瞑目めいもく)” の例文
しかし今まで瞑目めいもくしていた、死人にひとしい僕の母は突然目をあいて何か言った。僕等は皆悲しい中にも小声でくすくす笑い出した。
点鬼簿 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そうして一八二三年かれが死ぬまでには、かれの説は不朽ふきゅうのものとしてみとめられ、かれは大満足のうちに、瞑目めいもくしたのであります。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
明治三年九月に香以は病に臥して、十日に瞑目めいもくした。年四十九。法諡ほうしは梅余香以居士。願行寺なる父祖の塋域えいいきに葬られた。遺稿の中に。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そうして居士は越えて一日、九月十九日の午前一時頃に瞑目めいもくしたのであった。実に居士は歿前二日までその稿を続けたのであった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
こう口のうちでつぶやきながら、初めて瞑目めいもくをみひらいた法月弦之丞、そのすずやかなひとみには、何か強い記憶のものがよみがえっていた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若い看護婦は所在なく椅子いすにかけ、雑誌を読み、明智は仰臥ぎょうがして瞑目めいもくしたまま、春の日の三十分ほどが、深い沈黙のうちに流れていった。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
蛭子えびす神社の大鳥居の前で、瞑目めいもくして、勿体もったいらしく、柏手かしわでをポンポン打っていた胡蝶屋豆八は、うしろから、軽く背中をたたかれた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
……貞阿はそう思い定めると、しばらくじっと瞑目めいもくした。雪が早くも解けるのであろう、どこかでをつたう水の音がする。……
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
一、空想によりて俳句を得んとするには、兀坐ごつざ瞑目めいもくして天上の理想界をえがき出すも可なり。机頭きとう手炉しゅろようして過去の実験を想ひ起すも可なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
しかし、ただ静かに瞑目めいもくしているだけで、その顔からは、かれの気持ちがどう動いているかは、すこしもうかがえなかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
一朝冤罪えんざいをこうむる場合には、これによりて良心の光明を点じ、いよいよ臨終に迫らば、これによりて安心瞑目めいもくするように心掛くるがよろしい。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
と言って、のがれるすべはない。死んだ金魚をうらんでもはじまらないし……と、しばし真っ蒼で瞑目めいもくしていた柳生対馬守
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こらへよ、暫時しばし製作せいさくほねけづり、そゝいで、…苦痛くつうつくなはう、とじやうぬまたいして、瞑目めいもくし、振返ふりかへつて、天守てんしゆそらたか両手りやうてかざしてちかつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かし、松本君、余りに意外な報告なので私は何分にも信用出来ませぬで——」と、浦和は瞑目めいもくのまゝ思案に沈めり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
瞑目めいもくをして考えている。陰惨いんさんとしていた顔の上に、歓喜の色が浮かんだのは、明るい希望が湧いたからでもあろう。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この時看護婦入り来たりて、会釈しつつ、薬を浪子にすすめ終わりて、で行きたり。しばし瞑目めいもくしてありし老婦人は目を開きて、また語りつづけぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
おそりますが、しばらくご猶予ゆうよねがいます。」といって、大地だいちにすわってふかねんじ、なが瞑目めいもくしていました。
北海の白鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そこで木戸博士は、研究当時の苦心をしのぶかのようにジッと瞑目めいもくし、しばし手を額の上に置かれたのだった。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
医師が余を昏睡こんすいの状態にあるものと思い誤って、忌憚きたんなき話を続けているうちに、未練みれんな余は、瞑目めいもく不動の姿勢にありながら、なかば無気味な夢に襲われていた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そういうつまらぬ——まさに犬死をした彼は、あれで満足し瞑目めいもくし得ただろうか——そう考えるのであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
れ——達人たつじんは——」声はいさゝかふるえて響きはじめた。余は瞑目めいもくして耳をすます。「大隅山おおすみやまかりくらにィ——真如しんにょつきの——」弾手は蕭々しょうしょうと歌いすゝむ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あきつはよろめく足を踏みしめながら立った、涙を押しぬぐい、衣紋をかいつくろって、気を鎮めるようにやや暫く瞑目めいもくしてから、そっと仏壇にあゆみ寄った。
日本婦道記:萱笠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
南無八幡なむはちまん! と瞑目めいもくして深く念じて放ちたる弦は、わが耳をびゅんと撃ちて、いやもう痛いのなんの、そこら中を走り狂い叫喚きょうかんしたき程の劇痛げきつうに有之候えども
