つばき)” の例文
「先刻から見て居ると、ひたひつばきを附けたり、足の親指を曲げたり、色々細工をして居るやうだが、行儀をよくするのも樂ぢやないね」
それより他邦にきて一老人の養子となる。この養子つばきはくごとに金を吐く、老人その金を国王に呈し、王女を養子にめあわさんと願う。
そして議員中ある者どもはイエスにつばきし、またその顔をおおい、拳にてうちなどし始めて、「誰がうったか預言せよ」とあざけりました。
一時は、っとして、門につばきして去ろうとまで思ったが、武蔵は、そう解釈して、寝ころんでいた。かぞえても幾人もない親類である。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上野の停車場ステーションで汽車へ乗って、ピューッと汽笛が鳴って汽車が動きだすと僕は窓から頭を出して東京の方へ向いてつばきを吐きかけたもんだ。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
と云ったは云ったが、流石さすがに老練なアナウンサーも、これから放送しようとする事項の重大性を考えて、そこでゴクリとつばきみこんだ。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
黒吉は、又そこでも受付の時と同じように口のつばきが枯れてしまうのではないか、と思われるほど哀願しなければならなかった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
何よりも本質的なる、詩的精神そのものが冒涜ぼうとくされ、一切の意味で「詩」という言葉が、不潔につばきかけられているのである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
己はつばきを一つして、荒々しい声で辻馬車を呼んで、それに飛び乗つて内へ帰つた。そして直ぐに着物を脱いで床に這入つた。
これがき近所の車夫の看板から、今しがた煙草を吸って、酒粘さけねばりのつばきを吐いた火の着いていたやつじゃございますまいか。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
再びかえって来はしないぞ、今日こそ心地こころもちだとひとり心で喜び、後向うしろむつばきして颯々さっさつ足早あしばやにかけ出したのは今でも覚えて居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
尊王賤覇なおなり、彼らのある者は遂に幕府を倒して、王政に復古せんと欲し、手につばきして動乱の風雲を飛ばさんと試みたるものすらありき。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ことに彼は不幸なる弱者が無慈悲なる強者のために非道の圧制に苦しむを見る時は、憤然としておのれがおもてつばきせられたるがごとくに嚇怒する。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
我も自殺を卑んだ一人である、自殺の記事を見てはいつもつばきののしった一人である。しかるに今になっては、我自身が自殺しようとする、妙ではないか。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
しかれども、いかなる勁敵けいてきたりとも、ごうも恐るるに足らざることなれば、これより手につばきして、唯物論者のとるところの無心論を退治してやりましょう。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「フン、まだあるのか」と熊城は、つばきで濡れたたばことともに、吐き出すように云った。「もう角笛や鎖帷子かたびらは、先刻さっき人殺し鍛冶屋ヴェンヴェヌート・チェリニで終りかと思ったがね」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
炉はそれが嬉しいと見えて、ゆうべ市長さんの代替かはりの祝に打つた大砲のやうな音をさせてゐる。それから婆あさんは指をつばきで濡らして、蝋燭の心を切つた。
彼は首をふると、ちょうどまん中にいた趙司晨の顔の上につばきがはねかかった。この一言に皆の者はぞっとした。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
乃公がしまいに小刀をほうり出して、つうつうと血のつばきを吐いたら、二人は「ざまあ見やがれ」と言って逃げ出した。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
六十に近い七兵衛老爺じじいが手につばきして奮然とつを見ては、若い者共も黙ってはられぬ。皆口々に、「老爺じいさんは危ねえ、私等わしらが行く。」と、さえぎとどめた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
カッとお宮の横着そうな面につばきを吐きかけて、横素頬よこずっぽうを三つ四つ張り飛ばして、そのまま思いきろうと咽喉のどまで出しかけた痰唾たんつばをぐっと押えてまたみ込み
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「あてか、さよか、よろしい。」と、自称美術家のパトロン、M老人、つるりとつばきに筆のさき、薄墨で蚯蚓きゅういん流。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「そんなに、人を嘲るもんじゃないよ。天につばきして、自分で自分の顔を、汚すことになるかも知れんけんな」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
老耄おいぼれた無能な醜い悪魔を見るような心地がして、私はいつもそれが通りすぎた線路の上にかっとつばきをした。
微笑 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
従弟いとことおまっちゃんと三人で、炎天ぼしになって掬ったが、いれものをもたないで、土に掬いあげたのはすぐ消たようにかたまってしまった。三人はつばきをした。
