じく)” の例文
床の間には鷹を描いた宮本武蔵のじくがかけてある。もちろん複製品だ。女指圧師がまず口にしたのは、この部屋の悪口であった。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ちゃんと床の間へあがりこんで、山水さんすいじくの前にユッタリ腰を下ろし、高見の見物とばかり、膝ッ小僧をだいているではないか!
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
小野さんはのぞき込んだ眼を急にらして、素知らぬ顔で、容斎ようさいじくを真正面に眺めていると、二人の影が敷居口にあらわれた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
桜草はそのしなやかな緑色のじくをしずかにゆすりながらひとの聞いているのも知らないでうひとりごとを云っていました。
若い木霊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それではこの時代じだい繪畫かいがといふものはのこつてゐるかといひますと、もちろんふすま唐紙からかみき、じくにしたなどは、この時代じだいにはないばかりでなく
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
夜逃げ同様屋敷を脱け出したのがしからぬという言い掛りでしたが、近頃はお袖に預けた古筆こひつの茶掛け一じくと、彫三島ほりみしまの松の葉の香盒こうごうが紛失したから
あの婦人は何かの身体の異状によって、マッチのじくを喰べないでいられなかったのです。つまり赤燐喰い症せきりんイーターです。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かんじんなじくうけが、すっかりすりへっているのに、それをあたらしくとりかえて、音楽をもとどおりはっきりきかせるくふうがつかないから、せいぜい
低い根笹と筆のじくほどな細竹とが、自然の小道のように配られてある石から石への通路を程よく湿しめらせている。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
英雄は人類の中心点である、そうだ、中心点だ、車のじくだ、国家を支える大黒柱だ、ギリシャの神話にアトラス山は天がちるのをささえている山としてある。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ぼく、これほしいな。」といって、ぎんじくちいさな英語えいごってあるのをじっとていますと
小さな弟、良ちゃん (新字新仮名) / 小川未明(著)
其墓場の一端には、彼がおいの墓もあった。甥と云っても一つ違い、五つ六つの叔父おじ甥は常に共に遊んだ。ある時叔父は筆のじくを甥に与えて、犬の如くくわえて振れと命じた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
粗末な板張りの座敷ではあるけれども、枕上まくらがみのところに仮りのとこが設けてあって、八幡大菩薩はちまんだいぼさつじくかゝっている。床脇とこわきに据えた持佛じぶつ厨子ずしには不動明王が安置してある。
小川をとり入れた小さい池も、伯父が自分でったらしい梅里庵ばいりあんという篆字てんじの額も、すべての風物が珍しかった。帆足万里ほあしばんりじくの前にすわって、伯父は今の生活の心安さを色々と話してくれた。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
放下ほうげしてしまって、またそこらを見ると、とこではない、一方の七、八尺ばかりの広い壁になっているところに、その壁をいくらも余さない位な大きな古びたじくがピタリと懸っている。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
道人どうじんは薄赤い絹を解いて、香炉こうろの煙に一枚ずつ、中の穴銭あなせんくんじたのち、今度はとこに懸けたじくの前へ、丁寧に円い頭を下げた。軸は狩野派かのうはいたらしい、伏羲文王周公孔子ふくぎぶんおうしゅうこうこうしの四大聖人の画像だった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふるい掛けじくです。
電人M (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
行李こうりの底から、帆足万里ほあしばんりの書いた小さいじくを出して、壁へ掛けた。これは先年帰省した時、装飾用のためにわざわざ持って来たものである。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
受信機とパネルの間には、長いじくが渡されてあった。金網の外で、パネルの上の目盛盤めもりばんをまわすと、その長い軸がまわって、受信機の可動部品を動かすのである。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
とこに、一幅のじくがかけられてある。端厳たんげんな肖像が描かれてあった。それがお千絵の父である、阿波へ入ったまま消息をたって、今に知れぬ甲賀世阿弥の像である。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「サア解らねえ、幽霊の一じくを殺して飲んだといったような手数のかかる洒落しゃれじゃあるまいな」
その兵隊は、半裸体のまま、手を妙な具合に曲げると、いきなりシュッシュッと言いながら、おそろしくテンポの早い出鱈目でたらめの踊りを踊り出した。よろめく脚をじくとして、独楽こまのように廻った。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
たしかにみんなそう云う気もちらしかったのです。製板の小屋こやの中はあいいろのかげになり、白く光る円鋸まるのこが四、五ちょうかべにならべられ、その一梃はじくにとりつけられて幽霊ゆうれいのようにまわっていました。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
