとところって、きながら、こういました。
子もあまたみたれど、すべておっとが食いつくして一人此のごとくあり。おのれはこの地に一生涯を送ることなるべし。人にも言うな。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ちょうど、そこへ会所の使いが福島の役所からの差紙さしがみを置いて行った。馬籠まごめ庄屋しょうやあてだ。おまんはそれを渡そうとして、おっとさがした。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
同じようなおっとの墓を思いながら、あちこちと春草のえだした中からタンポポやスミレをつんでそなえると、二人はだまって墓地を出た。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
おっとからほおを打たれ、父の所へ行ってそれを訴え、返報を求めて言った、「お父さん、私の夫に対して侮辱の仕返しをして下さい。」
そうして、かわいくてたまらぬといったふうに、子供のほほにキッスするだろう。そうして、おっとと顔を見合わせてほほえむだろう。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
親方はわたしを養母ようぼおっとの手から買ったのです。あなたがたは親切にしてくだすったし、ぼくは心からありがたく思っています。
で三人おっとがあれば三人の儲けて来た金を妻が皆受け取ってしまい、儲けようが少なかったとか何とかいう場合にはその妻から叱言こごとをいう。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
一月一日の朝まだき、神々の御父ジュピタア様の宮殿へおまいりの途中で逢った三人目の男のひとを私の生涯のおっとときめよう。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
姉たちは、それぞれおっととつれ立ってやって来ました。およめに行ったものの、この姉たちは、いっこうたのしくくらしてはいませんでした。
けれども姉さんの思っている人をおっとにしてはすまない訳でござりますから本来ならば此処ここへまいるのではござりませなんだが
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「わが背子」は、普通恋人またはおっとのことをいうが、この場合は御弟を「背子」と云っている。親しんでいえば同一に帰着するからである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
いや、その『ストゥペンヂエフ』というのは、その芝居の、芝居の登場人物なんですよ。つまりあの『田舍夫人』という芝居で『おっと』の役割を
ルイザはクラフト家の人たちのすぐれていることを文句もんくなしにいつもみとめていたから、おっとしゅうと間違まちがっているなどとはゆめにも思っていなかった。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
商売人であればその日の取引を残らず結了けつりょうすることであり、一家の主婦なれば一日のあいだにすべき掃除そうじなり料理なりその他おっとに対する義務
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しかも、その手紙が、肝心なおっと伝右衛門氏の手にはまだ渡っていないのに、新聞の方がさきへ発表したというので騒いだ。黒幕があるというのだ。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「現在のおっとはまことの夫ではない。年を経たる黒魚こくぎょはもの種類)の精である。おまえの夫はかの夜すでに黒魚のために食われてしまったのであるぞ」
もし両者に軽重の区別があると言いますならば、天津神は父、国津神は母、天孫民族はおっと、先住土着の民族はつまの関係という位のところであります。
母の声はハタとやんだ、彼女は目をうっとりさせて昔そのおっとが世にありしときの全盛な生活を回想したのであった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
父母寵愛してほしいままそだてぬれば、おっとの家に行て心ず気随にて夫にうとまれ、又は舅のおしただしければ堪がたく思ひ舅をうらみそしり、なか悪敷あしく成て終には追出され恥をさらす。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
でも、いよいよ小べやの戸の前に立ってみると、さすがにおっとのきびしいいいつけを、はっとおもい出しました。
青ひげ (新字新仮名) / シャルル・ペロー(著)
はい、私の良人やどが帰りませんから、尋ねて参りますのでございますが、仮令たとえおっと𢌞めぐり逢いましても、一人の娘を
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もし五十川のおばさんがほんとうに自分の改悛かいしゅんを望んでいてくれるなら、その記事の中止なり訂正なりを、おっと田川の手を経てさせる事はできるはずなのだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
むかしは熊野のなぎは全国に聞こえ渡れる名木で、その葉をいかに強くくも切れず、おっとに離れぬ守りに日本中の婦女が便宜してその葉を求め鏡の裏に保存し
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
