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蟹は、このになってもまだじぶんの運命をなんとかして打開だかいしようとでもいうように、せまいかごの中をがさごそいまわっていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
のう、瀧口殿、最早もはや世に浮ぶ瀬もなき此身、今更しむべき譽もなければ、誰れに恥づべき名もあらず、重景が一懺悔ざんげ聞き給へ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「情けないお覚悟、このになっても、まだ信長の心がおわかりになりませぬか。信長はあきらかに、あなたを攻めに参ったのです」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
異にせんとしている。人のまさに死なんとするやその云うところよしと云う。このに及んで申すことあらば、いざすみやかに申すがよい
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
噛んでも噛んでも、三で十を割るごとく尽未来際方じんみらいざいかたのつくはあるまいと思われた。この煩悶はんもんの際吾輩は覚えず第二の真理に逢着ほうちゃくした。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでいながら、俺にはまだ死ぬ覚悟がつかない——このに及んで、この土壇場どたんばのぞんで! 俺はいったいどうしたらいいのだ?
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
もう何もしゃべるまいぞという信号だった。このにのぞんで、これ以上、隊長に気をつかわせることは、よくないと気がついたからである。
地底戦車の怪人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
源兵衛『此のになって、のんきらしい………。早うこの首うって三井寺へ駆けつけさっしゃれ』(片膝つき右の手で頸を叩く)
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あの有様は未だにこの眼の底に焼きついております。いいえ、一生涯この眼から消え失せるのあろうことではございますまい。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
「黙れ、五月蠅うるさい! 自分が間抜けだから、そういう目に遭ったのだ! ツベコベ騒ぐな! なんだ、このになって見苦しい」
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
おやのいいつけをそむいたればこそこんな仕儀になったではないか、このにおよんであのうそつきの信長になんの遠慮をすることがある
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
千の苦艱くげんもとよりしたるを、なかなかかかるゆたかなる信用と、かかるあたたか憐愍れんみんとをかうむらんは、羝羊ていようを得んとよりも彼は望まざりしなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そののがれられぬを観じて神妙にお縄をちょうだいしたらどうだッ! このにおよんで無益の腕立ては、なんじの罪科ざいかを重らすのみだぞッ!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大した金でもなかったが、このになって彼はそれが惜しくなった。預り証もちょうど紙入れのなかにあった。敷金は二カ月分残っていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
んとの、じゃァござんせんぜ。あのおよんで、垣根かきねくび突込つっこむなんざ、なさけなすぎて、なみだるじゃァござんせんか」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そんな問答が取り交されている間、二人の悪漢は、未練千万にも、このに及んで、繩をかけられまいともがき廻っていた。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
このに及んでも、彼は猶その主君の袖にかくれて、敵味方の迫害を逃がれようとするのであった。師泰もそれに同意した。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
母は六十にして既に老いたれど、身は万里を超えて遠く行かんとするので、再会のし難きをおもい、逆修ぎゃくしゅの植善を為さんとするのであった。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
……それから、もう何年になるでしょう。……そして、このになって、思いがけなく落葉松にかこまれた池のそばでその俤に出逢ったのです。
我はする所あるに非ずして、ポルタ、ピアの傍に立ち、目を四井街クワトロ、フオンタネの方に注ぎつ。されど我は猶心にはゞかりて、尼寺の門に到ることを果さゞりき。
このに臨んでも、自棄酒やけざけが手伝うせいもあるでしょうが、捨鉢な洒落しゃれを言っております。次の駄菓子屋は留守。——
何事も一生たった一度という「一」の体験さとりに生きている、あの菩薩の生活態度は、まさしくこの間の消息を、雄弁に物語っておると思います。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
懐旧の恨は天長地久もただならず、此恨このうらみ綿々絶ゆるなしと雖も、冥土人間じんかん既に処をことにすれば、旧を懐うの人情を以て今に処するの人事を妨ぐ可らず。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
湯はふねの四方にあぶれおつ、こゝをもつて此ぬるからずあつからず、天こうくわつくる時なければ人作じんさくの湯もつくなし、見るにも清潔せいけつなる事いふべからず。
「お黙りなさい、このに及んでも、まだ白ばっくれると仰有るなら、これ、誰か、西光の自白調書を、これへ」
見ろ、ペトゥロー、お主はちやうどいい時に間にあつただぞ、明日あしたはイワン・クパーラぢや! 一年のうち今夜ひと晩だけ、わらびに花が咲くのぢや。この
いと浅からぬ御恵みめぐみもて、婢女の罪と苦痛を除き、このにおよび、慈悲の御使おんつかいとして、わらべつかわし玉いし事と深く信じて疑わず、いといとかしこみ謝し奉る
