かもめ)” の例文
そろそろ山の宿の方に近づきますと、綺麗に見える隅田川すみだがわにも流れ寄るごみなどが多く、それでもえさでもあさるのか、かもめが下りて来ます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
……(かもめ、鴎、鴎に故郷はない。……おかも自分の故郷ではない、海も自分の故郷ではない。……今日もまた空の下のてない漂泊……)
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
閑雅かんがの趣おのずから画面に溢れ何となく猪牙舟ちょきぶね艪声ろせいかもめの鳴くさえ聞き得るような心地ここちがする。かの柳はいつの頃枯れ朽ちたのであろう。
迦陵嚬伽かりょうびんがれ馴れし、声今更にわずかなる、かりがねの帰り行く。天路あまじを聞けばなつかしや、千鳥かもめの沖つ波、行くか帰るか、春風の——
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
千両役者だからね。晴耕雨読。三度固辞して動かず。かもめは、あれはおしの鳥です。天を相手にせよ。ジッドは、お金持なんだろう?
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
真白に群れ騒ぐかもめが、ふとアルプの雪を思わせた、が、街も湖もしーんとして、雪路を歩く人達も、描かれたように静かである。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
わたくしはその一つをります。逆にかんと台の上で叩いて中を試しにはたきます。白いリボンの結び目がかもめのように跳ねます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「だって、お父さま。海には、かもめだの、飛魚とびうおはいても、猫だの、鼠だのはいないでしょう。お父さまたちのお話は、ずいぶんおかしいのね」
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
北へ北へと機関が唸ってかもめが追う。これからオスロまで海上一昼夜の旅。やがて諾威ノウルエークリスチャニアのフィヨルドが私たちを迎えるだろう。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
かもめとびかう燈台とうだいのあたりをけて、船が岸壁がんぺきに向おうとすると、すでに、満艦飾まんかんしょくをほどこした歓迎船かんげいせんが、数隻すうせき出迎えに来てくれていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
その荒寥こうりょうとした眺めのなかの柱の周囲をかもめの群が、大きな翼で自分の体をたたきながら、低く、高く、群れとんでいる。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
見渡す限りの青海原あおうなばらで、他の船の帆の影さえ一つも見えない。見えるものは、空と、雲と、水と、それから空を飛ぶ信天翁あほうどりと、かもめだけのものです。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かもめ鴛鴦おしやそのほかさまざまの水鳥のいる前のロハ台にかれはまた腰をおろした。あたりをさまざまな人がいろいろなことを言ってぞろぞろ通る。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
竹屋の渡しあたりを川上へいそぐ小舟が見えるほかは、広い川面に珍しく荷足にたりも動かず、かもめの飛ぶようすもなかった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼の家はかもめの渡しにちかい浅草橋場のちかくにあったが、二階の書斎は、そのまま彼の病室に変った。空には次第に紺碧の色がふかさを加えてくる。
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
いつもは気まぐれなかもめのどちらに飛ぶか見当のつかないような、あてにならない気がするのに、きょうは信ずべきものの渡来を待つような気がする。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
浜で漁師が地曳網じびきあみを揚げる時などには、今でも子供や老女が来て盗むのみか、事によると飛びまわるかもめの数が、魚の数よりも多いかと思う折もある。
其の時は二月の末で、港の山々にはまだ雪が消え残つてゐたが波はもう春らしい丸みを見せて鷹揚おうやうに揺ぎ、商船や軍艦の間を白いかもめが飛びうてゐた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
『程氏遺書』に曰く、犬屠人を吠ゆ、世に伝う、物ありこれに随うとは非なり、これ正に海上のかもめのごときのみと。
その三日月も、家々も、家々の窓の薔薇ばらの花も、ひっそりとたたえた水の上へあざやかに影を落している。人影は勿論、見渡したところかもめ一羽浮んでいない。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鴉の群れを離れて、鴉の振舞ふるまいを憎んでいるのかと思われるように、かもめが二三羽、きれぎれの啼声をして、塔に近くなったり遠くなったりして飛んでいる。
沈黙の塔 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
百尺岩頭燈台の白堊はくあ日にかがやいて漁舟の波のうちに隠見するもの三、四。これにかもめが飛んでいたと書けば都合よけれども飛魚とびうお一つ飛ばねば致し方もなし。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
船は金華山から百二十五マイルの太平洋を走っている。洋上一面の濃霧で、三、四町先も見えないくらいだ。展望がきかないから鯨はおろかかもめさえ見えないのだ。
海豚と河豚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
シャムラーエフ いつぞやトレープレフさんが射落したかもめね。あれを剥製はくせいにしてくれって、ご注文でしたが。
その盛んに群れている時はせり合うた鰯が水面へ跳ね上るくらいで、かもめなぞがそれを捕って食うほどです。
不思議な魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
飛んでもない時に、皆の仕事をしている頭の上で、かもめや船の何処どこかに見当をつけて、「示威運動」のように打った。ギョッとする漁夫を見て、ニヤニヤ笑った。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
