丁度ちょうど)” の例文
「皆様、丁度ちょうど十五年目でこの奇談クラブの会合を開きました。世の中も変りましたが御同様私共もすっかり年を取ってしまいました」
丁度ちょうどそのときであった。金博士の頭を目がけて、一匹の近海蟹がざみのようによくえた大蜘蛛おおぐもが、長い糸をひいてするすると下りてきた。
父がここへ来たのは丁度ちょうど幸いである。市郎はの𤢖について父の意見をただすべく待ち構えていた。が、父の話はんな問題で無かった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その溜りの中央が、丁度ちょうど被害者の背中でこすり取られたらしく、白っぽいコンクリートの床を見せて、溜りを左右二つに割っている。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
(これがお前の世界せかいなのだよ、お前に丁度ちょうどあたり前の世界なのだよ。それよりもっとほんとうはこれがお前の中の景色けしきなのだよ。)
マグノリアの木 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
この地方の百姓の生活といえば、丁度ちょうど川がながれ来たり、ながれ去るのに似ていて、全く単調で、変化というものがないのである。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
丁度ちょうどあの ZolaゾラLourdesルウルド で、汽車の中に乗り込んでいて、足のきずの直った霊験を話す小娘の話のようなものである。
花子 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
丁度ちょうど人間が網を張って魚を獲ったり鳥をったり、鉄鉋で獣を撃ったりする様なものだと彼は考えた。それなら彼は大好きである。
首を失った蜻蛉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「そん都度に家が揺れ、はりがみしみし鳴っとですたい。生きた心地はなかったです。丁度ちょうどこん子が、小学校に入ったか入らん齢で——」
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
それは丁度ちょうどおさなときからわかわかれになっていたははが、不図ふとどこかでめぐりった場合ばあい似通にかよったところがあるかもれませぬ。
御苦労な話で、ソレも屋敷に門限があるので、前の晩の十二時から行てその晩の十二時に帰たから、丁度ちょうど一昼夜歩いて居たけだ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
私の父は私の十八の年(丁度ちょうど東京の大地震の秋であったが)に死んだのだから父と子との交渉が相当あってもよいはずなのだが、何もない。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それは、丁度ちょうど、彼等が去年派遣されてやって来たのと同じ時分だった。四年兵と、三年兵との大部分は帰って行くことになった。
雪のシベリア (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
そんな事を思いながら無電室へ戻ってみると、丁度ちょうど助手が何処どこからかの無電を受けているところだった。助手は伊藤青年の顔を見るなり
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼女は丁度ちょうど奥の窓から額際ひたいぎわに落ちるキラキラした朝の日光ひかげまぶしさうに眼をしかめながら、しきいのうへに爪立つまだつやうにして黒い外套がいとうを脱いだ。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
丁度ちょうどこえたかめて命令めいれいなどはけっしていたさぬと、たれにかちかいでもてたかのように、くれとか、っていとかとはどうしてもえぬ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
一冊の系図書けいずがきと、一枚のかきつけとが出て来て、その書きつけで初代というお前の名も、その時丁度ちょうどお前が三つであったことも分ったのだよ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
丁度ちょうど宿直だった私は、寝呆ねぼまなこで朝の一番電車を見送って、やれやれと思いながら、先輩であり同時に同僚である吉村君と
(新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
小さな子供がその脊の高さを丁度ちょうどテーブルの面まで延ばしながら、じっと慄えるうす黄色い油に鼻のさきをひっつけていつまでも眺めていた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
だから私しが余物あまりものやろうとして居ると丁度ちょうど其時藻西が階段の所から口笛で呼ましたから犬は泡食あわくって三階へ馳上はせあがッて仕舞ました
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
思い当ったことがあるかのように、身をこわばらせて、丁度ちょうど唐櫃のそばにかがやいている大燭台の光りをたよりに、もう一度、見込んだが——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
丁度ちょうど、十年前憶えたヴェルレエヌの句そのまま、「秋の日のヴィヲロンの、溜息の身にしみて、ひたぶるにうらがなしい」気持にみたされながら。
十年 (新字新仮名) / 中島敦(著)
一群の鴎が丁度ちょうど足許から立って、鋭い、むさぼるような声で鳴きながら、忙しく湖水を超えて、よろめくように飛んで行った。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
丁度ちょうど満一年の新嘗祭も過ぎた十二月一日の午後、珍しく滝沢の名を帯びたはがきが主人の手に落ちた。其は彼の妻の死を報ずるはがきであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あだかも料理法で物を煮るように強過ぎる火で行かず弱過ぎる火でならず丁度ちょうどよいというほど加減かげんを知るのがむずかしい。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
丁度ちょうどその頃一竿いっかんを手にして長流に対する味を覚えてから一年かそこらであったので、毎日のように中川なかがわべりへ出かけた。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
