かみ)” の例文
丁度これと同じ時刻、男は遠い常陸ひたちの国の屋形に、新しい妻と酒をんでゐた。妻は父の目がねにかなつた、この国のかみの娘だつた。
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「その通りだよ、親分、自分の本当の娘でないから、閑斎の海坊主、お澪を大旗本の何とかのかみめかけに差出すことを承知したんだ」
大工のかみ利武なんぞに懸け合われる筋もないことだ。申し分があれば、月番まで申して出い。掏摸の後押しをしたり、お妾の尻押しを
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「その中に、緋縅ひをどしよろひ着たる武者三人、網代あじろに流れて浮きぬ沈みぬゆられけるを——何とかのかみ見給ひて、かくぞ詠じ給ひける。」
武者窓日記 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
この年、平太清盛は、ふたたび昇って、安芸守あきのかみに任官した。父忠盛は、前からの播磨守はりまのかみだが、いまは、父子そろっての、かみである。
上総かずさかみだった父に伴なわれて、姉や継母などと一しょにあずまに下っていた少女が、京に帰って来たのは、まだ十三の秋だった。
姨捨 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
むつのかみ綱宗公は、おととし、万治元年九月に家督されてから、まる二年にもならぬのに、早くも御隠居ときめられたのですよ
かみの本宅のほうにも隠して住ませておくことはできたのであるが、そうしたみじめな起居おきふしはさせたくないとして別居をさせ始めたのであって
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
この二人は、侯爵こうしゃく津のかみが、参宮の、仮のやかたに催された、一調の番組を勤め済まして、あとを膝栗毛で帰る途中であった。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大抵たいてい喧嘩けんかは加藤しゃもじのかみから発生する、しゃもじがなぐられて巌に報告すると巌は復讐ふくしゅうしてくれるのである。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
家が今の信濃町の近所にあつて、学校から帰ると、かみ坂の横にある「乳屋の原」というのへ遊びにいつた。
田口益人たぐちのますひとが和銅元年上野国司かみつけぬのくにのつかさとなって赴任ふにんの途上駿河するが浄見きよみ埼を通って来た時の歌である。国司はかみすけじょうさかんともに通じていうが、ここは国守である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
よくやしなへとおほせによりてなへのころにいたり心をつくしてうゑつけけるに、鶴があたへしにかはらずよくひいでければ、くにかみへも奉りしとかたれり。
役所に遠いのを仮托かこつけに、猿楽町さるがくちょうの親の家を離れて四谷よつやかみの女の写真屋の二階に下宿した事もあった。神田の皆川町みながわちょう桶屋おけやの二階に同居した事もあった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
いろいろの式があつたあとで、山野やまの紀伊きいかみの家老を務めてゐたといふひげの白い老人が、殿様の代理で
硯箱と時計 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
しかも、これらの貴族豪族は、多くは前国司の位置にあつたかみとか、すけとかじようなどで、その任国に土着したもので、人望も厚く、各地に強力なる武士団を形成したのである。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
諸国のすけかみじようやは、騒乱を鎮める為に戮力りくりよくせねばならぬのであるが、元来が私闘で、其の情実を考へれば、あながち将門を片手落に対治すべき理があるやうにも思へぬから
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
坂井さかゐ道具屋だうぐや素性すじやうつてゐた。出入でいり八百屋やほや阿爺おやぢはなしによると、坂井さかゐいへ舊幕きうばくころなんとかのかみ名乘なのつたもので、この界隈かいわいでは一番いちばんふる門閥家もんばつかなのださうである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
太郎はまゆひそめて、「この国のかみの下司に、県の何某と云う人を聞かず、我家保正おさなればさる人の亡くなり給いしを聞えぬ事あらじを」と云っての太刀をくわしく見て驚いた。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
水野筑後ちくごかみ——あの人は二千石の知行ちぎょう取りだそうだが、きょうの御通行は十万石の格式だぜ。非常に破格な待遇さね。一足飛びに十万石の格式なんて、今まで聞いたこともない。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私の主人なんのかみという大名が登城とじょうの途中に、貴方あなたの馬に乗ってゆかれる姿勢を見、西洋のくらが面白い、まだ見たことがないから、どうか拝見したい、また乗人のりても見事に乗っている
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
父君の前をもよきにいひなし給へといふ。太郎まゆひそめて、あやし、此の国のかみ下司したづかさあがた何某なにがしと云ふ人を聞かず。我が家一六〇保正をさなればさる人のなくなり給ひしを聞えぬ事あらじを。
かくおもたせたまへとて、かみ迷惑氣めいわくげにもえずいざなふにぞ、それからんとてなつのさしりより、別室はなれざしき仮住かりずみ三月みつきばかりのしゝが、歸邸きてい今日けふいまなほのこ記臆きおくのもの二ツ
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
