いや)” の例文
グラチアの友の女は年若くて快い人柄ではあったが、それといっしょなのが彼にはいやだった。そしてその日もだめになってしまった。
「それ御覧な。そんなに、見たがるくせにして。それを、おいらが会いに行こうといえば、痩せ我慢して、いやに気取ってみたりして」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分のような九尺二間のあばらへ相応の家から来てくれてがあろうとも思わず、よしまた、あると仮定してうわかぶりするのはなおいや
「しかし前の部屋よりは、広くもあるし居心いごころいし、不足を云う理由はないんだから、——それとも何かいやな事があるのかい?」
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
終列車が着いてから間もなく、いつものように作業服の姿で来る彼を待っていた彼女には、それが何かしらいやな予感を投げつけた。
機関車 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「明るいうちから、御用聞が乘込んぢや、俵屋の旦那がいやがるのも無理はない、今晩、暗くなつてから、そつと覗いて見るとしようか」
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
弟の彼も鎌を持たされたり、苗を運ばされたりしたが、吾儘で気薄な彼は直ぐいやになり、疳癪かんしゃくを起してやめてしまうが例であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それに気が付いた時に妾がどんなに勢よく暴れ出したか……アラ又……笑っちゃいやって云うのに……ソレどころじゃなかったわよ
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
取柄とりえは利慾がまじらぬと云う点にそんするかも知れぬが、交らぬだけにその他の情緒じょうしょは常よりは余計に活動するだろう。それがいやだ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたし児心こどもごゝろにも、アレ先生せんせいいやかほをしたなトおもつてつたのは、まだモすこ種々いろんなことをいひあつてからそれからあとことで。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
毛氈の上へぐったりいやらしく寝崩れた儘、残り惜しそうに絢爛な着物の色を眺めたり、袖口をちゃらちゃらと振って見たりした。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いやですねえ、江戸で生れた者がこんな処に這入って、実に夫婦の情でいましたけれども、うなって見ると寂しくっていられませぬもの
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
父はいやな顔をしていることもあるが、どうかするとすっかり馬鹿にでも成ったように自分を見ている時もあると書いてよこした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さるゝもいやさに默止もだしれば駕籠舁かごかき共は夫婦に向ひもし旦那もどり駕籠ゆゑ御安直おやすく參りやす何卒どうぞのりなされといひけるに浪人夫婦は是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「ほんとにいやな人だっちゃない。あら、お前のくびのところに細長いあざがついているよ。いつたれたのだい、痛そうだねえ。」
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
酒呑さけのみを十把じっぱ一とからげにいやがっていた閑子をミネは思い出し、野村がそんな点でも窮屈だったのではないかと思ったりした。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ハヾトフは折々をり/\病氣びやうき同僚どうれう訪問はうもんするのは、自分じぶん義務ぎむるかのやうに、かれところ蒼蠅うるさる。かれはハヾトフがいやでならぬ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
なまけものの美術家に縁づいて、若い盛りをいやな借金取りのいいわけに過して来た話を、お庄は時々この女の口から聞かされた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
スヴィドリガイロフは明らかに、人に見られるのをいやがっているらしかった。彼は唇からパイプを離して、あわや今にも姿を隠そうとした。
官吏はどうかと云った人もあったが、役人と云うものは始めからいやだった。訳もわからないで無暗むやみに威張り散らすのが御役人だと思っていた。
枯菊の影 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
反抗がいやなら嫌で、もっといていればよかったろうと思われたに違いない。暴風も一過すれば必ず収まるものである。
けれどもそのときにピーボディーは旅籠屋の亭主に向って「無銭ただで泊まることはいやだ、何かさしてくれるならば泊まりたい」
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
りにお堂の下で踏んだものとしたら、そして和尚さんがお堂の下を見られるのをいやがっているとしたら、大いに怪しくなって来るじゃないか
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
やっと別れた帰り路に、「〆八は愛嬌あいきょうがあって、評判がいいのだよ」とお母様はおっしゃいましたが、私は何だかいやでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
その時代は人知の最も進まぬときである。ちょっと聞いて自分の心にはなはだいやに思う説でも、一応は聞くだけの度量をやしなうことをつとめたい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