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そしておもむろに、衣の袖をきあわせ、瞑目めいもく合掌の後、しずかに水晶の数珠をすりあげ、つぶやくようにひくく
大納言は、瞑目めいもくし、いかずちの裁きを待って、突ったった。はらはらと、涙が流れた。くさむらの虫のなくねが、きこえていた。爽やかな夏の夜風のにおいがした。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
救世観音を拝するにつれて、次第に私はその姿や風貌を正視出来なくなってきた。一切の分別を放下し、ただ瞑目めいもくしていて、しかも身にひしと迫ってくるものがある。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
誰も彼も、長老が瞑目めいもくするとただちに何かしら大きなことが起こるだろうと期待していたのである。
僧たちのうったえを静かに瞑目めいもくして聴いていた住持三要は、いちいちうなずいていましたが最後に
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
れに邪心じやしんなきものとおぼせばこそ、幼稚えうちきみたくたまひて、こゝろやすく瞑目めいもくたまひけれ、亡主ばうしゆなん面目めんぼくあらん、位牌ゐはい手前てまへもさることなり、いでや一對いつつゐ聟君撰むこぎみえらまゐらせて
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「生につかうるに絶対に忠節なれ」私はすべての事情の錯雑と寒冷と急迫との底に瞑目めいもくしてかく叫ぶ。かく叫ぶとき心の内奥に君臨するものは一種の深き道徳的意識である。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
玄奘三蔵の『大唐西域記』巻十二烏鎩国うせつこくの条に、その都の西二百余里の大山頂に卒都婆そとばあり、土俗曰く、数百年前この山の崖崩れた中に比丘びく瞑目めいもくして坐し、躯量偉大、形容枯槁ここう
其年二月ゼームス坂病院に入院、昭和十三年十月其処でしずかに瞑目めいもくしたのである。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
暇乞いとまごいのめにわたくしたき竜神りゅうじんさんの祠堂ほこらむかって合掌がっしょう瞑目めいもくしたのはホンの一瞬間しゅんかん、さてけると、もうそこはすでにたき修行場しゅぎょうばでもなんでもなく、一ぼう大海原おおうなばらまえにした
予はかく長々しく自分のかんがえ有丈ありたケを述べて先生に判断を乞うたのである、先生はその間一語も挿まれず、瞑目めいもくして聞かれた様子で、予が話をきるとすぐに大体そんな訳であるといわれた
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
名人は聞き終わるとともに、じっと瞑目めいもくしながらうち考えたままでした。単純な事件と思われたのが俄然がぜんここにいたって多岐たき多様、あとからあとからと予想外な新事実が降ってわいたからです。
と博士は結論の第二を考えるかのように、しばらく凝乎じっ瞑目めいもくしていた。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
(バナナン大将この時まで瞑目めいもくしたるもたちまちにして立ちあがりさけぶ。)
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
京子は、瞑目めいもくした。青い少しも血色のない顔だった。額のところが、ほのかに汗ばんで、それが悽惨せいさんな感じを起させた。しばらくすると、京子はパッと目を開いた。青い炎の出るようなひとみだった。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
重景は、暫く瞑目めいもくしたまま、じっと考えていたが再び口を開いた。
国を憂うるの士はすべからくこの間に瞑目めいもく一番、潜思すべきである。
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
瞑目めいもく唱名しょうみょうしながら、書類に判を捺すのだった。
人生正会員 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一八六九年三月八日に瞑目めいもくした。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
瞑目めいもくのうち述ぶるやう
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
瞑目めいもくして
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
生れつきの仏性というのか、写経していたり、こんな瞑目めいもくの境にある間が、いちばん自分の魂が、在るところに在る心地がした。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……貞阿はさう思ひ定めると、しばらくじつと瞑目めいもくした。雪が早くも解けるのであらう、どこかでをつたふ水の音がする。……
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
陽明微哂びしんして曰く、「此心光明、亦復何言。」(この心光明、またまたなにをか言わん)と。頃刻けいこくありて瞑目めいもくして逝けり。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
講じおわったのち、貞固はしばら瞑目めいもく沈思していたが、しずかって仏壇の前に往って、祖先の位牌の前にぬかずいた。そしてはっきりした声でいった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その紹介状は現に私の手元に残っていて、そうして初めて狩野氏に逢ったのは実に漱石氏の瞑目めいもくするその当夜であった。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
彼女は、青ざめて、瞑目めいもくして、池に漂う女の死骸を、とむらっている様子だ。これまた、奇怪なる画面の人である。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)