石にはこけが薄青く吹き出して、灰を交えたむらさきの質に深く食い込む下に、枯蓮かれはすじくがすいすいと、去年のしも弥生やよいの中に突き出している。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お吉はそれを、良人の眼をしのんで、小さなじくに仕立て、自分の心のまもりとして常に肌に秘めていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いまドロップスの入っていたかんの蓋を払いのけて底に小さなあなをあけ、そこに糸をさし入れて缶を逆さに釣り、鉛筆のじくかなにかでコーンと一つ叩いてみるがいい。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
娘は浮かぬ顔を、愛嬌あいきょうに傾けて、床の間を見る。じくむなしく落ちて、いたずらに余る黒壁の端を、たてって、欝金うこんおいが春を隠さず明らかである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仁斎は、床の一じくを見て云った。へいには黄菊がけてある。墨の香と菊の香とが、薫々くんくんと和していた。
ダリア嬢は、しかりその超人的視力をもつ『赤外線女』だったんだ。これはあとで判ったことだけれど、彼女はあの銀鍼ぎんばりをシャープペンシルのじくの中に隠して持っていたのだった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「なるほどそれもそうじゃろ。わしも達磨だるまぐらいはこれで、かくがの。そら、ここに掛けてある、このじくは先代がかかれたのじゃが、なかなかようかいとる」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
じくをしめ、またややもどし、軽弄けいろう漫撚まんねんいとのしらべにしきりと首をかしげているのを見て、ふと、おなじ部屋の片すみから、法師の母の尼が、小机ごしに、眸だけで
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後部には、じくに平行に十六本の噴気管がうしろへ向かって開いている。
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
北側にとこがあるので、申訳のために変なじくを掛けて、その前に朱泥しゅでいの色をしたせつ花活はないけが飾ってある。欄間らんまにはがくも何もない。ただ真鍮しんちゅう折釘おれくぎだけが二本光っている。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
渓流けいりゅうへいってからだをあらい、宿のあるじにひかれて、おくの一しつへ落ちつくと、とこに一ぷくじくがかかっていた。それはその部屋へやへはいったとたんに、だれにもすぐ目についた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「その自転車は、じくうけがさびてだめになるだけです」
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
焦茶こげちゃ砂壁すなかべに、白い象牙ぞうげじく際立きわだって、両方に突張っている、手前に例の木蘭がふわりと浮き出されているほかは、とこ全体のおもむきは落ちつき過ぎてむしろ陰気である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
じくめ いとはらいて 三両声さんりょうせい
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでは一本の万年筆がどの位長く使えるだろうと聞いたら、此間横浜のもので、ペンはまだ可なりだが、じくが減ったから軸だけえてれと云って持って来たのがあるが
余と万年筆 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分は金の調達ちょうだつを引き受けた。その時れは風呂敷包の中から一幅の懸物かけものを取り出して、これがせんだって御話をした崋山かざんじくですと云って、紙表装の半切はんせつものをべて見せた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その座蒲団は更紗さらさの模様を染めた真丸の形をしたものなので、敬太郎は不思議そうにその上へすわった。とこには刷毛はけでがしがしと粗末ぞんざいに書いたような山水さんすいじくがかかっていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
耳のうしろへペンじくをはさんでいる。なんとなく得意である。三四郎は承知した。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
じくは底光りのある古錦襴こきんらんに、装幀そうてい工夫くふうめた物徂徠ぶっそらい大幅たいふくである。絹地ではないが、多少の時代がついているから、字の巧拙に論なく、紙の色が周囲のきれ地とよく調和して見える。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふすま蕪村ぶそんの筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近おちこちとかいて、むそうな漁夫がかさかたぶけて土手の上を通る。とこには海中文殊かいちゅうもんじゅじくかかっている。き残した線香が暗い方でいまだににおっている。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでペリカンの方でもなかば余に愛想あいそを尽かし、余の方でも半ばペリカンを見限みかぎって、此正月「彼岸過迄ひがんすぎまで」を筆するときは又と時代退歩して、ペンとそうしてペンじくの旧弊な昔に逆戻りをした。
余と万年筆 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)