物凄ものすご)” の例文
正面より見ればまれての馬の子ほどに見ゆ。うしろから見れば存外ぞんがい小さしといえり。御犬のうなる声ほど物凄ものすごく恐ろしきものはなし。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
さあ、こうなると、がッがあッと、昼夜に三度ずつ、峠の上まで湯気が渦まいて上ります、総湯の沸きます音が物凄ものすごうなりましたわ。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と振袖を顔に当て、潜々さめ/″\と泣く様子は、美しくもあり又物凄ものすごくもなるから、新三郎は何も云わず、南無阿弥陀仏なむあみだぶつ、南無阿弥陀仏。
熊笹は人の身の丈を没すという深さ、暗い林の遠くには気味の悪い鳥の声がして、谿川たにがわの音は物凄ものすごいように樹立こだちの間にうたっている。
それがしばらくするうちに二十四か所ぐらいにふえた。蔵前くらまえの高工からは物凄ものすごい火の柱が立ち、十二階はてっぺんから火を吹いた。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
その時である、私は川下の方の空に、恰度ちょうど川の中ほどにあたって、物凄ものすごい透明な空気の層が揺れながら移動して来るのに気づいた。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
他の一隊は、今や帝都の上にさがろうとする毒瓦斯の煙幕えんまくよりは、更に風上に、薄紅うすあかにじのような瓦斯を物凄ものすごくまきちらして行った。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
物凄ものすごい生の渦巻の中であえいでいる連中が、案外、はたで見るほど不幸ではない(少なくとも懐疑的な傍観者より何倍もしあわせだ)
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
海岸へ散歩にでると、その日は物凄ものすごい荒れ海だった。女は跣足はだしになり、波のひくまを潜って貝殻をひろっている。女は大胆で敏活だった。
私は海をだきしめていたい (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
夕闇ゆうやみの迫っている崖端がけはなの道には、人の影さえ見えなかった。瀕死ひんしの負傷者を見守る信一郎は、ヒシ/\と、身に迫る物凄ものすご寂寥せきりょうを感じた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
剃刀を持ったまゝわな/\ふるえているお久には、河内介の叱咜しったの声もおそろしかったが、それ以上に道阿弥の顔つきの方が物凄ものすごかった。
それと同時に、ルピック夫人が、しかもあのすばやい耳で、唇のへんに微笑を浮かべながら、塀のうしろから、物凄ものすごい顔を出した。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
富岡老人釣竿つりざお投出なげだしてぬッくと起上たちあがった。屹度きっと三人の方を白眼にらんで「大馬鹿者!」と大声に一喝いっかつした。この物凄ものすごい声が川面かわづらに鳴り響いた。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
剃刀一挺を得物の死物狂しにものぐるい、髪が乱れ逆立って、半裸体で荒れ狂う有様、物凄ものすごいばかり。しかし、いくら気があせっても多勢の男に一人の女。
運命のなわはこの青年を遠き、暗き、物凄ものすごき北の国まで引くがゆえに、ある日、ある月、ある年の因果いんがに、この青年とからみつけられたるわれらは
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あらしの暗雲をはらんで物凄ものすごいまでに沈滞した前田鉄工場! それに対していかなる手段を取るべきか? 彼はその対策に迷った。
仮装観桜会 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
野獣は口からあわを吹いて怒り狂っていた。物凄ものすごうなり声さえも聞こえてきた。彼は餌食えじきをズタズタにしないではおかぬのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
月の光のした岩角いわかどおどり越えてやって来る猛獣の姿は物凄ものすごかったが、彼等は皆猫のようにおとなしかった。仙人達は皆その頭をでてやった。
仙術修業 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
死にかけてゐる父親の胡麻鹽ごましほたぶさを取つて、ゆすぶり加減にグワツと睨んだ、金之助の顏は、男姿ながら、鬼女そのまゝの物凄ものすごさだつたのです。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
きょうよりは明日と物凄ものすごい加速度を以て、ほとんど半狂乱みたいな獅子奮迅ししふんじんをつづけ、いよいよ切り換えの騒ぎも、きょうでおしまいという日に
トカトントン (新字新仮名) / 太宰治(著)
父は為吉の問に応じて、その難破船の乗組員を救助した時の壮烈な、そして物凄ものすごい光景を思い出し話して聞かせました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
うして龕燈がんどう横穴よこあな突出つきだして、内部ないぶらしてやうとしたが、そのひかりあた部分ぶぶんは、白氣はくき濛々もう/\として物凄ものすごく、なになにやらすこしもわからぬ。
底知れぬ谷間をさまよう魚の群。大地のいしずえにひそまりかえる異形な怪物。漁夫や船乗りたちの話をいやがうえにも物凄ものすごくする奇怪なまぼろし。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
それのみならず、今度は、その後退した火先は、西風にあおられて物凄ものすごい勢いをもって広小路へ押し出して来たのです。
天井を縦断している二条のレールをワイヤー・プレーをギリ/\と吊したグレーンが、皆の働いている頭のすぐ上を物凄ものすごい音を立てゝ渡って行った。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
が、もう一方の夢は、そんな鮮明な色は無い。何とも云えず物凄ものすごいような色で一様に塗りつぶされているばかりである。
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
驚いてうしろを振り返つてみますと、そこはもう水ばかりで、白いなみ物凄ものすごいやうにえたり、み合つたりして、岸の方へ押掛て行くのが見えました。
