渦巻うずま)” の例文
旧字:渦卷
奥筋の方から渦巻うずまき流れて来る木曾川の水は青緑の色に光って、かわいたりぬれたりしている無数の白い花崗石みかげいしの間におどっていた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
単調な船旅にあき果てて、したたか刺激に飢えた男の群れは、この二人ふたりの女性を中心にして知らず知らず渦巻うずまきのようにめぐっていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
おりしく、そのばんに、ひどいあらしがいて、うみなかは、さながら渦巻うずまきかえるようにられたのでした。家族かぞくのものは心配しんぱいしました。
一本の銀の針 (新字新仮名) / 小川未明(著)
日中には、何千となき白いちょうがそこに逃げ込んできた、そしてこの生ある夏の雪が木陰に翩々へんぺん渦巻うずまくのは、いかにもきよい光景であった。
重ね重ねの不思議に姫は全く狐につままれた形で、ぼんやりと突立って見ていると、その内に又もや風が一しきり渦巻うずまって
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
彼はいながら岩の上に降りて来ると、弓杖ゆんづえついてくずれた角髪みずらをかき上げながら、渦巻うずまつる刺青ほりものを描いた唇を泉につけた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
現存の正倉院しょうそういん御物と万葉集と仏教美術を想起しただけでも驚くべきであろう。そこにはあらゆる美と荘厳と、また悪徳の深淵しんえん渦巻うずまいていた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
お前は渦巻うずまきつつ落ちて行く者どもを恐れとあわれみとをもってながめながら、自分も思い切って飛込もうか、どうしようかと躊躇ちゅうちょしているのだな。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
草も木も昆虫こんちゅうも、多数の生物は、空中に渦巻うずまきのぼる生命の大火炎のひらめく言葉であった。すべてが喜びに叫んでいた。
その文句を見た瞬間しゅんかん、次郎は、眼のまえにほのお渦巻うずまくような気がして、しばらくはつぎの文字を見ることができなかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
すさまじい電光でんこう雷鳴らいめいと黒雲との渦巻うずまいた中に、金の日の丸がぴかりと光っただけで、後は何にもわかりませんでした。
雷神の珠 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
小舟は空を突くかと波の小山の頂上へ乗り上げ、次の瞬間には、暗闇の地獄の底へと逆落さかおとしだ。小山の中腹に突入すれば、上下左右ただ渦巻うずまく水であった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
まゆこがす火のごとく思い出した。くるう風と渦巻うずまなみもてあそばれつつある彼らの宿が想像の眼にありありと浮んだ。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは今にもほとばしり出ようとする勢力エネルギーが内部に渦巻うずまいている事を感じさせる。突然火花の放出が始まる。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あるいは動いているために、一層光が強いのだと云ってもよい。其処が海の中心であって、其処から潮が渦巻うずまき上るために、海が一面に膨れ出すのかも知れない。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一度に狺々ぎんぎんの声をあげながら、見る間に彼を、その生きて動く、なまぐさい毛皮の渦巻うずまきの中へ巻きこんだ。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あてたる如くに狭く堅く引締められ下の方に行くに従ひて次第にゆるく足元に至りて水の如くに流れ渦巻うずまきたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それでいながら、たとえば、舷側げんそくきあがり、渦巻うずまき、泡だっては消えてゆく、太平洋の水のとおる淡青さに、生命もらぬ、と思う、はかない気持もあった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そこには、小さなすきとおる渦巻うずまきのようなものが、ついついと、のぼったりおりたりしているのでした。タネリは、また口のなかで、きゅうくつそうに云いました。
濁流の渦巻うずまく政界から次第に孤立して終にピューリタニックの使命にかくれるようになったは畢竟ひっきょうこの潔癖のためであった。が、ドウしてYに対してのみ寛大であったろう。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そこでそのくる日は、朝早あさはやくからきて、また川へ出てみますと、まあどうでしょう、じつにりっぱなはしが、何丈なんじょうというたかさに、みず渦巻うずま逆巻さかまながれている大川おおかわの上に
鬼六 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
辰弥は浴室にと宿の浴衣ゆかた着更きかえ、広き母屋おもやの廊下に立ち出でたる向うより、湯気の渦巻うずま濡手拭ぬれてぬぐいに、玉を延べたる首筋を拭いながら、階段のもとへと行違いに帰る人あり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
わが身はすぐ後にひたと寄添ってすすみ渦巻うずまく激流を乗り切って、難儀の末にようやく岸ちかくなり少しく安堵あんどせし折も折、丹三郎いささかの横浪をかぶって馬のくらくつがえり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なぜなら、私にもその頃何かしらわけのわからぬものへのあこがれが渦巻うずまいていたからだった。
マデレンのくろずんだ巨大な寺院じいんを背景として一日中自動車の洪水こうずい渦巻うずまいているプラス・ド・マデレンの一隅かたすみにクラシックな品位を保ってつつましく存在するレストラン・ラルウ
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
冬の曲となれば、雪空に白鳥の群れ渦巻うずまき、あられはぱらぱらと、嬉々ききとして枝を打つ。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
