おのおの)” の例文
彼と彼の妻とは、その時、おのおのこの草屋根の上にさまようて居た彼等の瞳を、互に相手のそれの上に向けて、瞳と瞳とで会話をした——
何人でも統一せる一の意識現象と考えている思惟または意志等について見ても、その過程はおのおの相異なっている観念の連続にすぎない。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
もっともこれ等の名称は芸術家や人類学者又は骨相学者なぞがおのおのその立場立場に依ってそのつけ方を違えているのだそうでありますが
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
また宴席、酒たけなわなるときなどにも、上士がけんを打ち歌舞かぶするは極てまれなれども、下士はおのおの隠し芸なるものを奏してきょうたすくる者多し。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そして多くの労働者は、それを作り出すために、おのおの、危険と鼻面はなづらを突き合わせて、凍え、飢え、さまよいながら、労働すべきであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
案内も無くかかる内証の席に立入りて、彼等のおのおの心得顔なるは、必ず子細あるべしと思ひつつ、彼はすこしく座をゆるぎてかたちを改めたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これ等三様の態度を反省して見て思う事は、先ず第一、おのおのの傾向に intentional な選択が行われている事である。
概念と心其もの (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そこから両藩のものが引き分れて、おのおの預けられた人達を連れて帰った。橋詰には医者が附けられ、又土佐藩から看護人が差し添えられた。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
畢竟ひっきょう両者おのおの理あり、各非理ひりありて、争鬩そうげいすなわち起り、各じょうなく、各真情ありて、戦闘則ち生ぜるもの、今に於てたれく其の是非を判せんや。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼はづ画家五人をげ、次に蒔絵まきえ鋳金ちゅうきん、彫刻、象牙細工ぞうげざいく、銅器、刺繍ししゅう、陶器各種の制作者中おのおの一人いちにんを選び、その代表的制作品を研究し
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
特務曹長「なるほど金無垢であります。すぐ組み立てます。」(一箇をちぎり曹長に渡す。以下これにならう。おのおの皮をく。)
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
鼓瑟ことのてしばしとだえ鏗爾こうじとしてしつさしおきてち、対えて曰く、三子者さんししゃよきに異なり。子曰く、何ぞいたまん、またおのおのその志をいうなり。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
長老がこういい終わるがいなや群がる男女たちはおのおののその胸に十字架をかき、長老のかたわらに集まりひざまずいてその衣のひだに接吻せっぷんした。
しかし両親様へ孝と申し候とも、其許たちおのおの自分の家これ有る事に候えば、家を捨て実家へ心力を尽され候ようの事はかえって道にあらず候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
僧都 真鯛まだい大小八千枚。ぶりまぐろ、ともに二万びきかつお真那鰹まながつおおのおの一万本。大比目魚おおひらめ五千枚。きす魴鮄ほうぼうこち鰷身魚あいなめ目張魚めばる藻魚もうお、合せて七百かご
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吾々の生活は千差万別であるから、吾々の惰性も商売により職業により、年齢により、気質により、両性によりておのおの異なるであろう。がその通り。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おのおのこれを揚げてたのしむこともするが、唯揚げるばかりでなく、凧合戦をする事が盛んであった。これは子供でなく、二十歳近くの者が先立ってやった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
ジスレリの『文海奇観』に、禁獄された人が絃を鼓する事数日にして鼠と蜘蛛くもが夥しく出で来り、その人を囲んで聴きおりさて弾じやむとおのおの退いた。
蔡温はまた『独物語』の中に、国家を上中下の三段に分ち、そのおのおのをまた上中下の三段に分ち、都合つごう国家に九段の別があるという事をいっております。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
然し人々には、おのおの持って生れた機根の相違があるゆえ、人々は自分の機根に於てこのうちのどれか一つを選んでよろしい。阿難よ。お前は出家の身の上だ。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一、一味のおのおの存寄ぞんじより申出もうしいでられ候とも、自己の意趣をふくみさまたげ候儀これあるまじく候。誰にても理の当然に申合すべく候。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
遠くまでたなびき渡して、空は瑠璃色るりいろ深く澄みつつ、すべてのものが皆いきいきとして、おのおのその本能を発揮しながら、またよく自然の統一に参合している。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
皆々大いに驚き、すわや我家の焼け失せぬらん、一刻も早く帰るべしと言うより、おのおの我一われいちと船を早めて家に帰りたるに、陸には何のかわりたることもなし。
地震なまず (新字新仮名) / 武者金吉(著)
その他男女共通に、眼、耳、手、足をおのおの二つ、鼻、口を一個ずつ特に旅行中の便宜のために黙認している。しかし、これが単なる通過トランジトならばよほど寛大だ。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
自分は敢て問ふ、仏蘭西フランスの婦人は何故なにゆゑみづから奮ひ立つておのおの自己の教育を男子とひとしくすることを謀らないのか。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それが、学校へ入った時分からおのおのの環境によって、異って来る。社会の造った生活というものを知るからだ。
