つぶて)” の例文
雪国のならいとして、板屋根には沢山の石が載せてあるので、彼は手当てあたり次第に取って投げた。石のつぶてと雪の礫とが上下うえしたから乱れて飛んだ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つぶてを拾って、そこらの笹の繁みへ、ねらいもきめずに投げつけた。石はカチンと松の幹にぶつかって、反射してほかへはねとんだ。
浮動する地価 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
きゃッ、と云うと、島が真中まんなかから裂けたように、二人の身体からだは、浜へも返さず、浪打際なみうちぎわをただつぶてのように左右へ飛んで、裸身はだかで逃げた。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何が落下するのか、屋根の上あたりに、キラキラと火花が光って、やがてバラバラと、つぶてのようなものが、避難民の頭上に降ってきた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
八五郎は充分の自信で飛んで行きましたが、その晩は便りがなく、その翌る日も梨のつぶてで、三日目の晝頃、ぼんやり戻つて來て
つづいて両手が下げられた時つぶてや丸太や火のついている棒が、紋也の頭上へ恐ろしい勢いで、唸りながら落ちて来たからである。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
白刃しらはえたような稲妻いなづま断間たえまなく雲間あいだひらめき、それにつれてどっとりしきる大粒おおつぶあめは、さながらつぶてのように人々ひとびとおもてちました。
と、足もとの小石を三つ四つ拾いとったかと思うと、はるか、流れの中ほどをねらって、おそろしく熟練じゅくれんしたつぶてを投げはじめた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
がやがやと話し出したと見る間に、腰をかがめて、塵芥の山から、ブリキかんや、釘の折れや、竹切れなどを拾って、塵のつぶてを飛ばし出した。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
巨大な影の交錯する縞の中で、人々の口がはじけていた。棉の塊りは動乱する頭の上を躍り廻った。つぶて長測器メートルにあたって、ガラスを吐いた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それは北見と石狩の国境に近く、ふたつのけわしい山塊さんかいに囲まれた平原で、湿地や沼沢の多い、つぶて洗出あらいだされたひどい荒蕪地こうぶち取巻とりまかれていた。
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこで七兵衛も思案して、松の樹を下りましたが、さてどこへどう飛び込んだか、闇のつぶてのようなもので影がわかりません。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
やみの中を、滅茶苦茶めちゃくちゃに走った。闇の中を、つぶてのように走った。滅茶苦茶に、走りでもする外、彼のあらしのような心を抑える方法は何もなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
猿臂ゑんぴをのばいたと見るほどに、早くも敵の大将を鞍壺くらつぼからひきぬいて、目もはるかな大空へ、つぶての如く投げ飛ばいた。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
天狗のつぶてと称して人のおらぬ方面からぱらぱらと大小の石の飛んできて、夜は山小屋の屋根や壁を打つことがあった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
千蔵も広島に小店こだなをかり教授とやら申ことに候。帰後はなしともつぶてとも不承候。げん直卿ちよくけい仍旧きうにより候。源十軽浮、時々うそをいふこと自若。直卿依旧きうにより候。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
二度も手紙を出したのに梨のつぶてで返事が来ない、もう自分だけでは考えあぐねたので、実はこうこうしかじかなのですが、と三浦にだけは打明けました。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
つぶてのようについと一羽の十姉妹が破れ目から庭へ飛び去った。続いて紅雀、残った十姉妹。あるものはすぐ縁側の下の沈丁花じんちょうげのこんもりした枝に止った。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
洗ふ水音みづおと滔々たう/\として其の夜はことに一てんにはかに掻曇かきくも宛然さながらすみながすに似てつぶての如きあめはばら/\と降來る折柄をりから三更さんかう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
これでは長く歩いては凍死だと思った。つぶてのような雪を吹きつけるばかりか身体が逆に吹き戻される。手のさきの感覚が無くなって顔がむやみとほてった。
五色温泉スキー日記 (新字新仮名) / 板倉勝宣(著)
お新の近くへ、つぶての落ちるのがつづくと共にお新は悟った。甚七の姿が、闇の中に立って、声が聞えると共に、このまゝ二人が捕えられてもいゝと思った。
新訂雲母阪 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
今にも降り出しそうな戸外そとの闇黒から、何やら白いつぶてのような物が、窓のさんのあいだを飛んできて畳を打った。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「女の面につぶてを打つようなむごたらしい方には、くような女はこの世界のどこにもいはいたしませぬ。」
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
民間にてはこれを狐狸こりまたは天狗てんぐの所為と申しておる。ゆえに、その石を天狗つぶてという名をつけてある。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
