ふさが)” の例文
うど——ん、という声を続けるところで急に咽喉のどふさがってしまったらしいから、せっかくの余韻よいん圧殺おしころされたような具合であります。
夢徳寺むとくじから弥勒菩薩みろくぼさつの金像を背負って出で来た貫一の行手に、またもや縞馬姿の刑事が立ちふさがったのには、さすがの貫一もぞっとした。
魑魅魍魎ちみもうりょう隊をなして、前途にふさがるとも覚しきに、よくにも一歩を移し得で、あわれ立竦たちすくみになりける時、二点の蛍光此方こなたを見向き、一喝して
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて寺の門の空には、ふさがった雲の間に、まばらな星影がちらつき出した。けれども甚太夫は塀に身を寄せて、執念しゅうねく兵衛を待ち続けた。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
まばゆく電燈のいた二等室の食堂に集って、皆から離別わかれを惜まれて見ると、遠い前途の思いが旅慣れない岸本の胸にふさがった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
見よわれらの都のその周圍まはりいかばかり廣きやを、見よわれらの席のふさがりて、この後こゝに待たるゝ民いかばかり數少きやを 一三〇—一三二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
その本堂を外から見ると四方形で中は全くふさがって居るように見えるですが、中には空間があって中庭から光線を導くようになって居るです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
... さすがの僕もその時ばかりははっと息の穴がふさがったかと思ったよ」「もう御やめになさいよ。気味きびの悪るい」と細君しきりにこわがっている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おかみさんから立退きを迫られて、宿さがしをしてみたが、周旋屋の紹介状を持って尋ねた先では、どの家でも既にふさがったようなことを云った。
早春 (新字新仮名) / 小山清(著)
「よし、我は兄に代って彼らを赦すであろう。」と反絵はいって遣戸の方へ出ようとすると、反耶は彼の前へふさがった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
先生の情的方面のことは多くこんな調子であった、こういうことを思いつづけると今でも胸のふさがるような心持になる。
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
払ひ退けようとすればするほど、眼の前にふさがる幻影を、今度は、ぢつと睨み据ゑた。そして、心の中で叫んだ。
花問答 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
しかるところ、もう八方ふさがつて遣繰やりくりは付きませず、いよいよ主人には知れますので、苦紛くるしまぎれに相場に手を出したのが怪我けがの元で、ちよろりと取られますと
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
このみち今は草木にふさがれてもとめがたしといへり。絶頂ぜつてうにも石にこくして苗場大権現なへばだいごんげんとあり、案内者は此石人作にあらず、天然の物といへり。俗伝なるべし。
金と引換ならまだしも、無償ただで、おれが金をかけて買つたものを取られてしまふのだ。彼は、いきふさがりかけたと感じた。そして、すこし、あわてたと思つた。
四人 (新字旧仮名) / 芥川多加志(著)
鳶頭の辰藏は、吊臺の上に掛けた油單ゆたんを引つ張つて、一生懸命、千兩箱を隱すと、番頭の源助はその前に立ちふさがつて、精一杯外から見通されるのを防ぎました。
そんなものが行く手に立ちふさがって、六人を待ちかまえていることに、まるっきり気をつかっていなかった。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ああ是れ皆此の身、此の横笛のせしわざやいばこそ當てね、可惜あたら武士を手に掛けしも同じ事。——思へば思ふほど、乙女心をとめごゝろむねふさがりてくより外にせんすべもなし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
県道筋に沿うたまばらな人家には点々と灯がみえ始めて、もう足許あしもとも暗かった。野づら一めんを轟轟ごうごううなっている風をまともに浴びると、呼吸いきふさがりそうだった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
いれ利足りそく何程なにほどにても出し申さんと云へば彦兵衞も氣の毒に思ひ我等も問屋の方ふさが不都合ふつがふなれども此譯このわけ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
吹く風は荒れくるい、息がふさがりそうであった。菱波立っている水の上には、大きい星が出ていた。河へ降りてゆく凸凹でこぼこの石道には、両側の雑草がたたきつけられている。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
且つ眼も小虫の為めにふさがり、十分に見る事能わざるを以て、小虫の此群集の内を脱せんとして、疾行して諸方に歩を転ずるも、其小虫の群集の内を脱する事能わず。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
こう独り言をいうと、急に胸がふさがって、熱い涙がぱらぱらと湧いた。太吉は心のうちでこう叫んだ。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
慄声ふるえごえで申しましたが、嬉涙うれしなみだに声ふさがあとは物をも云われず、さめ/″\とし襦袢じゅばんの袖で涙を拭いて居ります。想えば思わるゝで、重二郎も心嬉しく、せわ/\しながら。
「おれ様や! おやまア、こりゃ何ちゅう煙たいこっちゃいの、咽喉のどふさがって了うがいの。」
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
