一際ひときわ)” の例文
そして、大砲の命中を祝福する花火がドカンとうち上げられ、バリバリと雲間に音がして、五色の雪が、一際ひときわ烈しく降りしきった。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
書記官は一際ひときわ妙な声でいわれますには「そのマナサルワ湖に着くまでに経た道はどこであるか」と猫の鼠を追うがごとくに問いめた。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
家には老婢ろうひが一人遠く離れた勝手に寝ているばかりなので人気ひとけのない家の内は古寺の如く障子ふすまや壁畳からく湿気が一際ひときわ鋭く鼻をつ。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
するとじくに突当る水の音が一際ひときわあざやかに、船はさながら一つの大白魚たいはくぎょが一群の子供を背負うて浪の中に突入するように見えた。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
と心中に神々を祈りながら熊にいてまいります。やがて半道はんみちも来たかと思いますと、少し小高き処に一際ひときわ繁りました樹蔭こかげがありまする。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
磔柱はりつけばしらは周囲の竹矢来たけやらいの上に、一際ひときわ高く十字を描いていた。彼は天を仰ぎながら、何度も高々と祈祷を唱えて、恐れげもなく非人ひにんやりを受けた。
じゅりあの・吉助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さる噂、一際ひときわ高まりたる折節に候へば大抵およその家の者はいとまを請ひ去り、永年召し使ひたる者も、妾を見候てため息を仕るのみ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一見子供子供した全身に、どうにでも勝手にしろという図太さが、一際ひときわ露骨に表れていた。私がひやりとしているうちに
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
橘は、野の明るさの中では一際ひときわまばゆいような眼鼻立めはなだちを見せていて、これが自分の娘であろうかと思われる位、見なれぬ美しさを表わしていた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
彼は、生え伸びた髪を無造作にわらで束ねた。六尺豊かの身体は、鬼のような土人と比べてさえ、一際ひときわ立ちまさって見えた。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今、早速に、其方が鍛ちにかかっている山寺源太夫様の御下命の品にせよ、ここで一際ひときわすぐれたものち上げねば、名折れの上の名折れになろうと
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
卍巴まんじどもえとその前でひっくり返ると、てれてんつくと、ヒューヒューヒャラヒャラが、一際ひときわ賑やかな景気をつけました。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すると、唯でさえチンマリとしたお筆の身体が、一際ひときわ小さく見えて、はては奇絶な盆石か、無細工な木の根人形としか思われなくなってしまうのだった。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
って一際ひときわ高くなった、早川の水の音が、純一が頭の中の乱れた情緒じょうしょの伴奏をして、昼間感じたよりは強い寂しさが、虚に乗ずるように襲って来る。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
縁側から外をうかがうと、奇麗な空が、高い色を失いかけて、隣の梧桐ごとう一際ひときわ濃く見える上に、薄い月が出ていた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宿の裏門を出て土堤どてへ上り、右に折れると松原のはずれに一際ひときわ大きい黒松が、潮風に吹き曲げられた梢を垂れて、土堤下の藁屋根に幾歳の落葉を積んでいる。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しそれが夜中だったら、差程には思うまい。真昼間の初夏の雨の日だったから、一際ひときわ凄く感じている。
怪談 (新字新仮名) / 平山蘆江(著)
折からの一際ひときわ冴えた月の明りに、少女は一寸地蔵眉をよせると、萩の小枝を二本、頭の上にかざして、「萩の花はおきらひ?」と尋ねかけた。心持首をかしげてゐる。
挿頭花 (新字新仮名) / 津村信夫(著)
舞踊にもひいで、容貌は立並んで一際ひときわ美事みごとであったため、若いうちに大橋氏の夫人として入れられた。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と呼ぶ声、こだまに響けり。眼をあくればあたり静まり返りて、たそがれの色また一際ひときわ襲いきたれり。おおいなる樹のすくすくとならべるが朦朧もうろうとしてうすぐらきなかに隠れむとす。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
籠に飼われたうずら一際ひときわ声を張って鳴く時に、足に力を入れる、というだけのことである。「張声」といい「力足」といい、言葉の上にもいささか前後照応するものがある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
そうして、妻の焦躁しょうそうは無言の時、一際ひときわはっきりと彼の方へ反映して来るようであった。その高い額の押黙って電灯にさらされている姿が、今も何となく彼には堪えがたくなる。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
隅田川すみだがわでの恋人、「さくら」が、一足先きに艇庫ていこに納まり、各国の競艇のなかに、一際ひときわ優美エレガント肢体したいつややかに光らせているのをみたときは、なんともいえぬ、うれしさで、彼女のお腹を
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
れまで御話し申した通り、私の言行は有心故造ゆうしんこぞうわざと敵を求めるけではもとよりないが、鎖国風の日本に居て一際ひときわ目立つように開国文明論を主張すれば、自然に敵の出来るのも仕方がない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その半額を本人にやったりして、私自身の素志にかなうよう心掛けたことで、弟子の中にても一際ひときわ目立って腕の出来ていた米原氏に対しては、仕事の上から、一層心を配っていたのでありますが