風いよいよ吹き募りて、暴雨一陣つぶてのごとく雨戸にほとばしる。浪子は目を閉じつ。いくは身を震わしぬ。三人みたりことばしばし途絶えて、風雨の音のみぞすさまじき。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
水溜りでもぬかるみでもお関いなしにガタビシと進んで行くので、泥がつぶてのように四方に飛んだ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
火取虫ひとりむしつぶてのように顔をかすめて飛去ったのに驚かされて、空想から覚めると、君江は牛込から小石川へかけて眼前に見渡す眺望が急に何というわけもなく懐しくなった。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それが、ここ二三ヶ月、いくら手紙を出しても、いくら安否を問うても、まるで梨のつぶてであった。
蝕眠譜 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
聳然すつくりそら奔騰ほんたうしようとするほのほよこしつけ/\疾風しつぷうつひかたまりごとつかんでげた。つぶてはゆらり/\とのみうごいて東隣ひがしどなりもりがふはりとけて遮斷しやだんした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
然れども、油、犬、両篇を取って精読すれば、溢るゝばかりに冷罵の口調あるを見ざらんと欲するも得べからず。而して疑ふ、彼の冷罵は如何なる対手あひてに向ふて投ぐるつぶてなるや。
財布の中へつぶてか何か入れて置いて、人の頭へ叩きつけて、ざまあ見やがれ、彼様あんな汚いなり
こうした経緯いきさつが、言葉を待つまでもなく、七人の復辟ふくへき派には次々とうかんでいった。まるで、ウルリーケの一言がつぶてのように、追憶の、巻き拡がる波紋のようなものがあったのである。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
夜、外の闇から火光あかりを眼がけて猛烈にカナブンが飛んで来る。ばたンばたンと障子しょうじにぶつかる音が、つぶての様だ。つかんでは入れ、掴んでは入れして、サイダァの空瓶あきびんが忽一ぱいになった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その上空に追い迫った一隊の爆撃機が急速なダイヴィングでつぶてのごとく落下して来て、飛行船の横腹と横腹との間の狭い空間を電光のごとくかすめては滝壷のつばめのごとく舞上がる光景である。
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その妻から与えられた黄金をつぶてとして池の鴛鴦えんおうほうったので始めて黄金の貴重なことを知らされ、これがそんなに貴いものなら俺の炭を焼く山の谷川には幾らでもあるというお極りの譚の筋で
心せはしき三度みたび五度いつたび、答なきほど迷ひは愈〻深み、氣は愈〻狂ひ、十度、二十度、哀れ六尺の丈夫ますらをが二つなき魂をこめし千束ちづかなす文は、底なき谷に投げたらんつぶての如く、只の一度の返りごともなく
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
破れた雨戸から雨がつぶてのやうに降込んで来た。従つて何処もれてゐないところはなかつた。廊下に出ようとすると、風が凄じく吹いて来て、手に持つた蝋燭はあやふくそのために消されようとした。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
「国賊ッ」叫喚がつぶての様に聴衆を打った。
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
明智の投げたつぶてがそいつに命中したのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
矢張なしつぶてであった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただ一攫ひとつまみなりけるが、船の中に落つるとひとしく、つぶて打った水の輪のように舞って、花は、鶴ののごとくへさきにまで咲きこぼれる。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つぶての渦巻が巡羅官の頭の上で唸り飛んだ。高く並んだ建物の窓々から、河のようなガラスの層が青く輝きながら、墜落した。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
(激しくしばたたく)それでな、わしが思うに、あの騒動中に誰の打ったつぶてが、松野様に当ったか、打った当人にもわかるものじゃないと思う。
義民甚兵衛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかし、二人は間に合ひませんでした。曲者は裏口から飛出すと、九段へ一足飛に飛んで白晝の牛ヶふちへ、つぶてのやうに身を投げてしまつたのです。
と——もう小石のつぶてが、そちらへ、飛んできた。くるまをとび下りた寿童が、石をひろって、ぶつけているのである。そして
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにこたえるように、どこからか闇をって一つのつぶてが飛んで来て、采女を囲んでいる敵の一人の真っ向を強く撲った。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
忽然こつねん、その時どこからともなくつぶてがバラバラと降って来て、武者之助はじめ手下の者どもは、肩を打たれ背をひしがれ、手足を砕かれる者さえあった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お松はそこに人のあることは知らないで、一心に七兵衛の合図ばかりを待っていると、池の中へトボーンとつぶての音。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と思うと、それがまたつぶてを投げるように、落として来て、太郎の鼻の先を一文字に、向こうの板庇いたびさしの下へはいる。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
短刀を口にくわえ、赤ダスキをかけた「猫婆さん」が、花札を、ビュウ、ビュウ、と、目つぶしのつぶてのように、風を切って投げながら、街を練り歩いている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)