南天なんてん)” の例文
南天なんてんつもっている雪がばらばらと落ちた。忠一はって縁側の障子を明けると、外の物音は止んだ。忠一は続いて雨戸を明けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その晩月が出るのを待って、三人は八幡様はちまんさまへ出かけました。次郎七と五郎八とはなわを持ち、老人は南天なんてんの木の枝をつえについていました。
狸のお祭り (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そうすると二月ふたつきでも三月みつきでも持ちます。それを使う時は水へ鮎を入れて南天なんてんの葉をぜておきますと二、三時間で塩が抜けます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それは、粗末そまつだけれど、おおきなはちえてある南天なんてんであります。もう、幾日いくにちみずをやらなかったとみえて、もとのつちしろかわいていました。
おじいさんが捨てたら (新字新仮名) / 小川未明(著)
帰りたい、今からでも帰りたいと便所の口の縁へ立ったまま南天なんてんの枝にかかっている紙のてるてる坊さんに祈るように思う。
竜舌蘭 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
けむりしづかに、ゆる火先ほさき宿やどさぬ。が、南天なんてんこぼれたやうに、ちら/\とそこうつるのは、くもあかねが、峰裏みねうら夕日ゆふひかげげたのである。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ゆかの下を水が縦横に流れているという特色が、彼女の何時でも繰り返す重要な点であった。南天なんてんの柱——そういう言葉もまだ健三の耳に残っていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兵書には蝮蛇まむし茯苓ぶくりょう南天なんてんの実、白蝋はくろう、虎の肉などを用い、一丸よく数日のうえを救うと言われている
菊の花しおるるまがきには石蕗花つわぶき咲き出で落葉らくようの梢に百舌鳥もずの声早や珍しからず。裏庭ののほとりに栗みのりて落ち縁先えんさきには南天なんてんの実、石燈籠いしどうろうのかげには梅疑うめもどき色づきめぬ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
南天なんてんの実の模様のついた胡摩塩ごましおの包紙、重たい縮緬ちりめん袱紗ふくさ、それをお婆さんの詰めてくれた重箱の上に載せ、風呂敷包にして、復た捨吉は河岸の樽屋まで配りに行って来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
南天なんてんあか眼球めだまにしたうさぎと、竜髭りゅうのひげあお眼球めだまうずらや、眉を竜髭の葉にし眼を其実にした小さな雪達磨ゆきだるまとが、一盤ひとばんの上に同居して居る。鶴子の為に妻が作ったのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そっとのぞいてみたときには、溶けてしまって、南天なんてんの赤い目玉が二つのこっていたという正吉の失敗とかいう漫画をうちの子供たち読んでいたが、美しい追憶も、そんなものだよ
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
たとえば莢蒾がまずみなどはいい色だが、どこで注意して見てもついぞこれにたかっている小鳥を見ない。南天なんてんの実には鵯は花鳥の画では附き物だが、うちの南天などはかつて省みられたことがない。
最後に椿つばき南天なんてんの草花などを掘って、根をこも包みにして庭の一隅かたすみに置いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
縁側えんがは南天なんてんをみてゐたら、おばさんはうしろからわたしかたそでいて
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
南天なんてんつらねたような珊瑚さんご数珠ずずが袖口の手にちらと見える。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いい南天なんてんだな。」といってゆくものもあれば、なかには、ってくれぬかといったものもありますけれど、おじいさんは
おじいさんが捨てたら (新字新仮名) / 小川未明(著)
フト夫人は椅子を立つたが、前に挟んだ伊達巻だてまきの端をキウとめた。絨氈じゅうたんを運ぶ上靴は、雪に南天なんてんの赤きを行く……
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
もしも鮎が沢山あって十日も十五日も保存しておこうとするには沢山の塩へ漬けますが、それを用いる時は水へ南天なんてんの葉を入れて塩出しをしてその後はやはり今の順序に致します。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
葉と葉の重なる裏まで上ってくるようにも思われる。それほど表には濃い日があたっている。手洗水のそばに南天なんてんがある。これも普通よりは背が高い。三本寄ってひょろひょろしている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わずかに戸袋の側の手洗鉢ちょうずばちの下に、南天なんてんが一株ありますが、それといっても、人間が潜りもどうも出来るほどのものではなく、狭い場所一パイに建てた家で、たった一つの庭木戸のほかには
しばらくして老人は、南天なんてんつえをふり上げて、非常に大きな声で叫びました。
狸のお祭り (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「かえるは、どうしたろう。」と、ると、これも、精根せいこんがつきはてたように、南天なんてんしたに、じっとしていました。
少年の日二景 (新字新仮名) / 小川未明(著)
フト夫人ふじん椅子いすつたが、まへはさんだ伊達卷だてまきはしをキウとめた。絨氈じうたんはこ上靴うはぐつは、ゆき南天なんてんあかきをく……
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
やがて、おじいさんは、いろいろなものをって、それを手車てぐるまうえにのせました。南天なんてんはちものせました。そして、ガラガラといてはこりました。
おじいさんが捨てたら (新字新仮名) / 小川未明(著)
ひと半鉦ばんとほあかり、それゆめえて、あかつきしもきかさぬる灰色はひいろくもあたらしき障子しやうじあつす。ひとり南天なんてん色鳥いろどり音信おとづれを、まどるゝよ、とれば、ちら/\と薄雪うすゆき淡雪あはゆき
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「どれ、どれ、わたしが、えだにとまらせてやりましょう。」と、いって、おばあさんは、やんまをにわ縁側えんがわちかい、南天なんてんにとまらせておきました。
やんま (新字新仮名) / 小川未明(著)
真夜半まよなかかけて案じたが、家に帰ると、転げ落ちたまま底に水を残して、南天なんてんの根に、ひびもらずに残った手水鉢ちょうずばちのふちに、一羽、ちょんと伝っていて、顔を見て、チイと鳴いた。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ゆきるころ、南天なんてんあかくなると、おばあさんはってきて、そのびんにさしてほとけさまにあげました。
びんの中の世界 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いへのかゝり料理れうり鹽梅あんばいさけあぢ、すべて、田紳的でんしんてきにて北八きたはち大不平だいふへいしかれども温泉をんせんはいふにおよばず、谿川たにがはより吹上ふきあげの手水鉢てうづばち南天なんてん一把いちは水仙すゐせんまじへさしたるなど、風情ふぜいいふべからず。
熱海の春 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あるときは、仏壇ぶつだんに、あかくなった南天なんてん徳利とくりにさされてがっていることもありました。
さかずきの輪廻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
うた床柱とこばしらではないが、別莊べつさうにはは、垣根かきねつゞきに南天なんてんはやしひたいくらゐ、一面いちめんかゞやくがごと紅顆こうくわともして、水晶すゐしやうのやうださうで、おく濡縁ぬれえんさき古池ふるいけひとつ、なかたひら苔錆こけさびたいしがある。
鳥影 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)