ちが)” の例文
いまとはちがってそのころは武士町の高窓たかまどに灯がうっすりと漏れているだけで、道路の上はただうるしのような闇になっているのです。
ゆめの話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
自分は茫々たる大海原の水の色のみ大西洋とは驚く程ちがつた紺色を呈し、天鵞絨びろうどのやうになめらかに輝いて居るのを認めるばかりであつた。
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
身分があるとか、金持ちだとかいうのとは、またちがっている。それらの人たちからも拝まれてもいれば、一般からもおがまれている。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
振返ると背面の入江は幾百の支那ジヤンクをうかべて浅黄色に曇つたのが前面のせはしげな光景とちがつて文人画の様な平静を感ぜしめる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
紅葉もみぢうつくしさは、植物しよくぶつそのものゝ種類しゆるいと、その發生はつせい状態じようたいとでそれ/″\ちがひますが、一面いちめんには附近ふきん景色けしきにも左右さゆうされるものです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
私が他の人達とちがつた運命に生れることなど決してありません。そんな運命が私に來ると想像するのはお伽噺とぎばなしです——白晝夢ですわ。
あるところに、性質せいしつちがった姉妹きょうだいがありました。おなはははらからまれたとは、どうしてもかんがえることができなかったほどであります。
灰色の姉と桃色の妹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そこの桑の餉台ちやぶだいの上には、此処こゝのやうな真つ白な卓布を照らす、シャンデリアとはちがふけれど、矢つ張り明るい燈火がともされてあつた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
癲癇の発作の起こる前の、痴呆状態とでも云うべきであろうか、そういう源女の顔も姿も、いつもとはちがって別人のように見えた。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
けれども自分じぶんでそれをやったおぼえはございませぬ。きょうとはちがって東国とうごく大体だいたい武張ぶばったあそごと流行はやったものでございますから……。
そんな他の女の子たちとはちがった、どこか冷淡なような感じのする、そのお竜ちゃんの様子が、どういうものか、妙に私の心をひいた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
色の浅黒い、眼に剣のある、一見して一癖あるべき面魂つらだましいというのが母の人相。せいは自分とちがってすらりと高い方。言葉に力がある。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「辰は家で許したら、學校へ入つて眞劍に英語の稽古をしようといふ氣があるのかい。」榮一は前とはちがつて穩やかに話しかけた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
吾輩だって喜多床きたどこへ行って顔さえってもらやあ、そんなに人間とちがったところはありゃしない。人間はこう自惚うぬぼれているから困る。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
婆さんと二人で少しばかり喰って、残りを近所に住んでいる貧乏な病人に施すという塩梅で、万事並の職人とは心立こゝろだてちがって居ります。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もう一つ、尾越が普通の強盗とちがっていた点は、押入る家が、必ず不正な事をやって金をこしらえた富豪連中ときまっていたことだ
深夜の客 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
田舎の取り散らしたヤチのない家とは全く様子がちがっていた。おしかはつぎのあたった足袋をどこへぬいで置いていゝか迷った。
老夫婦 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
「昨日とちがって敵にさとられずに見事に後をつけましたぜ。相手が浅草から真っ直ぐに巣へ行ったんだから間違いはないでしょう」
僕は知ってしまったのだ。僕は知ってしまったのだ。僕の母が僕を生んだ母とはちがっていたことを……。突然、知らされてしまったのだ。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
それであのおハガキを頂いてから、従兄は「其看板が直ったかどうか、きっと見に通るに違いない。通れば並みの人と視線のやり場がちがう」
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
その晩になって、王子権現の境内へ二つの黒い影が、ちがった方からめぐり合わせて来て、稲荷いなりの裏でパッタリとかおが合いました。
ちがった意味で、あの人もそう言ったのよ。日本の女が何も身についた和服をてて、洋服を着る必要ないって。でも着てみたいのよ。」
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
男はもし腹ちがいなどが多くして、十郎以上になれば、十一郎・十次郎とも呼べば、または余一・余二とも呼んだのであります。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
糸屋でこそあれ辻屋は土地の旧家で身代もなかなかしっかりしたもの、普通の糸屋とちがって、よろいおどしの糸、下緒さげおなど専門にして老舗しにせであった。
彼はこの談話はなしを聞いて、初めてそれにちがいないと悟った、その老婆の怨霊がまだこの家に残っていて、無関係の彼の眼にも見えたと思った
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
