生温なまぬる)” の例文
水道の水は生温なまぬるいというので、掘井戸の水を売ったので、荷の前には、白玉と三盆さんぼん白砂糖とを出してある。今の氷屋のような荷です。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
ちらと乾雲の刃を見ると、人を斬らずにはいられなくなる左膳、このごろでは彼は、夜生温なまぬるい血しぶきを浴びることによってのみ
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
薄どんよりと曇り掛けた空と、その下にあるいそと海が、同じ灰色を浴びて、物憂ものうく見える中を、妙に生温なまぬるい風が磯臭いそくさく吹いて来ました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ちょうど人の来ない時分で、お湯が生温なまぬるかったので、二人はいい気持になって、お湯の中でコクリコクリと居ねむりを初めた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
何んだか生温なまぬるい湯にでも入ツてゐるやうな心地こゝち……、うつゝから幻へと幻がはてしなく續いて、種々さま/\な影が眼前を過ぎる、……ると、自分は
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
一座は固唾かたずを呑みました。夕づく陽は縁側にって、棺の前のあかしが次第に明るくなると、生温なまぬるい風がサッと吹いて過ぎます。
ああほんとうに、あの鬼猪殃々おにやえもぐらの原から、生温なまぬるい風が裾に入りますと、それが憶い出されて、慄然ぞっとするようなふるえを覚えるのでございます。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
主人と妻と女児むすめと、田のくろ鬼芝おにしばに腰を下ろして、持参じさん林檎りんごかじった。背後うしろには生温なまぬる田川たがわの水がちょろ/\流れて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
生温なまぬるちやをがぶ/″\とつて、ぢいがはさみしてくれる焚落たきおとしで、つゞけに煙草たばこんで、おほい人心地ひとごこちいた元二げんじ
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
すっかり生温なまぬるになっていることがわかったが、温まろうと思い、しばらくじっとしているうちに、身内がぞくぞくして来た。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
品川宿から高輪へかかると、海の風も生温なまぬるく感じられてくる。街道は白くかわき上って、牛馬や荷駄馬の通るたびに、はえ胡麻ごまのようにほこりを追う。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
俺の心は白け生温なまぬるくなり、人を殺すには最も不適当な状態になってしまッた。俺は懐手をしながら苦い顔をしていたが
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
先刻せんこくたきのやうに降注ふりそゝいだ雨水あめみづは、艇底ていてい一面いちめんたまつてる、隨分ずいぶん生温なまぬるい、いやあぢだが、其樣事そんなことは云つてられぬ。兩手りようてすくつて、うしのやうにんだ。
「まつたくだ。今に見給へ、また例の泥臭い生温なまぬるの湯を持つて來るぜ。今大周章おほうろたへで井戸に驅け出して行つたから。」
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
山の手の深い堀井戸の水を浴びようとかいうので、夏は水道の水の生温なまぬるきをかこつ下町の女たち二、三人づれで目黒の大黒屋だいこくやへ遊びに行く途中であった。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
赤錆の出たブリキ屋根の上には、生温なまぬるい日の光も当らない。鈍色にびいろを放った雲が、その上を見下ろしながら過ぎた。
悪魔 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そして私は、魔薬のお蔭で、浅くはありましたが、日向ひなた水のように生温なまぬるい、後味の悪い眠りではありましたが、どうやら続けて行くことが出来たのでした。
歪んだ夢 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
たとえ自分の内に、この要求のなお生温なまぬるくまた深刻でないことを罵る声が絶えないにしても、自分は前よりは一歩深く生活にはいって行ったように感ずる。
自己の肯定と否定と (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
生温なまぬるい四国弁などでぐずぐずいうと頭から鉄拳てっけんでも食わされそうな心持もするし、それにまだその頃は九州鉄道も貫通していなかった頃で交通も不便だし
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
巨椋の池の水がどんよりと生温なまぬるく光つて、日がチカチカと照り返す土手の路を、私は揉み上げから襟の周りへじつとり油汗を掻きながら揺られて行つたが
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
どの人もどの人もちゃんと自分を忘れないで、いいかげんにおこったり、いいかげんに泣いたりしているんですからねえ。なんだってこう生温なまぬるいんでしょう。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これに反して『其面影』の描写は婉曲に生温なまぬるく、花やかな情味に富んでる代りに新らしい生気を欠いていた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
く如き熱、腐りたる蒸氣の中にありて、我血は湧きかへらんとす。沼は涸れたり。テヱエルの黄なる水は生温なまぬるくなりて、眠たげに流れたり。西瓜の汁も温し。