人間否定か社会肯定か (新字新仮名) / 小川未明(著)
「ことゝひし磐ね・木ねだち・草のかき葉をも言止コトヤめて」など言ふ表現法を採る事になり、記紀に地上の庶物おのおの勢を得た様の描写と形を変へて来た理由である。
粗密そみつは気質の差によるものである。粗を嫌ひ密を喜ぶのは、おのおの好む所に従ふがい。しかし粗密と純雑とは、おのづから又ことなつてゐる。純雑は気質の差のみではない。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
おのおの粗末なしかも丈夫そうな洋服を着て、草鞋わらじ脚絆きゃはんで、鉄砲を各手てんでに持って、いろんな帽子をかぶって——どうしても山賊か一揆いっきの夜討ちぐらいにしか見えなかった。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
歌には一首一首おのおの異った調子があるはずだから、一首一首別なわけ方で何行かに書くことにするんだね。
皇子みこたち共にこたへていはく、理実ことわり灼然いやちこなり。則ち草壁皇子尊づ進みて盟ひていはく、天神あまつかみ地祇くにつかみ、及び天皇すめらみことあきらめたまへ、おのれ兄弟長幼、あはせて十余のみこおのおの異腹ことはらよりづ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
おのおの〻、二千石三千石を加増され、馬をもち土地をもち家来を持って、それぞれここを巣立ちしていた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左右の手におのおの小枝を握り、その両肩へ小枝を担ふ姿勢をとつて、両肘を張り、一声高くかう歌つた。
閑山 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
おのおのの部屋は自修室と寝室との二間に分れている。寝室の壁によせて畳の敷いた寝台ねだいが作りつけてある。そこへ彼は身を投げるようにして、寝台へ顔を押宛てて祈った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
時にみことのりあって酒をたま肆宴とよのあかりをなした。また、「汝諸王卿等いささか此の雪をしておのおのその歌を奏せよ」という詔があったので、それにこたえ奉った、左大臣橘諸兄の歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
高踏派の壮麗体を訳すに当りて、多く所謂いはゆる七五調を基としたる詩形を用ゐ、象徴派の幽婉ゆうえん体をほんするに多少の変格をあへてしたるは、そのおのおのの原調に適合せしめむがためなり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
おのおの真紅の毒舌を出しながら、悪徒わるものの手といい足といい首胴の差別なく巻き付いている、髪面ひげづら悪徒わるものは苦しそうな顔をしてもがき苦しんでいるというような絵を見た事があるが
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
それこそ到底地球上の人類ほどもいるかも知れない、それがおのおの猛烈な恋愛をやったり、み合ったり殺し合っているのだからおそろしい、その弱肉強食、殺合ころしあいが極く自然に
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
つづいてちょうど星座とそれを構成するおのおのの星にそれぞれ名があるように大きくは定石、布石、細かくは小桂馬こげいましまり、大桂馬しまり、一間高いっけんたかがかり、二間高がかり、等、等
独り碁 (新字新仮名) / 中勘助(著)
独逸ドイツという外敵に勝った各国の人道主義者は、これより更に、そのおのおのの国内における非人道思想や、専制思想と戦わねばなりませんが、日本人の国内におけるこの意味の戦いは
激動の中を行く (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
翻訳は如何様いかようにすべきものか、其の標準は人に依って、おのおの異ろうから、もとより一概に云うことは出来ぬ。されば、自分は、自分が従来やって来た方法しかたについて述べることとする。
余が翻訳の標準 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そしておのおの舷側から水の中にそれを浸して、時々は当度もなく舟を動かしているらしい。
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
学の類たるやおのおのその分ありといへども而もみなその目的とする所は千古に渉りて朽ちざるにありてその攻究には仔細の考察と静慮とを要するなり。学術に関するに流行の文字を以てす。
史論の流行 (新字旧仮名) / 津田左右吉(著)
たとえば書方を学ぶにしても同じ先生の弟子は十人が十人全く同じような字を書いて居るが、だんだん年をとって経験を積み一個の見識が出来るに従っておのずかおのおのの持前の特色が現われて来て
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
匹配ひつぱい百両王姫を御す このこことつおのおの宜きを得 偕老かいろう他年白髪を期す 同心一夕紅糸を繋ぐ 大家終に団欒の日あり 名士豈遭遇の時無からん 人は周南詩句のうちに在り 夭桃満面好手姿
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そして、この七枚の書類の日附けを、深谷夫人にそれぞれ辿って頂いたならば、きっと御夫人は、そのおのおのの日の夜遅く、あの白いマストの尖端に黄色い信号燈が挙がっていた事を思い出されるでしょう。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
海抜二千五百尺の地の如何に寒いかといふことは、是で想像し得るであらう。若者は氷を積んでから、疲れた体をおのおのの家に運ぶ。朝飯を食べてから初めて暖い床に入つて、ぐつすりと寝入るのである。
諏訪湖畔冬の生活 (新字旧仮名) / 島木赤彦(著)
貧民は早や食ふと食はぬの界に臨みたるなれば、おのおの死憤の勢ありて小吏等万般説諭なせどもなかなかに鎮まらず、或は浅草今戸町その外処々の辻々へ貧窮人等が張札をして区々の苦情をべたるうへ
何不足のない国々で、おのおの福を受けるのを
おのおの所屬の衆軍を整へ之を繰出せ
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)