白虎びゃっこ池の菖蒲しょうぶの生えたみぎわを行くところ、蒼竜そうりゅう池の臥竜橋がりょうきょうの石の上を、水面に影を落して渡るところ、栖鳳せいほう池の西側の小松山から通路へ枝をひろげている一際ひときわ見事な花の下に並んだところ、など
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると、一際ひときわ強く光ってる星がわしの眼にとまった。しばらくすると、その星がすーっと流れて、またたくまに消え失せてしまった。ちょうどその時に、家の中から、お前の産声うぶごえが聞こえてきたのだ。
彗星の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
また彼方かなたでは、一團いちだん水兵すいへいがワイ/\とさわいでるので、何事なにごとぞとながめると、其處そこ小高こだかをかふもとで、椰子やし橄欖かんらん青々あほ/\しげり、四邊あたり風景けしき一際ひときわうるはしいので、今夜こんや此處こゝ陣屋ぢんやかまへて
その両の目は心中にある得意の情のために一際ひときわ大きく輝いていた。
途端に税関吏の太い濁った声が、一際ひときわ高く耳を打ってきた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
箪笥の上にも何一ツこまごました物も載せられていないので、二階中はいかにもがらんとして古畳と鼠壁ねずみかべのよごれが一際ひときわ目に立つばかり。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それらの陳列棚の中に、一際ひときわ目立つ大きなガラス箱があった。上部と四方とを全面ガラス張りとした長方形の陳列台である。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、藤十郎は、前よりも一際ひときわ、苦りきったままであった。彼は今心の裡で、わずか三日の後に迫った初日を控えて、芸の苦心に肝胆を砕いていたのである。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一際ひときわ蕭然ひっそりとする。時に隣座敷は武士体さむらいていのお客、降込められて遅くなって藤屋へ着き、是から湯にでも入ろうとする処を、廊下では二人でそっのぞいて居る。
信玄もすでに身を固めて、望楼に床几しょうぎをすえ、眼の下に揺れ合っている味方、遥かな妻女山の方へも、こよい一際ひときわ、らんらんとしている眼をくばっていた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また鶴の群も素晴らしい声を放っておもむろに歩んで居る。その一際ひときわ洗ったような美しい景色は昨日の凄まじい景に比してまた一段の興味を感ぜられたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
中にも一際ひときわもの凄くもまた、憐れに見えますのは、たけなす黒髪を水々しく引きはえて、グッタリと瞑目している少女の顔に乱れ残った、厚化粧と口紅で御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たがいの気合がき返る、人は繚乱りょうらんとして飛ぶ、火花は散る、刃はひらめく、飛び違いせ違って、また一際ひときわ納まった時、寄手よせての人の影はもう三つばかりに減っています。
そのせいで形の好い彼女のまゆ一際ひときわ引立って見えた。彼女はまた癖のようによくその眉を動かした。惜しい事に彼女の眼は細過ぎた。おまけに愛嬌あいきょうのない一重瞼ひとえまぶちであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と呼ぶ声、こだまに響けり。眼をあくればあたり静まり返りて、たそがれの色また一際ひときわ襲ひきたれり。おおいなる樹のすくすくとならべるが朦朧もうろうとしてうすぐらきなかに隠れむとす。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すると、「おーう」というほえるような声が一つ、森の唸り声の中から一際ひときわ高く聞こえてきました。王子はもう命がけになって、その声の聞こえた方へ、いばらかずらの中を踏み分けて進んでゆきました。
夢の卵 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
さて、客間につれ込まれた、小林少年が、林檎のような頬を、一際ひときわ赤らめ、息をはずまして語った所によると、……
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しん深くこの恩義に感じてや、先考せんこう館舎をてられし後は、一際ひときわまごころ籠めてわが家のために立ちはたらきぬ。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
とんだ配合うつりいと柳橋の芸者が七人とも之を着ましたが中にも一際ひときわ目立って此のお村には似合いました処から、人之を綽名あだなして市松のお村と申しました。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ただ、一際ひときわ高い中腹の林の上に、前黄門公さきのこうもんこうのいるやぐらのように高い建物がそびえているのが門の外からも仰がれる。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蕭殺しょうさつたるの秋の風は、よい一際ひときわ鋭かつた。藍縞あいじまあわせを着て、黒の兵子帯へこおびを締めて、羽織も無い、沢のわかいがせた身体からだを、背後うしろから絞つて、長くもない額髪ひたいがみつめたく払つた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
一際ひときわ強い七色スペクトル光を放ちながら、依然として満月のように廻転しつつ、ゆっくりゆっくりと沈み込んで行く……と思うとそのあとから追っかけるように、またも一粒の真黒い
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのうちに昼間見た土手の松並木だけが一際ひときわ黒ずんで左右に長い帯を引き渡していた。その下になみの砕けた白い泡が夜の中に絶間なく動揺するのが、比較的刺戟強しげきづよく見えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こちらから見ていると一際ひときわじっと静まり返って、しばらく天地が森閑しんかんとしてえ渡ると
今日きょうは殊にこの国に来たところの目的を達した訳ですから何となく喜びの感に堪えず、巍々ぎぎたる最高雪峰ゴーリサンガも一際ひときわ妙光を満空に放ち洋々として和楽するがごとくに見えて居ります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)