大蛇おろち)” の例文
「疑いぶかいなあ。いないっていってるのに。——ぼやぼやしてると、虎か大蛇おろち餌食えじきにされちまうぜ。はやくお帰りよ、おじさん」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は大蛇おろちのように息もつかずに飲んだ。そばに観ているお花は、だんだんに蒼ざめてゆく彼女の顔色に少しく不安をいだいて来た。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何故息をいたかといふと、こんな式位で噂に聞いた大蛇おろちの祟りが無事にけられるものか、うか疑はしかつたからである。
甚兵衛もそれにはこまりました。なにしろ相手あいて大蛇おろちですもの、へたなことをやれば、こちらが一呑ひとのみにされてしまうばかりです。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
木の上にんでいた大蛇おろちが、夜中よなかに、りょうしをのもうとおもって出てたのを、かしこいぬつけて、主人しゅじんこしてたすけようとしたのです。
忠義な犬 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
しかも、その壁に押しつけられたところは、大蛇おろちが兎を捕えたように、可憐の獲物を抱きすくめて、放すまじと、それにわだかまっている。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「おそらくご存知ではございますまい、江戸は両国の女太夫、大蛇おろち使いの組紐のお仙、宗三郎様の後を追い、御岳おんたけへ来たものでございます」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
見たこともない氷柱つららすだれのきに下がっており、銀の大蛇おろちのように朝の光線に輝いているのが、想像もしなかった偉観であった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ふくろのような声を発した。つら赭黒あかぐろく、きば白く、両の頬に胡桃くるみり、まなこ大蛇おろちの穴のごとく、額の幅約一尺にして、眉は栄螺さざえを並べたよう。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところを尊が救うて妻とした「その跡で稲田大蛇おろちを丸で呑み」さて産み出した子孫だから世々蛇を族霊としたはずである。
この海をわたるときユリは大蛇おろちよ、こわいでしょう。太ったゆっくりした大蛇を思うと、凄味がなくて笑えるばかりね。
ふり仰ぐと、乏しい灯の中に、断たれた綱はダラリと下がって大蛇おろちのように土間を這い、与三郎がそれを引摺って片付けようとしているのでした。
高志こし八俣やまた大蛇おろちの話も火山からふき出す熔岩流ようがんりゅうの光景を連想させるものである。「年ごとに来てうなる」というのは、噴火の間歇性かんけつせいを暗示する。
神話と地球物理学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
思いをとげたい一心を欺かれたうらみから、清姫というようよう十四になった小娘が生きながら魔性の大蛇おろちになって、この山へ男のあとを追って来たのだ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
いまは、ささやかなお宮ですが、その昔は非常に大きい神社だったそうで、なんだか、八岐やまた大蛇おろちの話に似ているようなところもあるではございませんか。
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
むきだしの痩せた身体を、いっぱいに埋めつくしていた、般若はんにゃ大蛇おろちの彫青に、見おぼえがある。四十年配だ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
みことのりのままに奉ると申しければこのおとめを湯津ゆづのつまくしに取りなし、みずらにさし八醞やみおりの酒を八つのふねにもりて待ちたもうに、はたしてかの大蛇おろち来たれり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
すると意外にも、ここにいる、櫛名田姫くしなだひめと云う一人娘を、高志こし大蛇おろちいけにえにしなければ、部落全体が一月ひとつきの内に、死に絶えるであろうと云う託宣たくせんがあった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もとは八人のむすめがおりましたのでございますが、その娘たちを、八俣やまた大蛇おろちと申しますおそろしい大じゃが、毎年出てきて、一人ずつ食べて行ってしまいまして
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
森の中の木々に大濤おおなみの渦を捲いて、ガサガサひどい音をさせる、遠くから見ると、大蛇おろちっているのかとおもう、かくて青々と心まで澄んだ水の傍まで来ては
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
維新史研究家だつた勝山孫弥といふ人の出してゐた「海国少年」といふ雑誌の短歌欄に投稿したもので「出雲なるの川上はそのむかし八頭やまた大蛇おろち住みけるところ」
老境なるかな (新字旧仮名) / 吉井勇(著)
と、早速老人を洞窟へ案内して、食べ残しの蝮蛇の頭五つに、毒除けの大蛇おろちの血を塗って与えると
猿飛佐助 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
これなるは、安房あわの国はのこぎり山に年ひさしく棲みなして作物を害し人畜をおびやかしたる大蛇おろち
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
鳥海ちようかいまた阿蘇あそ噴火ふんか大蛇おろちしば/\あらはれるのも、迷信めいしんからおこつた幻影げんえいほかならないのである。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
刈るも物うき雜草のしげみをたどりて裏手にめぐれば幾抱への松か枝大蛇おろちの中にのぞめる如くうねりて、下枝はぬるゝ古池のふかさいくばくぞ、むかしは東屋のたてりし處とて
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
