つま)” の例文
南朝の暦応三年も秋ふけて、女の笠のつまをすべる夕日のうすい影が、かれの長い袂にまつわるすすきの白い穂を冷たそうに照らしていた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
謙譲のつまはずれは、倨傲きょごうの襟より品を備えて、尋常な姿容すがたかたちは調って、焼地にりつく影も、水で描いたように涼しくも清爽さわやかであった。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お駒ちゃんは手ぬぐいを吹き流しにかぶって、つまをとるようにしていた。派手な着物の柄が、やみの底にふんわり浮いて見えていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
文女は肉置ししおきのいい大柄なひとで、坐りはじめたら、つまもうごかさずに何時間でも坐っているという、どっしりとした風格だった。
西林図 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
差櫛くし珊瑚珠たまのついた鼈甲べっこうの簪を懐紙につつんで帯の間へ大事そうにしまいこみ、つまさきを帯止めにはさんで、おしりをはしょった。
春告鳥はるつげどり』の中で「入りきた婀娜者あだもの」は「つまをとつて白き足を見せ」ている。浮世絵師も種々の方法によってはぎを露出させている。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
「あら、もう消えちまつた。暗い空の中にひらめく稲妻のやうだつたわ。」そして彼女は立上り乍らやゝ乱れてゐるつまをそろへた。
つまを掴んでたくし上げた。だらーッと下がった緋の長襦袢の、合わせ目が開いて女のはぎとは見えない、細っこい毛臑けずねがニョッキリ出た。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ここでいよいよ切破せっぱつまって、泣きの涙でお君を手放す。お君は須賀町の周旋屋から芳町の房花家へ小園と名乗って二度とるつま
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たもつさんの記憶している五百いおの話によるに、枳園はお召縮緬めしちりめんきものを着て、海老鞘えびざや脇指わきざしを差し、歩くにつまを取って、剥身絞むきみしぼりふんどしを見せていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
つまを取って、白い素足が、ひらひらと五、六人も跳び乗ってしまった。大きく揺れる屋形の周りで、芸妓おんなたちはキャッキャッと、はしゃいだ。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、妙子は傘を床に置いて、つまを取りながらゆっくりゆっくりと長椅子の側へ歩み寄って、貞之助に並んで掛けた。そして
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
けれども、結局にはそれが禍いとなって、あろうことか正室薄雪うすゆきかたが、上方かみがた役者里虹と道ならぬつまを重ねたのである。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
なにとはなしにはりをもられぬ、いとけなくて伯母をばなるひと縫物ぬひものならひつるころ衽先おくみさきつまなりなど六づかしうはれし
雨の夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
左右からつッついたりなにかいたします。左様そうされるとされるほど嬉しいもので、つッとちまして裲襠しかけつまをとるところを、うしろからいしきをたゝきます。
華麗な気の放たれることは昔にましたお姿であると思った源氏は前後も忘却して、そっと静かに帳台へ伝って行き、宮のお召し物のつま先を手で引いた。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
さみだれが煙るように降る夕方、老妓は傘をさして、玄関横の柴折戸しおりどから庭へ入って来た。渋い座敷着を着て、座敷へ上ってから、つまを下ろして坐った。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
春が、若葉をかざして裾野を嶺を指して行くのだ。つまのあたりを小紋模様に、染め分けて微かに見えるのは、細井や小坂子の山村の数々か、それとも松林か。
わが童心 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
あんに知ッていたので、いわゆる虫が知ッていたので,——そのひるがえるふりのたもと、その蹴返けかえきぬつま、そのたおやかな姿、その美しい貌、そのやさしい声が
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
四人の芸妓がすらりとつまをとり、いい立姿を見せて階段をのぼるのに引きずられるように、はじめは入ることを渋っていたもの共も一斉に二階にあがった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
乱れたつまをきっと直して、いい音をさせて、きゅうきゅうと帯をしめ直したが、その気配に薄目もあけず、だんだんいびきを高める島抜け法印を見下ろして
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
つぶやきと一しょにミネはショールを頭からかぶり直し、つまからげをした。思案しながら一足一足をかわさねばならぬ。しかも思案の一足は決して安全ではない。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
白無垢のつまをさばいた下からチラリと長襦袢の緋縮緬ひぢりめんが燃えて、桃色珊瑚を並べたような爪先が、雪の上にキチンと揃った美しさは、何に讐えようもありません。
猟色の果 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
これもまたばれて行くと見え、箱屋一人連れ、つま高く取つて、いそ/\と二人の前を通過ぎた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ことごと窓帷カアテンを引きたる十畳の寸隙すんげきもあらずつつまれて、火気のやうやく春を蒸すところに、宮はたいゆたか友禅縮緬ゆうぜんちりめん長襦袢ながじゆばんつま蹈披ふみひらきて、紋緞子もんどんす張の楽椅子らくいすりて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