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
「さあ、くじをお引き、島原の舞子こどもともあろうものが、このに及んで、お化けにうしろを見せてはどむならん」
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とまれ文角ぬし、和殿わどのが言葉にせめられて、今こそ一の思ひ出に、聴水物語り候べし。黄金ぬしも聞き給へ
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「これ、このになって、お前がいくら、なんといっても、わしはもう容赦ようしゃしない。さあ、覚悟をせい!」
死体蝋燭 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
殿との、早々、御城おしろへお退しりぞきなされませ。拙者せっしゃ朝月あさづき先登せんとうつかまつります。朝月、一の大事、たのむぞ」
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
それと共にこの時代の北斎にはかへつて後年大成のに及んでしばしば吾人に不満足を与ふる支那画しながの感化いまだ甚しく顕著とならざる事を喜ばずんばあらず。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その跡をながめて文三はあきれた顔……「このはずしては……」と心附いて起ち上りてはみたが、まさか跡を慕ッてかれもせず、しおれて二階へ狐鼠々々こそこそと帰ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
仏様のお心にかなうことでございます。末期まつごの水は必ず善鸞様がおくみあそばさなくてはなりません。このに及んで私はもう何も申し上げることはございません。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
一筋の新しい進路は開けかかって来た、神の住居すまいも見えて来た、今は迷うところなくまッすぐにたどりさえすればいい、このに臨んで何を自分は躊躇ちゅうちょするのか、と。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いまわの際に少年は、刻下無意識になった恋人に対して、ために生命を致すその報酬を求めたのではない。繊弱小心の人の、知死の苦痛の幾分を慰めんとしたのである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もし又、万が一にも、そのに及んで満月が二人の切ないこころまず、売女ばいたらしい空文句を一言でもかしおって、吾儕われらを手玉に取りそうな気ぶりでも見せたなら最後の助。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
僕はかねてかくあるべしとしていたから、すらすらと読んで『これが何です』と叫んだ。
初恋 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
茶道に「一」という言葉があり、論語に、「あしたに道を聞かば夕べに死すとも可なり」
青年の思索のために (新字新仮名) / 下村湖人(著)
欠くるなき盈つるあらぬあめつちに在りて老いよともつくられぬ (秀を生みし時)
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
「ほんとうなんです。このに及んで何嘘を云うもんですか。ほんとうに知らないんです」
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「一の大事というような瀬戸際には、たいていの人間がたいていな事はするものですよ」
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
翁はそう心にしながら、とうとう秋山図を残したなり、潤州を去ることになりました。
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
石本君、生別又かねし死別時、僕は慇懃いんぎんに袖を引いて再逢のを問ひはせん。君も敢てまたその事を云ひ給ふな。たゞ別れるのだ。別れて君は郷国くにへ帰り、僕は遠い処へ行くまでだ。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼女には一生一のおもいをして、恋のためには、柳営りゅうえいの権威を冒し、生死の禁断を破り、父兄の死命を制するほどの大事になるに相違ないという予覚も物かは、その人ゆえに
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
申されるのじゃ。このに及んで武儀の頓着は一切無用じゃ。愚僧は、もはや分別をきわめ申した。御身を敵と思う妄念は一切断ち申す。もし、貴僧にお志あらば、亡父の後生菩提を
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
詩の贈答もして高麗人はもう日本の旅が終わろうとするに臨んで珍しい高貴の相を持つ人にったことは、今さらにこの国を離れがたくすることであるというような意味の作をした。
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
時に、多至波奈大郎女たちばなのおほいらつめ、悲哀嘆息し、かしこみて、天皇の前にまをしていはく、これまをさむはかしこしといへども、おもふ心み難し。我が大王おほきみが母王とするがごとく従遊したまひ、痛酷いたましきことし。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
このに及んでオツリの中からチップをとりわけて差出すことは益々もって嘲笑されるばかりであるから、もはやヤケクソの意気ごみでオツリを受け取ってしまうと、とたんに、思わず
遺恨 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「女将、すると明日の晩は、僕か君かということになるね。なにも、そんなに顫えることはないだろうよ。七つの海を股にかけたお勢ともあろうものが、このに及んで、なんというざまだ」
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)