竜宮の犬 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
知らずのお絃は——お絃流の、なに、そんなものはないが、とにかく、喧嘩の真中まんなかへ割り込んで、えん然にっこり名たんかを切ろうという物凄ものすご姐御あねご
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
飯田や高遠で成長ひととなったとはどうしても思われぬ物凄ものすごい野性! で、気の毒とは思いましたが私の門弟に加えますことを、断わったことがございました
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、内容なかみからいえば、それは現世げんせではとてもおもいもよらぬような、不思議ふしぎな、そして物凄ものすご光景こうけいなのでございました。
平右衛門は手早くなげしから薙刀なぎなたをおろし、さやを払い物凄ものすごい抜身をふり廻しましたので一人のお客さまはあぶなく赤いはなを切られようとしました。
とっこべとら子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そして気味わるく物凄ものすごい顔をした、雲助のような男たちにおびやかされたり、黒塚くろづか一軒家いっけんやのような家にとまって、白髪しらがおそろしい老婆ろうばにらまれたりした。
物凄ものすご爆笑ばくしょうが、家の中と家の外で起った。そして、ふだんの云いたい事を、一人一人、口をきわめて、云いちらした。
鍋島甲斐守 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕は、おどろいて振かえると、いつのまにか、僕の背後に、白衣の白髪の怪老人が立っていて、右の人差指を突付け、物凄ものすごく、歯のない口をあけて笑った。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
立て下りけりあとには彼の十歳ばかりなる三吉小僧のみ彌々いよ/\一人殘され其上そのうへはやくれて白洲へはあかりがつき四邊あたり森々しん/\としてなにとやら物凄ものすごく成しかば三吉は聲を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
目に金が入れてあり、上手な作と見えて、物凄ものすごい様でした。どちらも黄楊らしく、よいつやに光っていました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
こは大なる古刹ふるでらにして、今は住む人もなきにや、ゆかは落ち柱斜めに、破れたる壁は蔓蘿つたかずらに縫はれ、朽ちたる軒は蜘蛛くもに張られて、物凄ものすごきまでに荒れたるが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
夏から秋へかけての暴風雨あらしの特徴として、戸内の空気は息詰まるように蒸し暑かった。その蒸し暑さは一層人の神経をいらだたせて、暴風雨の物凄ものすごさを拡大した。
死体蝋燭 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
川鳴かわなりの音だろう、何だか物凄ものすごい不明の音がしている。庭の方へ廻ったようだと思ったが、建物を少し離れると、なるほどもう水が来ている。足の裏が馬鹿につめたい。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
赤ん坊がおっこち頭を割って死んだとか、そんな話もきかされていたのですが、自分が実際乗ってみると、そんなうそのような話も真実におもわれる物凄ものすごさでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
前にも云った通り、窓は南に向いているので、路地を通っている私は丁度その窓から出た女の顔と斜めに向き合った。女の歯の白いのがまず眼について物凄ものすごかった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もう五時頃であろうか、様々な人達の物凄ものすごい寝息と、蚊にせめられて、夜中私は眠れなかった。私はそっと上甲板に出ると、ほっと息をついた。美しい夜あけである。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私はやっとっとしましたが、こんなところで、こんな物凄ものすごい犬に襲われようとも思わなければ、馬に乗ったこんな綺麗きれいな女に出逢であおうなぞとは、夢にも思いません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
灰色の天地に灰色の心で、冷たい、物凄ものすごい、すさんだ生を送って行くのが人生の本旨かとも思って見る。けれども今日までの私はまだどうもそれだけの思いきりもつかぬ。
物凄ものすごいほど水が増して轟々ごうごうと濁水がみなぎり流れておるそのつつみに沢山の家もあることか、小さい藁葺わらぶきの小家が唯二軒あるばかりだというので、その川の壮大な力強い感じと
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
やがて日暮るるほどにはらはらと時雨のふり来る音にあやしみてを見ればただ物凄ものすごく出でたる十日ごろの片われ月、覚えず身振ひして誰も美はここなりと合点がてんすべし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それはただ、自分が一生けんめい薄闇うすやみの中で見きわめようとむなしい努力をしている、見知らぬ、美しい、しかも物凄ものすごい顔のように、わたしをおびえさせるだけであった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
ひしひしと迫って来る物凄ものすごい海上のやみにまぎれて進んで行く船の中で、何時いつ襲いかかるかも知れない敵を待受けるような不安な念慮おもいは、おちおち岸本を眠らせなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
呉羽之介は決心して、物凄ものすごい眼をギラリと光らせ、気抜けのしたような露月の油断を見すまして、腰の小刀をソッと抜き、後ろから脊筋の脇を切先深くズバと突きました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
突然、物凄ものすごい電光と同時に、天地の揺らぐような雷鳴。……あたりはみるみるうちに暗くなった。はげしい豪雨ごううが降り出した。男女の群集、恐怖の声を上げて、消え失せる。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)