はっと思って、「あら、私、いやよ、留針を落としてよ」と友達に言うでもなく言って、そのまま、ばたばたとかけ出した。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
それでなくても私が気にわんから一所に居たくても為方なしに別居していやな下宿屋までしているんだって言いふらしておいでになるんですから
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
甲田は黙つてそれを見てゐて、もう此学生と話してるのがいやになつた。うしてるうちに福富が帰つて了ふかも知れぬと思つた。すると学生は
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「あの客は渡り者ですよ、いつも餌屋の河岸にいて、何処の船でも空いたのをよって乗るいやな客です」といって喜ばない。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
芸術家として成功しているとは、旨く人形をならべて、踊らせているような処を言うのではあるまいか。その成功がいやだ。まとまっているのが嫌だ。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして吾ながら何といふ立派な英語を使つたものだらうと、ひとりで感心してゐたが、ふとそれが電車の掲示に似てゐるのを思つていやな気持がした。
わたし一人で、いやだったから断ると、無理に、そりゃしつこくさそうのでしょ。内田さんがいてくれたら、気が強いんですけれど、心細いのにね。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
モウそれはさん/″\な乱暴な話をして、大言壮語、至らざる所なしと云う中にも、いやらしい汚ない話と云うことは一寸ちょいとでもたことがない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それに、あの人の歌は、どこまでが芸術で、どこまでが生活なのか——あの生活がいやなのだとはどうしても思われない。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
特殊民の一部族にしゅくの者というのがあります。これはハチヤとか、茶筅ちゃせんとか、ささらとか、産所とかいう類のもので、比較的世間からいやがられませぬ。
じぶんがいやで今にも出ようとしているところを、人に、しかも同胞のひとりに、紹介推薦するということは、論理にも合わなければ、気も咎める。
「あなたは、仲々仮面を取りはずさないみたいよ。だから、私まで女史を意識しなきゃいけないみたいでいや。(早く生の彼を発見したいものだわ)」
華々しき瞬間 (新字新仮名) / 久坂葉子(著)
暑い日の海水浴は水の美しき誘惑には敵しがたいけれど、そのあとの皮膚の感触位いやなものはない。私は真夏でも熱い茶と熱い珈琲と温浴を愛する。
自分はふらふらと立ち上ってその妓の背後から肩を両手で抱くようにして、いやがるのを無理に頬辺へ接吻せっぷんしてやった。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
従って私は小学校を卒業して活版屋の小僧になると、なおさら気まずい村の青年達とは一緒に行動をするのがいやで、市内の工場労働者達の群にいた。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
「もう、そんな堅くるしいことは、おたがいによしましょう、私はこうした一人者のお婆さんですから、おいやでなけりゃこれからお朋友ともだちになりましょう」
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あゝいやだ/\と道端みちばた立木たちき夢中むちうよりかゝつて暫時しばらくそこにたちどまれば、わたるにやこわわたらねばと自分じぶんうたひしこゑそのまゝ何處どこともなくひゞいてるに
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一匹、二匹、三匹と数えていって、十匹まで数えたが、それからあとはいやになった。十匹以上、まだワンワンと居た。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
実は悠々たる行路の人なのです。しかしヂックは「おれは牧師ではない」というのがいやなのです。ヂックは非常な仁人とか義士とかに見えるでしょう。
お祖父さんに、散々いじめられて世の中の男が、いやになった私は、そう云う舞台の上に出て来る、昔の美しい男達を恋していたのかも分らなかったのよ。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
正直しやうぢきかうべかみ宿やどる——いやな思をしてかせぐよりは正直しやうぢきあそんでくらすが人間にんげん自然しぜんにしていのらずとてもかみまもらん。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
何處からと無くなまぐさいやうなどぶ泥臭どろくさいやうな一種いやな臭が通ツて來てかすかに鼻をつ……風早學士は、此の臭を人間の生活が醗酵はつかうする惡臭だと謂ツてゐた。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
誰だつて泥棒はきらひだけれども、それは泥棒が物を持つてゆくからといふのではない。誰もゐないときをねらつて、黙つてはいつて来るからいやなのである。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
で私はその二方ふたかたがれいれいとならべてまつってあるということについて、実に言うに言われぬいやな感じがいたしました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
しかし多分あなたは、その言葉を誤解していやな氣持になつたでせう。僕の意味は、人間的な愛情や同情が、あなたを最も強く支配するといふことです。