ようや)” の例文
私は、その青春時代を顧みると、ちょうど日本に、西欧のロマンチシズムの流れが、その頃、ようやく入って来たのでないかと思われる。
婦人の過去と将来の予期 (新字新仮名) / 小川未明(著)
金眸は朝よりほらこもりて、ひとうずくまりゐる処へ、かねてより称心きにいりの、聴水ちょうすいといふ古狐ふるぎつねそば伝ひに雪踏みわげて、ようやく洞の入口まで来たり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
能く心して生活なりわいの道を治めよ、とねんごろに説き示しければ、弟はこれを口惜くちおしく思ひてそののち生活の道に心を用ひ、ようやく富をいたしけるが
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
なんでも私達がいま道で、馬を曳いて往った自分のよめに往き遭ったろうが、どの位先きへ往ったかを知りたいらしい事がようやく分った。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
歩いては休み、トロトロとして寒くなっては歩き、ようやく東の白むのを見た時は、当ての無い山中乍ら、さすがにホッとした心持です。
数年来鬱積うっせき沈滞せる者頃日けいじつようやく出口を得たる事とて、前後ぜんご錯雑さくざつ序次じょじりんなく大言たいげん疾呼しっこ、われながら狂せるかと存候ほどの次第に御座候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ようや身上みのうえの相談をして、お照は宅へ帰って、得心の上武田重二郎を養子にした処が、お照は振って/\振りぬいて同衾ひとつねをしません。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
またもやスタコラ走ってようやく雲巌寺の山門に着いてみると、先着の面々は丸裸となり、山門前を流るる渓流で水泳などをやっている。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
何故ならば、夜もようやく更けて来たし、それにかの血色の薄絹を通して、流込む光の赤さが、いよいよ不気味に冴えて来たからである。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかしてこの新しき仏蘭西の美術のようやく転じて日本現代の画界を襲ふの時、北斎の本国においては最早もは一人いちにんの北斎をかえりみるものなし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お勢母子ぼしの者の出向いたのち、文三はようやすこ沈着おちついて、徒然つくねんと机のほとり蹲踞うずくまッたまま腕をあごえりに埋めて懊悩おうのうたる物思いに沈んだ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
すると此春になって長塚君が突然尋ねて来て、ようやく本屋が「土」を引受ける事になったから、序を書いてれまいかという依頼である。
私はようやくほっとした心もちになって、巻煙草まきたばこに火をつけながら、始めてものうまぶたをあげて、前の席に腰を下していた小娘の顔を一べつした。
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そしてはるかの谷にはすでに陰暗な夜の物影がしずかにはいずっていた。自分たちはそのころようやく岩小屋にかえりついたのだった。
しかし、袖子そでこはまだようや高等小学こうとうしょうがくの一学年がくねんわるかわらないぐらいの年頃としごろであった。彼女かのじょとてもなにかなしにはいられなかった。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうして作者の心理状態が寂しい内にもようやく落ちついた処に僅かな余裕もうかがわれる。その自然の動きの現われてるのが、たまらなく嘻しい。
歌の潤い (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
やっと出て来たので番号を告げると、言下に「話中」と断られる。同じようなことを二、三回繰り返して、ようやくのことに通ずる。
硝子を破る者 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ある者は商家に嫁ぎ、ある者は良人に従って海を越えた遠い国へ移住し、あるいは又ようやくその日を送るだけのかてを得る為に営々と働いていた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
静岡の仕入れ元から到着した錫張すずばりの小箱の積んであるのをあれやこれやと探し廻つてようやく見付け出し、それからはかつて売つてれる。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
測定者・木戸——とサインされてあるの貴重な三つの曲線の意味は、ようやく助手の丘数夫の頭脳に朧気おぼろげながら理解されるに至った。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だがまだまだ、新鋭的尖端がようやふるき古色と雅味を追い出そうとする折から、新日本の新尖端的滋味雅趣を求める事は無理だろう。
長い苦難を経て、魂のいこいはようや飛鳥あすかの野にも訪れたかに思わるる、そういうほのかな黎明れいめい時代を太子は築かれつつあったのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
私は長い間の教養によって、真の美を認識する力を得ようと努めてきました。私はようやく私の直覚を信じていいようになったのです。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
大磯の海水浴のようやく盛りになった最中、奴の海水着の姿はいつでも其処に見られ、彼女の有名な水練すいれんは、この海でおぼえたのであった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
将軍家慶いえよしは、ようやくその政をみずからするを得たり。彼が家慶における関係は、あたかもチルゴーが路易ルイ十六世におけるが如き関係なりし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