それが途方もない塊のような泪で、喉がいっぺんにふさがって、身体も折れ崩れるようであった。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「よろしゅうございます。じゃ、こちらの部屋をお貸しいたしましょう」とあらためて決心でもした様子でそれと背中合せの、さっきふさがっているといった奥の河沿いの部屋へ連れて行った。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「まあ誰ぞいの」と機を織っていた女が甲走かんばしった声を立てる。藁の男が入口に立ちふさがって、自分を見て笑いながら、じりじりとあとしざりをして、背中の藁を中へ押しこめているのである。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
一夜の暴風雪に家々の軒のまったくふさがったさまも見た。広く寒い港内にはどこからともなく流氷が集ってきて、何日も何日も、船も動かず波も立たぬ日があった。私は生れて初めて酒を飲んだ。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
甲板かんぱんに出ても、これまで群青ぐんじょうに、かがやいていたおだやかな海が、いまは暗緑色にふくれあがり、いちめんの白波が奔馬ほんばかすみのように、飛沫しぶきをあげ、荒れくるうのをみるのは、なにか、胸ふさがる思いでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
事あれば主人の馬前に立ちふさがって身命をなげうって戦い、平時には主人保護の下にわずかの田畑を作って、五穀成就ごこくじょうじゅを楽しんで、徹頭徹尾利害を共同にしていたから、たとい微々たる小名であっても
家の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
われは大統領ドオジエたち輪奐りんくわんの美をたづねて、その華麗を極めたるむなしき殿堂を經𢌞へめぐり、おそろしきいき地獄の圖ある鞠問所きくもんじよを觀き。われは彼四面皆ふさがりたる橋の、小舟通ふ溝渠の上に架せられたるを渡りぬ。
「八ぽうふさがりだね」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そこに立ってただ一人ながめていた婆さんがあった、その顔を見ると、ふさがったようになった細い目で、おや! といった。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
余の車は両君の間に介在して操縦すでに自由ならず、ただ前へ出られるばかりと思いたまえ、しかるに出られべき一方口が突然ふさがったと思いたまえ
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
このみち今は草木にふさがれてもとめがたしといへり。絶頂ぜつてうにも石にこくして苗場大権現なへばだいごんげんとあり、案内者は此石人作にあらず、天然の物といへり。俗伝なるべし。
何故、其口唇くちびるは言ひたいことも言はないで、堅くふさがつて、恐怖おそれ苦痛くるしみとで慄へて居るのであらう。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
偖彦三郎は橋本町一丁目家主八右衞門とたづねしに早速さつそくれければ八右衞門の家に行き對面たいめん致せしに八右衞門は彦兵衞のせがれ彦三郎ときゝむねふさがしばし言葉も出ざりしが漸々にかうべ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そうして、使部の膝から訶和郎の死体を抱きとると、入口にふさがった反絵の胸へ押しつけた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「来年はお前の運勢はよかぞな、今年はお前もお父さんも八方ふさがりだからね……」
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
道無きにくるしめる折、左右には水深く、崖高く、前にはづべからざる石のふさがりたるを、ぢてなかばに到りて進退きはまりつる、その石もこれなりけん、と肩はおのづそびえて、久くとどまるにへず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それが黒い髪の毛を帽の下からはみ出させて、火の消えたパイプをくはへながら、戸口に立ちふさがつてゐる有様は、どう見ても泥酔した通行人が戸まどひでもしたらしく思はれるのであつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
お町は其の様子を知って居りますから、暮方くれがたになると段々胸がふさがりまして、はら/\致し、文治郎の側に附いて居りました。つを打つと只今の十時でございますから、何所どこでも退けます。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
にゆッと顔を出したドテラの男が、いきなり、彼の前へ立ちふさがつて
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
露にそぼちてか、布衣ほいの袖重げに見え、足のはこびさながら醉へるが如し。今更いまさら思ひさだめし一念を吹きかへす世に秋風はなけれども、積り積りし浮世の義理に迫られ、胸は涙にふさがりて、月の光もおぼろなり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
立ちふさがつたのは、言ふ迄もなく錢形の平次です。
糠袋を頬張ほおばって、それが咽喉のどつまって、息がふさがって死んだのだ。どうやら手が届いて息を吹いたが。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
既に余裕ある小説を説明した以上は余裕なき小説も大概其意味が分ったはずであるが。一言にして云うとセッパ詰った小説を云うのである。息のふさがる様な小説を云うのである。
高浜虚子著『鶏頭』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
取る事出來ずと云ふをかたはらより一人が往手の道に立ちふさがいやなら否で宜事いゝことなりつかれるとがは少しもなし何でも荷物をかつがせてもらはにや成らぬとゆすり半分喧嘩けんくわ仕懸しかけに傳吉は何とか此場を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かの水面すゐめんつもりたる雪したよりとけこほりたる雪の力も水にちかきはよわくなり、ながれは雪にふさがれてせまくなりたるゆゑ水勢すゐせいます/\はげしく、陽気やうきて雪のやはらかなる下をくゞり、つゝみのきるゝがごとく