錦のへりのある御簾みすと申し、あるいはまた御簾際になまめかしくうち出した、はぎ桔梗ききょう女郎花おみなえしなどのつまや袖口の彩りと申し、うららかな日の光を浴びた、境内けいだい一面の美しさは
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
またつまでもそで口でもたもとまわしでも、ところどころのきまりは面倒をいとわず、きちんきちんと、するところまでするという気でなければ、きれいに縫いあがるはずはありません。
女中訓 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
お文と源太郎とは、人込みの中を抜けて、つまを取つて行く紅白粉べにおしろいの濃い女や、萌黄もえぎの風呂敷に箱らしい四角なものを包んだのを掲げた女やにれ違ひながら、千日前せんにちまへの方へ曲つた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
答えがないので、為さんはそっと紙門からかみを開けて座敷を覗くと、お光は不断着をはおったまままだ帯も結ばず、真白な足首あらわにつまは開いて、片手に衣紋えもんを抱えながらじっと立っている。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
おくみはその間井戸ばたへ出て、つまをからげて傘をさしかけてゐてお上げした。山羊はじと/\と水を吸うたをりの板屋根の下に小暗く引つ込んで、人のけはひを恋しがるやうにみい/\啼いた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
お化粧をしていたおもては絵に見るもののように美しくありました。裲襠の肩が外れて、着物のつまも裾もハラハラと乱れていました。見れば真白な素足に、冷々ひやひやする露の下りた橋板の上を踏んでいます。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
じみな色の縞の着物で、胸だかに帯をしめ、つまを取っていた。紫色の縮緬ちりめんの頭巾をかぶっているので、顔かたちはよくわからないが、高い鼻と、きれいに澄んだ賢そうな眼が、万三郎の注意をひいた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
羽子板に似たりといはばおこられむやりはごすとてつまとる人を
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
と言って、つまを取って下へおりた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
つまとりてひとしずか羽子はねをつく
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
つまはうばらにおほはれぬ
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
謙譲のつまはづれは、倨傲きょごうえりよりひんを備へて、尋常じんじょう姿容すがたかたち調ととのつて、焼地やけちりつく影も、水で描いたやうに涼しくも清爽さわやかであつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「あらもう消えちまった。暗い空の中にひらめく稲妻いなずまのようだったわ。」そして彼女は立ち上がりながらやや乱れているつまをそろえた。
權三の女房おかん、河岸かしの女郎あがりにて廿六七歳、これも手拭にて頭をつゝみ、たすきがけにて浴衣ゆかたつまをからげ、三人に茶を出してゐる。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
あたしの祖母がおつまをとって来て、巾着きんちゃくからお金を払い、お其にもやった。八百屋の親たちはしきりにおじぎをした。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
持っていた小次郎の片袖と美作の印籠とを夢中のように懐中へ押し入れるとつまを取り上げ、建物の一面に添いながら、鈴江は表門のほうへ走り出した。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さみだれが煙るように降る夕方、老妓は傘をさして、玄関横の柴折戸しおりどから庭へ入って来た。渋い座敷着を着て、座敷へ上ってから、つまを下ろして坐った。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その一筋ひとすじはすぐさま石段になって降り行くあたりから、その時静な下駄げたの音と共につまを取った芸者の姿が現れた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
手をつないだ座敷着のおんなたちがつまを高くあげて彼の前を通りすぎた。万八楼の小提灯が、遅く帰宅かえ料理番いたまえの老人を、とぼとぼと河岸かしづたいに送って行く。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と思わずつまを取りまして、其処そこに有合せた庭草履を穿いての生垣の処へ出て見ると、十間ばかり先の草原くさばらに立って居りまして、頻りと招く様子ゆえお竹は
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
重ねて言われて、男衆が、それを、取り出すと、雪之丞は、手早く着更えて、手拭いを吹きながしにかぶると、つまをちょいとはしょって見て、姿見にうつしたが
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
梅をせき立てて出して置いて、お玉は甲斐甲斐かいがいしく襷を掛けつま端折はしょって台所に出た。そしてさも面白い事をするように、梅が洗い掛けて置いた茶碗や皿を洗い始めた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
襟をそろへてつまを重ねて、眺めつ眺めさせて喜ばんものを、邪魔ものゝ兄が見る目うるさく、早く出てゆけねと思ふ思ひは口にこそ出さねもち前の疳癪したに堪えがたく
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
何かごわ/\した裲襠うちかけめいた物をまとって、猫背ねこぜの肩をかゞめて、引きずった裾が寝ている人に触らぬように、そして、衣ずれの音を少しでも殺すように、両手でつまを取っていた。
つまを乱して急ぎ去るお艶の影に、みだらな笑をたたえた源十郎は「お藤」とふり向いて
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)