サン・ドゥニ街のみぞの中にかもめが魚をあさってるのを見つけた通行人にも似た驚きの情を、感じたのである。
実際に彼の方へ近く飛んで来る海のかもめの群、実際に波の動揺に任せている沈没した船の帆柱煙筒えんとつであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かもめが七八羽、いつの間にか飛んで来て、岬の端にきながら群れ飛んでいました。ずっと沖の方がくろずんで来ました。生温なまぬるい風が一陣さっと為吉の顔をなでました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
磯五は、ほう、ほうというような、かもめの鳴くような声を絞って、二人の女を振り切ろうとしてあばれていた。それは、火の中で独楽こまがまわっているように見えた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
朝でも夜でも牢屋ろうやはくらい、いつでも鬼メが窓からのぞく。二人は日本橋の上に来ると、子供らしく欄干に手をのせて、飄々ひょうひょうと飛んでいる白いかもめを見降ろしていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
唄〽世は治まりて、西海の浪しずかなり、岸の姫松はみどりの枝をかわして、沖にあそぶかもめの影白し。見渡すかぎり、山も海も遠く連なりて、画くがごとき眺めかな。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
愉快ゆくわい! 電車でんしや景氣けいきよくはしす、函嶺はこね諸峰しよほうおくゆかしく、おごそかに、おもてあつしてちかづいてる! かるい、淡々あは/\しいくもおきなるうみうへたゞよふてる、かもめぶ、なみくだける
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
隅田川から仄白ほのしろい物が、一団ムラムラと飛び上がった。が、すぐ水面へ消えてしまった。それはかもめの群れらしかった。女は急に立ち止まった。そこに一軒の屋敷があった。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
足許まで、打ち寄せる雄波おなみ雌波めなみは、「かねちゃん、かねちゃん、やー。」といって転がるように笑いさざめく。真青な空! 真青な海! 白いかもめがふわふわと飛んでいる。
嵐の夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かもめは、どこまでもその少女とヨットを追い、びつづけた。薄らぎかかる記憶の中で、鴎は少女に自分がただ、自分だけの充実を追った幼い恋人だったことを告げたかった。
朝のヨット (新字新仮名) / 山川方夫(著)
かもめなら判つてゐるが、——恐ろしく腰の細い、足の長い鳶ぢやないか。まるで蜂か蚊だぜ」
これはこれで趣もある、と正三は強いてそんな感想をいだこうとした。すると、ある日、その印象派の絵の中に真白なかもめが無数に動いていた。勤労奉仕の女学生たちであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
屋根には重々しく瓦が葺いてあり、そして私が写生した時には、かもめが数羽、皆同じ方向に頭を向けて屋梁むねにとまっていた。図351は蒸汽艇が和船を曳船している所を示す。
ただ一人の船頭せんどうともに立ってぐ、これもほとんど動かない。塔橋の欄干らんかんのあたりには白き影がちらちらする、大方おおかたかもめであろう。見渡したところすべての物が静かである。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひらひらと、海の空ではかもめか何かが飛んでいる。一等星、二等星、生れたてのかすかな星。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
暗澹あんたんたる水のうえを、幻のごとく飛んで行くかもめも寂しいものだったが、寝ざめに耳にする川蒸汽や汽車の汽笛の音も、旅の空では何となく物悲しく、倉持を駅まで送って行って
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
浜辺には人かげもなく、かもめが二三羽とんでいるほか海上にも一隻の舟のかげも見えなかったのですが、ふと渚ちかくになにか白く光るもののあることがわたしの眼にはいったのです。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
九竜に向けて二重デッキの白いランチがかもめのようにランプの尾を海水に引いて走りだした。ローマン・カソリック・カセドラルの屋上に伊太利イタリーの尼僧があらわれると御祈祷ごきとうを始めた。
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
そうしていても、あしい茂った間から、ときどき白帆やかもめの飛ぶのが見えた……
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
堰堤の外側にはかもめの群が白い羽を夕陽に染めて飛んでいた。おかの畑には豌豆えんどうの花が咲き麦には穂が出ているが、海の風は寒かった。権兵衛は沙や礁の破片かけらを運ぶ物を避け避けして往った。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
対岸を望むと船が多くつないであるが、敵の伏勢が居ないとも限らない。清正しばらく眺めて居たが、『かもめが浮んで居る処を見ると敵軍既に逃げたと覚える、誰か泳いで彼の船を漕ぎきたる者ぞ』
碧蹄館の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
僕はだんだん岸へよってかもめが白い蓮華れんげの花のように波にうかんでいるのも見たし
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
いざ雪ふらば降れ、風ふかば吹け、我が方寸ほうすんの海に波さわぎて、沖の釣舟つりぶねおもひも乱れんか、ぎたる空にかもめなく春日はるひのどかになりなん胸か、桜町が殿の容貌おもかげも今は飽くまで胸にうかべん。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
槍ヶ岳は大海から頭をのそりと出す烏帽子岩えぼしいわのようで、雪の白条しろすじは岩の上へかもめが糞を落したようだ、自分は恍惚うっとりとして、今山のいただきに立っているのか、波の寄るなぎさを歩いているのかと、惑った
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)