さういふと、ねえやは両手の内側につばきをつけ、足裏にも唾をつけて、太い柿の木の幹にかゝへつきました。
かぶと虫 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
それでも彼は相不変あいかわらず悠々と手につばきなど吐きながら、さっきのよりさらに一嵩ひとかさ大きい巌石の側へ歩み寄った。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「いやはや余り結構づくめなお邸宅やしきなんで、つばきが吐きたくなつても、何処にも恰好な場所が見つからないもんですから、ついお顔を汚しましたやうな訳で……」
真剣の勝負を決すべく、一筆見参仕るもの……吾と思わむ常識屋は、眉につばきしてで会い候え候え……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
『だが先刻せんこく確實たしか救助きゆうじよもとむる難破船なんぱせん信號しんがうえましたか。』とまゆつばきした。可笑をかしいやうだが船乘人ふなのりにはかゝる迷信めいしんいだいてもの澤山たくさんある、わたくし相手あいてにせず簡單かんたん
「おや。御免なさいましよ。大そうお早いじゃございませんか」くわえていた楊枝を急いで出して、つばきをバケツの中に吐いてこう云ったお玉の、少しのぼせたような笑顔が
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
貫一は唯胸も張裂けぬ可く覚えて、ことばでず、いだめたる宮が顔をばはふり下つる熱湯の涙に浸して、その冷たきくちびるむさぼひぬ。宮は男のつばき口移くちうつしからくものどうるほして
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
元気のいい老人だったよ、どうも。酔うといつでも大肌おおはだぬぎになって、すわったままひとり角力ずもうを取って見せたものだったが、どうした癖か、唇を締めておいて、ぷっぷっとつばき
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そんな事を云わずにと申して又金を出しましたから、わたくしは立腹の余り婆の胸倉をって戸外おもてへ突出して、二度と再び参る事はならんと云って、つばきを横ッ面へ吐ッ掛けてつかわしました
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二三年来ひそかに秘策をめぐらしたのが図にあたって、豫期の如き風雲をはらみ、戦機が熟した結果であって、功名栄達、手につばきして取るべく、権力と恋愛とが眼前に待っているのであるから
私はその顔につばきを吐きかけて、卑怯者、卑怯者、と言ってやったはずですよ……。
うそや、気休きやすめや、誇張は、一字もありません。もしそれを疑う人があるなら、私はその人をにくみます、軽蔑けいべつします、つばきを吐きかけます。その人よりも私の方が真相を知っているからです。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「妾、今度のことで、妾の生活が全然破産したことを知ったのです。男性に向って吐いたつばきが、自分に飛び返って来たことを知ったのです。どうか、美奈さん。妾の懺悔ざんげを聴いて下さい。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「へへへへへ、華族で、金があれば、ばかでも嫁に行く、金がなけりゃどんなに慕ってもつばきもひッかけん、ね、これが当今いま姫御前ひめごぜです。へへへへ、浪子さんなンざそんな事はないですがね」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
杉田さん、どうか老生を殴って下さい、と笑いながら頬を差出申候ところ、老画伯もさるもの、よし来た、と言い掌につばきして、ぐゎんと老生の左の頬を撃ちのめし、意気揚々と引上げ行き申候。
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
目をこすつてゐる暇もなく、口にはつばきが湧くのです
「うむ」と卯平うへいはいつてつばきをぐつとんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
つばきし はぎしりゆききする
『春と修羅』 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
いばら冠冕かんむりを編みて冠らせ、「ユダヤ人の王安かれ」と礼をなし始め、またあしにてその首をたたき、つばきし、ひざまずきて拝しました。
体の生理状態ばかりでなく、さんざん、蹴られたり撲られたり、つばきされたりした頭も、いつもの彼の常軌ではないのである。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ことに彼は、不幸なる弱者が無慈悲なる強者のために無道の圧制に苦しむを見る時は、憤然としておのれがおもてつばきせられたるがごとくに嚇怒かくどする。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
勿論いつの時代でも富豪かねもちの顔と霊魂たましひとは、数あるその持物のなかで、一番汚いにきまつてゐるが、それにつばきを吐きかけたのは流石に皮肉哲学者のつけものである。
「こんな着物が着たさに淫売じごくをしているのだなあ」と思うとつばきを吐きかけてやりたい気になりながら、私は鳶衣とんびそでで和らかにお宮を抱くような格好をして顔をのぞいて
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
人人は私につれなくして、いつも白い眼でにらんでゐた。單に私が無職であり、もしくは變人であるといふ理由をもつて、あはれな詩人を嘲辱し、私の背後うしろからつばきをかけた。
私は小児こどもの時だったから、つばきをつけて、こう引返すと、台なしによごすと云っていやがったっけ。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)