“柬埔塞”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
カンボチヤ50.0%
カンボジア50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
呂宋から柬埔塞(カンボチヤ)の町々を七年がかりで探し歩いたが、その結末は面白いというようなものではなく、そのうえ、帰国後、宗門(しゅうもん)の取調べで、あやうく火焙(あぶ)りになるところだった。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
助左衛門の所在をたずねると、柬埔塞(カンボチヤ)にいるはずだということで、アユチャにその年の冬まで滞在して、翌、慶長十九年の二月十八日、暹羅船(シャムせん)でバンコックを発ち、同、二十七日、柬埔塞に行った。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
即ち呂宋(ルソン)、媽港(マカオ)、安南、東京、占城(チャンパ)、柬埔塞(カンボジア)、暹羅(シャム)、太泥(パタニ)等と貿易をしたのは相当旧くからであるが、それらの国々へ渡航する船舶に対し、官許の免許状(朱印)を与えて