わたしはつまおっと両親りょうしんや、かわいらしい天使のようなこどもたちの間にも、まさかとおもわれるようなことが、行われているのを見ました。——またわたしは
とお政は早や声をくもらして、四に気もみする。おっとにすこし客の相手あいてをしていてくれとたのめば源四郎は「ウンウン」と返事へんじはしても、立ちそうにもせぬ。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
トルストイの妻はそのおっとをルーブルにして置かねばならぬ程貧しい者でしょう乎。トルストイの子女は、其父を食わねば生きられぬほど腑甲斐ふがいないものでしょう乎。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かみさんのくずは、子供こども世話せわをする合間あいまには、はたかって、おっと子供こども着物きものっていました。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
おっとへの愛の冷めたアンナ・カレーニナにとって、なにより厭でならなかったのは夫の耳だったという話を思い出して、彼は『本当だ、あれはじつに本当だ』と思った。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
おっと立会いの上で身体からだしらべてみたら、案の定、乳の下の帯の間から、失くなった珊瑚が出てきた。
お千代の方では公然おっとの許可を得て心にやましいところがなくなったのみならず、夫のために働くのだということから羞耻しゅうちの念が薄らいで、心の何処どこかに誇りをも感じる。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
また他の一例はおっとたるみかどが悲嘆に沈まれているにかかわらず、お側にも侍らで、月おもしろき夜に夜ふくるまで音楽をして遊ぶ弘徽殿こきでんのごとき人である(同一一六四)。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
もし御意みこころならば我をして再びわがおっとの家に帰らしめよ、もちろん我は爾を捨ててわが夫に帰る能わざるなり、これ爾に対して罪なるのみならずわが夫に対して不貞なればなり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
と言ってふるえ上った瞬間に眼前にひらめいたせんおっと文之丞のことはどうだろう、木刀の一撃にその人が無残の最期さいごげた時、お浜という女はその人のために、どれだけ悲しみ
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただし女としては早晩そうばんおっとを持つべきはずの者なれば、もし妾にして、夫をえらぶの時機来らば、威名赫々かくかく英傑えいけつに配すべしとは、これより先、既に妾の胸にいだかれし理想なりしかど
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
細君はうれしさのあまり長い白いすねをちょっとあらわして、束になってくずれている錦絵にしきえをまたぎ、安心とうらめしさとがいっしょになって堅くなった表情を向けながら一枚の絵をおっとに渡した。
いとしきつまおっと、愛児の臨終にさえ、いろ/\な事情や境遇のために、居合わさぬ事もあれば、間に合わぬ事もあるのに、ホンの三十分か四十分の知己しりあい、ホンの暫時ざんじの友人、云わば路傍の人に過ぎない
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その私が、どうして彼女のおっととして返事してやる事が出来よう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だけれどその指図をなさるおっとが、オリムポスの8580
わたしは、いちばん最後さいごにおまえとわかれたのだ。おまえはわたしといっしょに、あのへゆくのがほんとうだ。」と、だい三のおっとがいいました。
ちょうと三つの石 (新字新仮名) / 小川未明(著)
柔順であった妻君が、ある事情のもとに、急におっとに反抗して、今までに夢想し得なかった女丈夫になるというような例であります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女房が自然と正気にかえった時には、おっとも死ねなかったものとみえて、れた衣服で岸に上って、傍の老樹の枝に首をって自らくびれており
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
狭い狭い台所で、水のはねる音を小うるさくききながら、おっとや舅の戻らないうちにと、筆の先に視力を集めて、はかの行かない筆を運ばせた。
栄蔵の死 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「あの男は、たしかにふたつの問題はときました。でも、〈いのちの木〉からリンゴをひとつとってこないうちは、あたしのおっとにはなれません。」
わたし自身については、せいぜい両親のないこと、親方が前金で養母ようぼおっとに金をはらってわたしをやとったこと、それだけしか言えなかった。
一家をあげて江戸に移り住むようになってからは、おっとを助けてこの都会に運命を開拓しようとしているような健気けなげな婦人だ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)