平馬は、隠居の赧ら顔が、自分の方へ向けられたので、ようやくほっとして、険のある目元に、急に、つらいに似た、微笑さえ浮かべて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それがようやく世間に認められて、誰が言い出したともなしに、女団洲という異名を呼ばれるようになった。その得意思うべしである。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
西洋の写実主義的なる芸術家等が、ようやくこの秘密に触れ、表現の山頂的な意味を知り始めたのは、実に尚最近のことに属している。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
ようやく晴に向わんとする梅雨の空から来る風が、しきりに紗の羽織を吹く。「吹もどす」の一語に惜別の情が含まれていることは勿論である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
足利あしかが時代からあったお城は御維新のあとでお取崩とりくずしになって、今じゃへい築地ついじの破れを蔦桂つたかづらようやく着物を着せてる位ですけれど
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
初めてぐううしのうて鰥居無聊かんきょむりょうまたでて遊ばず、ただ門につて佇立ちょりつするのみ。十五こう尽きて遊人ゆうじんようやまれなり。丫鬟あかんを見る。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それと同時に、宿酔ふつかよいもつれた中田の頭も、今日一日の目茶目茶な行動から、ようやく加わって来た寒気と共に、現実的な問題に近寄って来た。
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ノラは一階のマーケットで彼女のエロチシズムと薄鼠色の蠱惑こわくで商品を粉飾した。だが、ようやく彼女の生活には貧困が訪れてきた。
新種族ノラ (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
而して、本校の邦語を以て専門の学科を教授し、ようやく子弟講学の便を得せしめんと欲するが如き、けだしその責を尽すの一ならん(拍手)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
商売運の目出たい笑名は女運にも果報があって、おいようやきたらんとするころとうとう一のとみを突き当てて妙齢の美人を妻とした。
ようやく小さな流れに出た。流れに沿うて、腰硝子の障子など立てた瀟洒しょうしゃとした草葺くさぶきの小家がある。ドウダンが美しく紅葉して居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
けンど、ようやくのことで、南の新地で時々遊ぶらしい事を嗅ぎ出して、馴染のを尋ね当てゝ、客になってちょい/\呼びました。
ようやく九時半頃にお春に云いつけて二階へ連れて行かせたが、間もなく表門のベルが鳴って、犬が其方そちらへ走って行く足音を聞くと
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
機会きかいわたくしはそうしました。するとひめはしばらく凝乎じっかんがまれ、それからようやくちびるひらかれたのでございました。——
若者等は刀をぬい追蒐おっかける、手塚は一生懸命に逃げたけれども逃切れずに、寒い時だが日比谷そとの濠の中へ飛込んでようやく助かった事もある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
が、段々家に近づくに従って、恐ろしい事実が、ようやく分って来た。何だか見たことのある車台だと云う気がしたのも、無理ではなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ようやく明治三十二年、彼が六十八歳で歿する僅か二年前であったということは、日本の社会の歴史のどういう特徴を語っているのであろうか。
三つの「女大学」 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それでも一郎は楽しかった。目の前に明るい顔をしている友達の妹の心を、この頃になって、ようやくしっかりと捉えてしまった確信があった。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
その技術もようやく進歩したからこのたび使節がワシントンに行くに付き、日本の軍艦もサンフランシスコまで航海とこういう訳で幕議一決……
咸臨丸その他 (新字新仮名) / 服部之総(著)
先刻さっきからまちあぐんでいた富士が、ようやくいま雲から半身を表わしたのだ。昨夜の時雨で、山はもう完全にまっ白になっていた。
青年僧と叡山の老爺 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
結婚後は子供こどもが出来たり家政の事に追われたりしてなかなか思うように勉強も出来ないと段々説き付けてようやくお代先生の両親を納得させた。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ようやく老境に入りかけたせいか近来は夏がなかなか苦しい、殊に暑さとに攻められて著作をするというようなことは気がれてたまらない
封を切ってみると枯淡な達筆で墨の色も鮮かに書かれてあるのが、却って小村には読辛かったがようやく辿り読むとこうであった。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
後から考えると、私はこの時から、この画家の人柄やその文章の真実性などに対し、ようやく疑惑をち始めたもののようである。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
各国の為政家も、人民も、今やようやく覚醒せんとしつつある。思うに軍備制限を実現し得るの時期も決して遠くはないであろう。
世界平和の趨勢 (新字新仮名) / 大隈重信(著)