丁度ちょうどそこへ大哲学者のカストが出て、生気説に肩を持ちましたので、第十九世紀の前半には生気説は全盛を極めました。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「諄うのうてどうしょうぞ。月次総登城とあらば、諸侯に対馬の動かぬ決心告げるに丁度ちょうどよい都合じゃ——すずりを持てい」
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
私が十三歳の時だから、丁度ちょうど慶応三年の頃だ、当時私は京都寺町通きようとてらまちどおりの或る書房に居たのであるが、その頃に其頃そこの主人夫婦の間に、男の子が生れた。
子供の霊 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
その男というのはその時分丁度ちょうど四十一二ぐらいで、中々なかなか元気な人だったし、つ職務柄、幽霊の話などはてんから「んの無稽ばかな」とけなした方だった
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
それに対する地球の引力は距離の遠いだけ減っているのを見出みいだし、その大きさが丁度ちょうど距離の二乗に逆比例するということを計算で出したのでした。
ニュートン (新字新仮名) / 石原純(著)
丁度ちょうど某氏が同じ夢を見た晩と同じ晩の同じ時刻に、その病人が『今、自分は、色んな人にあって、色んな愉快な話をして来たので、心持こころもちになった』
取り交ぜて (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
勘弁かんべんはいいが、——丁度ちょうどいいところでおめえにった。ちっとばかりきてえことがあるから、つきあってくんねえ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
人が、もしこれを性の欲望に関する変態のものだったろうと言うなら、あるいはそうかも知れないと答えよう。丁度ちょうど年頃としごろもその説を当嵌あてはめるに妥当だとうである。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
丁度ちょうど予科の三年、十九歳頃のことであったが、私の家はもとより豊かな方ではなかったので、一つには家から学資を仰がずにって見ようという考えから
私の経過した学生時代 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで太平洋汽船会社の別の船に乗替えてパナマに行って蒸汽車に乗てあの地峡をえて向側に出てまた船にのっ丁度ちょうど三月十九日にニューヨークに着き……
咸臨丸その他 (新字新仮名) / 服部之総(著)
山路やまじは一日がかりと覚悟をして、今度来るにはふもとで一泊したですが、昨日きのう丁度ちょうどぜんの時と同一おなじ時刻、正午ひる頃です。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その酒は勿論今売るくだざけのごとくうまいものでなかったことは、丁度ちょうど家々の餅と砂糖餅との差も同じであった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
滝田くん最後さいごったのは今年の初夏しょか丁度ちょうどドラマ・リイグの見物日けんぶつび新橋しんばし演舞場えんぶじょうへ行った時である。小康しょうこうた滝田くんは三人のおじょうさんたちと見物けんぶつに来ていた。
滝田哲太郎君 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「おいおい、往来で何を云ってるんだ。丁度ちょうどいい、今夜は前線の勇士を歓迎して大いに飲もうじゃないか。兵隊さん、いや失敬! 伍長殿飲もうじァないですか」
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
あの時は、丁度ちょうど dependents house の帰路で、薄ら寒い夜だったと記憶している。
あとでだんだん知れてみると、この男というのは性質のすこぶるよくない奴で、女房を変えること畳を変えるが如きほどにも思っていない、この娘が丁度ちょうど三人目だとの事
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
私たちの入った門は半分けはびついてしまって、半分だけが、丁度ちょうど一人だけ通れるように開いていた。門を入るとすぐそこには塵埃ごみが山のように積んであった。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
丁度ちょうどそういうように、ぼんやりおぼえてるあの時分のことを考うれば考えるほど、色々新しいことを思出して、今そこに見えたり聞えたりするような心持がします。
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
殊に豊国橋から見ると、その両岸に、まだ錦絵にしきえ時代の倉と家があり、一本の松が右岸の家の庭から丁度ちょうど円屋根の右手へそびえ立ちはなはだよき構図を作っているのである。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「この子は八月十五夜の丁度ちょうど月の出に生まれたんだよ。だから、きっと今に偉くなると思うわ。」
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
融通ゆうずうの利かぬ男じゃから、帯刀たてわきと談合の上、丁度ちょうど、感応院の蔵の中に、宝沢の笠のあったのを幸い、犬の血をつけて、切り目を作っての、越前の下役共の先廻りをして
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
恐ろしさとにえかねて、跳起はねおきようとしたが、からだ一躰いったい嘛痺しびれたようになって、起きる力も出ない、丁度ちょうど十五分ばかりのあいだというものは、この苦しい切無せつなおもいをつづけて
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
しかしさいわいと何事も無く翌日になったが、昨日きのうの事がなんだか気にかかるので、矢張やはり終日家居いえいして暮したが、その日も別段変事もおこらなかった、すると、その翌日丁度ちょうど三日目の朝
鬼無菊 (新字新仮名) / 北村四海(著)
此度こんど丁度ちょうど私の家と隣屋敷との境の生垣のあたりなので、少し横に廻って、こっそりと様子をうかがうと、如何どうも人間らしい姿が見えるのだ、こいつは、てっきり盗賊どろぼうと思ったので
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)