向う岸の方に向ければ帰って来ぬとあるは何でもない事のようだが、蟾蜍が首を向けたと反対の方へ行くと全くちがって面白い。
彼らもまた遊女屋を必要と考えるならば、威張っていても、その限りでは同じ人間で、そこえらの若い衆と大したちがいはない。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
現在の地名と、原本げんぽんしるす地名とは、当然時代によるちがいがあるので、分っている地方は下に註を加えておいた。分らない旧名もかなりある。
三国志:01 序 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女の許しなしにはついに咲く機会のなかつたにちがひない菊の花なのだ。折角せっかくこんなうるはしさに花咲いた菊を今更どこへ置かうかと思ひまどつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
「はッはッ、僕は大に君と説がちがう。君は小説をく知らんから一と口に戯作と言消して了うが、小説は科学と共に併行して人生の運命を……」
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
家庭の中に親のちがう養子が何人もいたり、夫はこれらに対しても愛情を持たなかったので、情愛というものをまったく忘れた冷たい家庭でした。
私の思い出 (新字新仮名) / 柳原白蓮(著)
その日に自分がるだけの務めをしてしまってから、適宜いいほど労働ほねおりをして、湯にはいって、それから晩酌に一盃いっぱいると、同じ酒でも味がちがうようだ。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
吾々の生れた北威爾斯と此方こちらとでは、人間を測るのに、標準めやすちがつてゐるといふ事で、南威爾斯では、人間をおとがひから下の大きさで測るらしいが
けれども、死体の位置がちがったという事は、以前の流血の跡に対照すると、そこに判然たるものが印されているのだった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ず、春の朝のそれも若葉しぐれのけ方と云った調子、七月も半ばはとうに過ぎた、二十四日とは、まるで感じがちがう。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
何れが、味聖の意を迎えるか知れないけれど、関西人と関東人との舌の感覚には、こんなちがいのあるのを興味深く思う。
葵原夫人の鯛釣 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
それを一日の働きが十時間だから十三時間だからって、それでピッタリやめられたら、飛んでもないことになるんだ。——仕事の性質たちちがうんだ。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
学者や芸術家とちがって、政治家、教育家、社会改良家、新聞雑誌記者などの生活は、天才の新思想に刺戟しげきせられて常に驚異に全身を若返らせながら
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
姓も彼女の姓とはちがっている、名も知らないが、もし神という者がこの私の真心を知ってくれるならば何とかしたら分るすべもないこともあるまい。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
これと同時に、各派の神学、各種の教会の唱えつつある教義が、その根柢こんていおいて、格別ちがったものでもないことが、われ等の眼にはよく映るのである。
人が決してすままわないとの事だった、その怪物ばけものの出る理由については、人々のいうところが皆ちがっているので取止とりとめもなく、解らなかったが、そののちにも
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
だれかが『白水君は、工場と、家とに別々な全くちがった白水君を持ってるんだね』といった時、彼はこう答えた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
「来た時に、一度わづらひましたけれども、それからずつと丈夫で暮してゐますの……。どつちかと言へば、土地がちがつても別に何ともない方ですの——」
時子 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
けれども、鳥渡毛色のちがった、面白味のある事件やと思いましたンで、お話し申上げたような訳でござります。
もう僕とちがったものですから、虚飾にみちた自家広告も愛嬌あいきょうだと思い、続けて自己嫌悪を連ねようと考えたのですが、シェストフで、誤魔化ごまかして置きます。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「僕は若い女の前に行くと変にどぎまぎしてしまってろくろく物もいえなくなる。ところが葉子さんの前では全くちがった感じで物がいえる。これは考えものだ」
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いくら働いても働いても、親の代から子の代まで、いやおそらくいつまでたっても、もっと生活がよくなることはないだろう。牛や馬の生活とちがったことはない。
都の眼 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
いま友人の語つて居るやうに、此家ここの細君は確かにちがつた性質をつて居る。萬事が消極的で、自ら進んでどう爲ようといふやうな事は假初かりそめにもあつたためしがない。
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
ぶん入院料にふゐんれう前金まへきんをさめろですつて、今日けふ明日あすにもれない重態ぢうたい病人びやうにんだのに——ほんとに、キリストさま病院びやうゐんだなんて、何處どこまち病院びやうゐんちがところがあるんだ。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
しかし、感覚が鋭敏なら、ちがつた香気のものも用ゐて巧にそこに香気の色彩楽をかなでさせることだ。