商館長のカロンのかみは、気味の悪いくらい達者な日本語で
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
国司こくしでも、郡司ぐんじでも、おれのまねは、よも出来まい。——その下の、かみでも、すけでも、じょうでも、さかんでも、みんなおれにお世辞をいってくるではないか
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
弓が上手で、のちにお城に、もののけがあって、国のかみ可恐おそろし変化へんげに悩まされた時、自から進んで出て、奥庭の大椿に向っていきなり矢をつがえた。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
初めはあの姫君の婿にと定められていたのに、かみの娘をもらってかばってもらおうという腹で、女にもでき上がっていない子供を細君にしたのですよ。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
父が或秋の除目じもく常陸ひたちかみに任ぜられた時には、むすめはいつか二十になっていた。女はこん度は母と共に京に居残って、父だけが任国に下ることになった。
姨捨 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
よくやしなへとおほせによりてなへのころにいたり心をつくしてうゑつけけるに、鶴があたへしにかはらずよくひいでければ、くにかみへも奉りしとかたれり。
武家も武家、なんとかのかみ御留守居おるすいで、一時は大名のような暮しもしたと、お滝は威張いばっていましたよ。
男の父は今度の除目ぢもくに、陸奥むつかみに任ぜられた。男もその為に雪の深い奥へ、一しよに下らねばならなかつた。勿論姫君と別れるのは、何よりも男には悲しかつた。
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
たしか明治二十四年頃であった、二葉亭は四谷よつやかみの女の写真屋の二階に下宿した事があった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
坂井は道具屋の素性すじょうをよく知っていた。出入でいりの八百屋の阿爺おやじの話によると、坂井の家は旧幕の頃何とかのかみと名乗ったもので、この界隈かいわいでは一番古い門閥家もんばつかなのだそうである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「同じく二十七日、安芸さまは妻木彦右衛門方へ出頭し、藩内仕置の件で、むつのかみお為筋に関する覚書を差出された。大井新右衛門は異議をとなえたが、島田出雲が受理したという」
法話の第二部は、昔の飯山の城主、松平遠江守の事蹟をたねに取つた。そも/\飯山が仏教の地と成つたは、斯の先祖の時代からである。火のやうなかみの宗教心は未だ年若な頃からして燃えた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
近来ちかごろ都の大臣殿おほいどの一六一御願ごぐわんの事みたしめ給ひて、一六二権現ごんげんにおほくの宝を奉り給ふ。さるに此の神宝かんだからども、一六三御宝蔵みたからぐらの中にてとみせしとて、一六四大宮司だいぐじより国のかみうつたへ出で給ふ。
「知つてゐます。山野やまの紀伊きいかみです。」
硯箱と時計 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
少将がくつろいでいる昼ごろに今ではかみの愛嬢の居室いまに使われている西座敷へ来て夫人は物蔭ものかげからのぞいた。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
おもうに、太平の世の国のかみが、隠れて民間に微行するのは、まつりごとを聞く時より、どんなにか得意であろう。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その日の夕ぐれ、丘の上にあるその館では、かみは郡司たちを相手にして酒を酌みかわしていた。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
貧しくても、さきには、地方のかみまで勤め、院の武者所をも預けられていた忠盛である。食うや食わずも承知のうえで、なお、仕えている家の子郎党は、つねに二、三十人はいた。
武士らこれをとりもたせて、怪しかりつる事どもをつばらに訴ふ。助も大宮司も妖怪もののけのなせる事をさとりて、豊雄をさいなむ事をゆるくす。されど二〇九当罪おもてつみまぬがれず、かみみたちにわたされて牢裏らうりつながる。
おもふに、太平の世の国のかみが、隠れて民間に微行びこうするのは、まつりごとを聞く時より、どんなにか得意であらう。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
女が、前の下野しもつけかみだった、二十も年上の男の後妻となったのは、それから程経ての事だった。
姨捨 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
真実ほんとうかみ(時方は出雲権守いずものごんのかみでもあった)さんの手紙を女房へ渡しに来るのさ」
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
あらたに通い出していた伊予いよかみの女の家で、懇ろに世話をせられていると、心のまめやかな男だっただけ、彼等を裏切らないためにも、男はつとめて前の妻のところからは遠ざかり
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
かみは、すこし微醺びくんを帯びたまま、郡司ぐんじが雪深いこしに下っている息子の自慢話などをしているのをききながら、折敷おしきや菓子などを運んでくる男女の下衆げすたちのなかに、一人の小がらな女に目をとめて
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)