続けざまに起る救助を求むるの声、なんてまた生温なまぬるさだろう、男一匹が生きるか死ぬかの際に、こういう声を出すくらいなら、黙って死んでしまった方がいい。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かもめが七八羽、いつの間にか飛んで来て、岬の端にきながら群れ飛んでいました。ずっと沖の方がくろずんで来ました。生温なまぬるい風が一陣さっと為吉の顔をなでました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
ソロドフニコフはパンと麹との匂のする生温なまぬるい水を飲んだ。その時歯が茶碗にさはつてがちがちと鳴つた。
私はこの生温なまぬるき生き方が苦しくてならなかった。私は実際この問題をどうにかせねばならないと思った。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「ざんげが、したい」——髪の毛の下かげで次第に濃くなってゆく生温なまぬるい血を、横目で見やりながら、そろそろ顫えのつきはじめた彼は、一そうかすかな声で言った。
気がつくと、私はかびのにおいのする暗い地面に倒れていた。土臭い風が生温なまぬるく顔に吹きつけていた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
春の日の吹く風生温なまぬるく、人の気も変になろうとする真っ昼間、机の上の絵の具がスーッと消えて、井戸の中に血のごとく溶けていたり、化粧瓶がひとりでに走り出したり
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
幸福といわずして幸福を楽んでいたころは家内全体に生温なまぬるい春風が吹渡ッたように、総ておだやかに、和いで、沈着おちついて、見る事聞く事がことごとく自然にかなッていたように思われた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ふと、彼は、彼をみつめている一つの眼眸まなざしに気づいた。生温なまぬるくなった珈琲コーヒーにゆっくりと手をのばして、彼は、同じ窓ぎわの、五、六メートル先きのテーブルのその女をみた。
十三年 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
飲んだわ飲んだわ! 水は生温なまぬるかったけれど、腐敗しては居なかったし、それに沢山に有る。
はる野路のぢをガタ馬車ばしやはしる、はなみだれてる、フワリ/\と生温なまぬるかぜゐてはなかほりせままどからひとおもてかすめる、此時このとき御者ぎよしや陽氣やうき調子てうし喇叭らつぱきたてる。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
裁判長がいけないのだ! 裁判長があんな生温なまぬるい訊問の仕方をするから何にもならないのだ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
二、三分、狭い監房の中を行ったり来たりしていたが、それから生温なまぬるい水にひたした手ぬぐいを額にのせてぐったりと横になり、彼は暁方までとろとろと夢を見ながら眠った。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
昼は焦げ付くように暑くて、夜は人を誘惑するように生温なまぬるい。きょうの昼もきのうの昼のようで、きょうの夜もきのうの夜のようである。丁度時間が静止しているかと思われる。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
しかしその言葉をハッキリと裏切り、季節違いの生温なまぬるい風が、北の方から吹いて来た。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ピストルを左手に握っているんだ……銃身をこう顳顬こめかみへあてる……この感じは決してわるいものじゃない……少しひやりとするだけだ……が、鋼鉄は肌の温もりで生温なまぬるくなって来る……
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
そこで霧が生温なまぬるい湯のやうになったのです。可愛らしい女の子が達二を呼びました。
種山ヶ原 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
柔惰な享楽主義の生温なまぬるまくらをし、皮肉できわめて軽捷けいしょうでかなり好奇的で根本は驚くばかり冷淡な才知の生温い枕をして、暖かい木陰にうとうとと居眠るのはいかにも快いことである。
二人はただ身軽に扮装いでたつだけのことにして、いぬこくを過ぎる頃から城下の村へ忍んで行くと、おあつらえむきの暗い夜で、今にも雨を運んで来そうな生温なまぬるい南風が彼らの頬をなでて通った。
馬妖記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それが生温なまぬるければ、婦人ばかりの示威運動をやることも必要だと思います。
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
機械こそは近代の人間がその頭脳の働きをことごとくここに集めて、人間の要求を極端にまで結晶せしめた一つの大建築でもある。それは生温なまぬるい趣味とか、遊戯によって造り出された玩具おもちゃではない。
生温なまぬるい訓誡や、説法ではやむべくもあらざれば、すべからくこれに禁止税を掛くるべく、うるさく附けまとわれて程の知れぬ口留め料を警官や新聞に取らるるより、一と思いに取ってくださる
慌ててマッチを探ろうとする手を、生温なまぬるい女の手がギュッと握った。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
綾小路は生温なまぬるい香茶をぐっと飲んで、決然と言い放った。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
キザだの厭味だのという生温なまぬるい問題ではないのです。
オカアサン (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
生温なまぬるちちが涌いて、人や羊の子の飲物になる。
雨もよいの生温なまぬるい風が吹いている。
だだら団兵衛 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)