もり)” の例文
「こっちの庭はダメ。ピカ一さんがどこかでビールをラッパのみにしている筈だから。こっちの方から、ブナのもりへでましょうよ」
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
森閑とした通りを、お初は、小刻みに、走るようにいそいだが、そのうちに、めっきりあたりが淋しくなって、田圃や、もりつづきとなる。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
向こうには馬籠の万福寺のもりが見える。そのはたけの間まで行って、しばらく正香と半蔵とはあとから話し話し歩いて来る景蔵らを待った。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
見えない程にも身延みのぶのお山につづく街道は、谷も霧、もりも霧、目路の限り夢色にぼうッとぼかされて只いち面の濃い朝霧でした。
私共の家は動物園のぐ隣りのもりの中にございまして、その失踪しました十月三十日の朝八時半に父はいつものように出て行ったのです。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
岩——の士族屋敷もこの日はそのために多少の談話と笑声しょうせいとを増し、日常ひごろさびしい杉のもり付近までが何となく平時ふだんちがっていた。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ぽつんと一つ黒子ほくろを打った様になった頃、俥は野のはてに近い小学校と、鎮守様のもりの間へとうとう隠れて仕舞ったのである。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
古代では、神は、もりや山に祀られた。此に対しては、反対論もあるが、三輪の神も社がなく、人によつては諏訪明神も、社がなかつたと言ふ。
古代人の思考の基礎 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
この近くにある、「もののふの磐瀬のもりの霍公鳥いまも鳴かぬか山のと陰に」(巻八・一四七〇)でも内容が似ているが、これも呑気である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そして四辺あたりの杉木立や、ならくぬぎかえで、栗等の雑木のもりが、静かな池の面にその姿を落として、池一杯に緑を溶かしている。
首を失った蜻蛉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
やおら青年はち上らんとする時、悲しき、嬉しき歌の声はもり彼方かなたに聞える。彼は耳を澄まして、じっと彼方を見詰めた。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「かしこまりました。」強い兵曹長はその死骸をげ、烏の大尉はじぶんのもりの方に飛びはじめ十八隻はしたがひました。
烏の北斗七星 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
落花を踏み朧月おぼろづきに乗じて所々を巡礼したが、春日かすが山の風景、三笠のもりの夜色、感慨に堪えざるものがあったといっている。
家を出でゝ程久しきに、母も弟も還ること遅し、鴉はもりに急げども、帰らぬ人の影は破れしのき夕陽ゆふひ照光ひかりにうつらず。
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
彼の頭には村はずれを流れている大川の早瀬が想い浮び、杉のもりの裏にある沼のよどんだ蒼黒あおぐろい水が見えるように思った。
日本婦道記:二十三年 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
このガマズミは浅山または丘岡またあるいは原野にも生じている落葉灌木で、我邦の諸州に普通に見られ、神社のもりなどにはよくそれが生じている。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
花曇りの空は暮れ早く、不忍池しのばずのいけの水面には、花明りの處々した上野のもりからかけて、蒼茫たる色に蔽はれながら、博覽會の裝飾電燈を夢のやうに映してゐた。
受験生の手記 (旧字旧仮名) / 久米正雄(著)
品川、大森と思える方の雪のもりは、はてしない海に続いている。遠く上総の洲崎は煙っている。いま、同志がおりて行く男坂には、もう雪が四、五寸も積もった。
『七面鳥』と『忘れ褌』 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
常陸ひたち青柳あおやぎという村の近くには、泉のもりというお社があって、そこの清水も人馬の足音を聞けば、湧き返ること煮え湯のようであるといい、それで活き水と呼び
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
泉邸のもりも少しずつ燃えていた。夜になってこの辺まで燃え移って来るといけないし、明るいうちに向岸の方へ渡りたかった。が、そこいらには渡舟も見あたらなかった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
緑樹の中を流れるダニューブ河や、もりや牧場の姿は、照りかげる光の中で麗しく静だった。すると、そのとき、黙っていたヨハンはステッキの曲った把手とってから顔を上げて
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
いつしか高畠たかばたけもりを過ぎて、鶴飼橋の支柱が、夜目にそれと見える様になつた。急に高まつた川瀬の音が、静かな、そして平かな心の底に、妙にシンミリした響きを伝へる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
らちを越えるというのでもなく、行きては止まり、歩みては戻り、みちの窮まらんとするところでは、もりを横ぎり、水のはばむところでは、これをめぐって、行きつ戻りつしていたが
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なぎさというところから、馬車に乗った、馬車は埃で煙ッぽくなってる一本道を走る、この辺の農家によくある、平ったい屋根と、白い壁が、青々としたもりの中へ吸い込まれもせずに
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