風邪気かぜけで熱のある頭の重たさに悩んでいたのだが、そんな気持は消えてしまって、はげしく動悸どうきのする胸を押えてたたずんでいた。彼の頭には、下敷になった二人の事ばかりが渦巻うずまいていた。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
日ごとに渦巻うずまく戦乱騒ぎの流言りゅうげんと不安に動揺していたが、しかし、まだまだ江戸の子女の胸には、長い伝統と教養が育てた旗本公子という名前が、ひそやかなあこがれとなっていたとみえて
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
頭巾ずきん黒く、外套がいとう黒く、おもておおひ、身躰からだを包みて、長靴を穿うがちたるが、わずかこうべを動かして、きっとその感謝状に眼を注ぎつ。こまやかなる一脈いちみゃくの煙はかれ唇辺くちびるめて渦巻うずまきつつ葉巻はまきかおり高かりけり。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
半蔵は腕を組んでしまって、渦巻うずまく世相を夢のようにながめながら、照りのつよい日のあたった南向きの障子のわきにすわりつづけた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かぜかれて、は、その周囲まわり渦巻うずまいていました。しかし、すわっているひとは、じっとしてうごきませんでした。
幸福のはさみ (新字新仮名) / 小川未明(著)
それは薄れゆく霧を突き破って真直ぐに立ち昇り、渦巻うずまきながら円を開いて拡げたつばさのようにだんだんと空を領している煙であった。彼女は立ち上った。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
パリーは実にすべてをのみつくす大きな渦巻きで、一度そこに陥ればすべてのものが、海の渦巻きに吸わるるごとく世の渦巻うずまきの中に姿を消してしまう。
たとえようのない事件が彼女を中心にして渦巻うずまき起って、遂に今度のような物凄い破局に陥ったのであった。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いつもならば夕凪ゆうなぎの蒸暑く重苦しい時刻であるが、今夜は妙に湿っぽい冷たい風が、一しきり二しきり堤下の桑畑から渦巻うずまいては、暗い床の間の掛物をあおる。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鬼の国から吹き上げる風が石の壁のを通ってささやかなカンテラをあおるからたださえ暗いへやの天井も四隅よすみ煤色すすいろ油煙ゆえん渦巻うずまいて動いているように見える。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
電灯の光も見えないほどに頭の中が暗い渦巻うずまきでいっぱいになった。えゝ、いっその事死んでくれ。この血祭りで倉地が自分にはっきりつながれてしまわないとだれがいえよう。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
たとえばアンドロメダにもオリオンにも猟犬座りょうけんざにもみんなあります。猟犬座のは渦巻うずまきです。それから環状星雲リングネビュラというのもあります。魚の口の形ですから魚口星雲フィッシュマウスネビュラとも云いますね。
土神ときつね (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その間に住吉川の氾濫はんらんの状況がやや伝わって来て、国道の田中から以西は全部大河のようになって濁流が渦巻うずまいていること、従って野寄、横屋、青木おおぎ等が最も悲惨であるらしいこと
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
頭の中にはあらゆるものが渦巻うずまいていた。宗教、道徳、芸術、全生命、すべてを彼は一時に吟味していた。かくあらゆるものに思想を分散させるのに、なんらの秩序もなくなんらの様式もなかった。
それに荷担した大名有司らが謹慎や蟄居ちっきょを命ぜられたばかりでなく、強い圧迫は京都を中心に渦巻うずまき始めた新興勢力の苗床なえどこにまで及んで行った。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
太陽たいようは、あかく、がたになるとうみのかなたにしずみました。そのとき、ほのおのようにえるくも地平線ちへいせん渦巻うずまいていました。
明るき世界へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
恐ろしい風の強い日で空にはちぎれた雲が飛んでいるので、仰いで見ているとこの神像が空を駆けるように見えました。辻の広場にはちりや紙切れが渦巻うずまいていました。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
教会堂でしかつめらしくしてるのもよいが、弥撒みさがすんだら、新婦のまわりに夢の渦巻うずまきを起こさしてやるがいい。結婚は堂々としていてしかも放恣ほうしでなくちゃいかん。
「今に落としてやる」と圭さんは薄黒く渦巻うずまく煙りを仰いで、草鞋足わらじあしをうんと踏張ふんばった。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
不思議な感情の渦巻うずまきの中に心を浸していたが、木村が一人ひとりではいって来たのに気づくと、始めて弱々しく横向きに寝なおって、二の腕まで袖口そでぐちのまくれたまっ白な手をさし延べて
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その時、対岸の芒の中から、逃げ込んだ耶馬台の兵の一団が、再び勢いを盛り返して進んで来た。と、三方から包まれた奴国の密集団は渦巻うずまきながら、耶馬台の軍の右翼となった大団の中へ殺倒した。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ゆけないこともあるまいが、なにしろとおい。そのしまわたるまでにはおそろしいかぜいているところがある。また、大波おおなみ渦巻うずまいているところがある。
明るき世界へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
早い朝のことで、大江戸はまだ眠りからさめきらないかのようである。ちょうど、渦巻うずまき流れて来る隅田川の水に乗って、川上の方角から橋の下へくだって来る川船があった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一日大雨がふって霧が渦巻うずまき、仕事も何もできないので、みんな小屋にこもって寝ていた時、藤野の手帳が自分のそばに落ちていたのをなんの気なしに取り上げて開いて見たら
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)