山百合のマルタゴン、なん百となく頭をげて、強いかをりを放つ怪物くわいぶつ淺藍色うすあゐいろ多頭たとう大蛇おろち
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
素戔嗚の尊が稲田姫を八岐やまた大蛇おろちから救つた話はどこの国にもありさうな伝説である。
大へび小へび (新字旧仮名) / 片山広子(著)
田地が銅毒に侵されてからの一家の零落、肉身の離散を老人や婦人が田舎の飾なき言葉で語る。翁は例の大蛇おろちの如き眼球をいからして、『畜生野郎。泥棒野郎』と、破鐘われがねの如くに絶叫した。
大野人 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
『主ツて、お前、太い、太い、四斗樽のやうな大蛇おろちサ……』
花束 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
八俣やまた大蛇おろち
そして、後に疑いを残さぬように、朽木を流れの中へ突き落すと、パッと白い水煙をあげて、その丸木が大蛇おろちのように浮かんでゆく。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大蛇おろちの怪異という角書つのがきをつけて「児雷也豪傑ものがたり」という草双紙を芝神明前の和泉いずみ屋から出すと、これが果して大当りに当った。
自来也の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大蛇おろちは人形を見ると、それを生きた人間と思ったのでしょう、いきなり大きな鎌首かまくびをもたげて、おそろしいいきおいってきました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
胆吹の山には昔から、大蛇おろちがすんでいやはるさかい、毒気に触れるとどもならんによって、この大根おろしよばれると毒下しになりまんがな。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
よくも、悪くも、背中に大蛇おろち刺青ほりものがあって、白木屋で万引という題を出すと、同氏御裏方、御後室、いずれも鴨川家集の読人だから堪らない。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少くとも左様やって呼吸を封じて、突立っている瞬間だけは、人間を変じて木石とも為し、又、鼠とも大蛇おろちとも蛛蜘とも為ることが出来るのです。
赤格子九郎右衛門 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
棲家すみかの無くなつた大蛇おろちは、自然人間の胸に巣を組まねばならなくなつた。それからといふもの、和江村には従来これまで無かつた精神病者がどん/\出来出した。
それが主人しゅじんからなくって、かわいそうにころされてしまいましたが、主人しゅじんのためをおも一念いちねんくびのこって、んでいって、大蛇おろちをかみころしてしまったのです。
忠義な犬 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
物の本にある狐狸の業か、それとも、かわうそ大蛇おろちの怪か、いずれにしても、正面まともの人間とは思われません。
北欧の大蛇おろちも、東方南方の大蛇と性質同じく罪悪の主、隠財の守護にして、人が好物を獲るを遮る。
この少女はわが子なり奇稲田姫くしいなだひめという。さきに八箇やたりの少女あり年ごとに八岐やまた大蛇おろちのために呑まれて今このおとめまた呑まれんとすと申しければ、尊われにくれんやとのたまう。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「その高志こし大蛇おろちと云うのは、一体どんな怪物なのです。」「人のうわさを聞きますと、かしらと尾とが八つある、八つの谷にもわたるるくらい、大きなくちなわだとか申す事でございます。」
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
痩せさらばえた身体の全面に、彫青いれずみをほどこしている。胴巻と褌一つになってしまったのに、まるで青黒いシャツでも着ているように見えた。そして、その彫青は般若はんにゃ大蛇おろち
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ハワイとう火山かざんキラウエアからは女神めがみペレーのなみだ毛髮もうはつ採集さいしゆうせられ、鳥海山ちようかいさんいし矢尻やじり噴出ふんしゆつしたといはれてゐる。神話しんわにある八股やまた大蛇おろちごときもまた噴火ふんか關係かんけいあるものかもれぬ。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
命は、それを聞いて、じっと待ちかまえていらっしゃいますと、まもなく、二人が言ったように、大きな大きな八俣やまた大蛇おろちが、大きなまっかな目をぎらぎら光らして、のそのそと出て来ました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
ところが人形には、うす着物きものの下にくぎがいっぱい、とがったさきを外にけてつまっているのです。いくら大蛇おろちでもたまりません。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
お杉は無言で蝋燭をかざすと、深い岩穴の中腹かとも思われる所に、さながら大蛇おろちの眼の如き金色こんじき爛々の光を放つものが見えた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
火をく山から天に舞い上る大蛇おろちのような煙。高い山の雪の日に輝く銀の塔を磨いたような色。浅緑の深い色の空気。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そのおそろしい剛力ごうりきに、空井戸の車はわれて、すさまじく飛び、ふとい棕梠縄しゅろなわ大蛇おろちのごとくうねって血へどをいた影武者のからだにからみついた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あたまつてつたほのほ大蛇おろちは、黒蛇くろへびへんじてあまつさ胴中どうなかうねらして家々いへ/\きはじめたのである。それからさらつゞけ、ひろがりつゝちかづく。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)