一月の二十日過ぎにはもうよほど春めいてぬるい微風そよかぜが吹き、六条院の庭の梅も盛りになっていった。そのほかの花も木も明日の約されたような力が見えて、もりかすみ渡っていた。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
月の光にかげくらき、もりの繁みをとほして、かすかに燈のひかり見ゆるは、げにりし庵室と覺しく、隣家とても有らざれば、げきとして死せるが如き夜陰の靜けさに、振鈴しんれいひゞきさやかに聞ゆるは
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
近い例証ためしが十年前の支那の戦争で、村から取られた兵隊が一人死にましたが、ヤア村のほまれになるなんて、鎮守のもりに大きな石碑建てて、役人など多勢来て、大金使つて、大騒ぎして
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
すると、いつの間にかくろずんだ春日のもりにのつそりと大きな月があがつてゐた。
無学なお月様 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
上野うへの汽車きしや最後さいご停車場ステエシヨンたつすれば、碓氷峠うすひたうげ馬車ばしやられ、ふたゝ汽車きしやにて直江津なほえつたつし、海路かいろ一文字いちもんじ伏木ふしきいたれば、腕車わんしやせん富山とやまおもむき、四十物町あへものちやうとほけて、町盡まちはづれもりくゞらば
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
摂津の石山本願寺の地は、後に、大坂城の本丸となった難波なにわもりの岡にある。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其の秋から、かつてはあなたと私との愛を語りあった上野のもりは、今度は私とすえ子の愛を語るところとなったのでした。はじめて異性を愛することを知った私は凡てを捧げて彼女を愛しました。
悪魔の弟子 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
出はづれの阪道に瀧あり明神のもり心地もすゞしく茂りたり瀧の流に水車みづぐるま
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
そこで彼は、父が帰る時間まで、鎮守ちんじゅもりにかくれていることにした。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
大木は地のさかえである。彼の周囲に千年の古木こぼくは無い。甲州の山鏈さんれんを突破する二本松と、豪農の杉の森の外、木らしい木は、北の方三丁ばかり畑をへだてゝけやきもりの大欅が亭々と天を摩してそびえて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
一昨日とやら御こしなされまして富士の根方廻はりが二三日掛ると仰られましたから今日あたりは三島で御座りませうと云を聞と等く藤八は又々それいそげと聲をかけるに雲助ども合點がつてんと駕籠舁上かきあぐれば木枯こがらしもり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それとり、たちまちのうちにもりしげみへ。
彼女はまた昔の人ののこした歌になぞらえて、上野のもりにからすのかない日はあっても君を恋しく思わない日はないとも書いてあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おおもり先生。先生がこうしてあたしの傍にいつもいつも居てくださるなんて、まるで夢のように思うわ。ああほんとに夢としか考えられないわ
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
目をあげると、東の方春日のもりは、谷陰になって、ここからは見えぬが、御蓋みかさ山・高円たかまど山一帯、頂が晴れて、すばらしい春日和はるびよりになって居た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「かしこまりました。」強い兵曹長はその死骸をげ、烏の大尉はじぶんのもりの方に飛びはじめ十八隻はしたがいました。
烏の北斗七星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
秋の夕暮のもりの景色や、冬枯ふゆがれ野辺の景色や、なんでも沈鬱ちんうつな景色が幻のように見えるかと思うとたちまち消えてしまう。
しかるに、ただ一人ひとり、『杉のもりのひげ』とあだ名せられて本名は並木善兵衛なみきぜんべえという老人のみが次のごとくに言った。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
上野のもりでは、すでにオナジミの極めてありふれた日本の一現象にすぎないのかも知れないが、センバン工王子君五郎という、決して女性的ではなく
日月様 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
雪之丞、だしぬけに、不思議なしわがれごえのつぶやきを耳にして、暗々たるもりの中に、ハッと立ちすくんでしまった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
今の多賀・井手あたりであろうという説をたて、他の歌例に、「山城のいづみの小菅」、「山城の石田いはたもり」などあるのを参考し、「山城のたかの槻村」だとした。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ところが、芝公園のもりの中に蒼然と古典を語る霊廟を、そのまま博覧会に出品物として内外人の眼に展したなら、これほど深い意味を生ずるものは他にあるまい。
増上寺物語 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
土地の語音でミチャリオーンと呼んだ神のもりの名にるもので、必ずしも部落が三つあったわけではなかったらしく、少なくとも郷帳では一村の名となっている。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「たけだけしいことを申すでない。ひと事らしゅう女犯の罪なぞと申さば裏のもりふくろうわらおうぞ」
真鳥まとり卯名手うなて神社もりのすがのみをきぬけきせむこもがも」なるこの歌の意はすがという一種の植物が卯名手(奈良県大和の国高市郡金橋村かなばしむら雲梯うなて)の神社のもりに生えていて
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
すると、いつの間にかくろずんだ春日のもりにのつそりと大きな月があがつてゐた。