におい)” の例文
いい芳香におい臓腑はらわたのドン底までみ渡りましたよ。そうなると香水だか肌のにおいだか解かれあしません。おまけにハッキリした日本語で
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一瞬ののち、蜂は紅い庚申薔薇の底に、嘴を伸ばしたままよこたわっていた。翅も脚もことごとく、においの高い花粉にまぶされながら、…………
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
国道第何号というような仕掛で、軍国的のにおいがする。それは兎に角、或秋の夕刻、一高の教官の伊達君が授業を終って家路についた時
田園情調あり (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
この考えが、古い都会の残ったにおいでもぐ思いを起させた。古い東京のものでありさえすれば、何でもお三輪にはなつかしかった。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
譬えて申せば貴方が一杯の酒を呑乾のみほしておしまいなさる時、その酒のがいつか何処どこかであった嬉しさのにおいに似ていると思召おぼしめすように
一度燃えたのですから、そのにおいで、消えてからどのくらいったかが知れますと、伺った路順で、下谷したやだが浅草だが推量が付くんです。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たつと共に手を携え肩をならべ優々と雲の上にゆきあとには白薔薇ホワイトローズにおいくんじて吉兵衛きちべえを初め一村の老幼芽出度めでたしとさゞめく声は天鼓を撃つごと
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「そういう私なども、生きている間はおろか、ほんの、若いうちだけ見られて枯れて、後はにおいもない白骨になる花ですけれど……」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
縄暖簾なわのれんの隙間からあたたかそうな煮〆にしめにおいけむりと共に往来へ流れ出して、それが夕暮のもやけ込んで行くおもむきなども忘れる事ができない。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こうやるとにおいになる。と梅の花を入れる子もあった。早く濃くなるようにと、墨をつけて柔らかくしておくものもあった。
が、ひるがえって常識に叩くに、このストックホルム市の真ん中にぷうんとお味噌のにおいがするということは首肯しゅこう出来ない。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
米友は一合の酒と鰻の丼のにおいばかりで妙な面をして見送っていたが、表を二三間も歩いたと思われる仕出し屋の女中が
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
においがもう全身にしみわたり、どんな鈍いざわめきも聞き逃さない。そしてすべての樹木と相通じるために、彼の神経は木の葉の葉脈に結びつく。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
彼がへやの中に入って来た時に、どこか強健なきびきびしたような、東海岸独特のにおいが、ただよって来るようであった。
「成る程、噂には聞いていたが、土部隠居。狭いが、豪勢な住み方をしていやあがるな。黄金のにおいが、ぷんぷんと、そこら中に渦を巻いていやあがる」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ぷーんと髪のにおいがした。Yだ。Yが立っている。しかたがないので、部屋へ入れる。かえれといったがかえらない。無理やりにとまってゆく。困ったやつだ
脳の中の麗人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
武「酒家さけのみは妙なものだな、酒屋の前を通ってぷーんと酒のにおいが致すと飲みくなる、わしも同じくごくすきだが、貴様が飲んでる処を見ると何となくうらやましくなる」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ところがどこにも見当たらなくて、とうとういちばんしまいにまさかと思って土瓶の蓋をとったら、妙なにおいがぷんとしました。はっと思って僕は考えたのです。
暗夜の格闘 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
花房一郎の方の「足の勇」が飛び付く暇もなく、女の手は素早く口へ、四辺あたりはプンと杏仁のにおいがします。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
姉はいつものくせで、私の右肩に手を置き、れいの杏のにおいのする草場にある木の根にかがみ込みました。
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
私のところへ夜遊びに来ると、きっと酒のにおいをぷんぷんさせて、いきなり尻をまくってあぐらをかきます。そして私が酒をまぬのを冷やかしたものでございます。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
若い新鮮な女性の肉体から出るにおいが勝平の旺盛おうせいな肉体の、あらゆる感覚を刺戟しげきせずにはいなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
登は茶の盆をすこし左の方に押しやってから、コップの乗った盆を引き寄せ、それを持ってすこし舌のさきに乗せてみた。それは麝香じゃこうのようなにおいのある強烈な酒であった。
雑木林の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
心にもない歎息たんそくをしながら、着がえをして、なお小さい火入れをそでの中へ入れてにおいをしめていた。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
まだ錬歯磨なんぞの舶来していなかったその頃、上等のざら附かない製品は、牡丹ぼたんにおいのする、岸田の花王散と、このたしがらやの歯磨とであった。店の前の女は別人でない。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
それが年々に眼に見えるように伸び茂って、夏はこんもりした木蔭を作り、いっぱいに咲いた花がこちらの庭に散りこぼれ、やがて腐れて甘ずっぱいようなにおいをみなぎらせた。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と、かおってくる木犀もくせいにおい! パチッパチッと囲碁の音! 隣りで烏鷺うろを戦わせるらしい。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
秋雨やうやく晴れて、夕方の雲風に動くこと早く夕日金色こんじきの色弱し。木犀もくせいの衰へたるにおいかすかに匂ふ。夜、新聞を見、行田への荷物包む。星かくれて、銀杏いちょうの実落つること繁し。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
溪川のにおいが近く、遠く幽かに耳について遠いところへ来てゐるという感じがせられた。
渋温泉の秋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
内地ならば庚申塚こうしんづかか石地蔵でもあるはずの所に、真黒になった一丈もありそうな標示杭ひょうじぐいが斜めになって立っていた。そこまで来ると干魚ひざかなをやくにおいがかすかに彼れの鼻をうったと思った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
『もしもしうめせいさん、あなたはなんとまあにおいてていなさるのです……。』
『違うよ。ウイスキイだよ。頭が、ウイスキイなんだってば……』『まあ、本当だわ。ぷんぷん——迚も、景気のいいにおいよ。でも、何だって今時分酔っぱらっちゃったの。あんたの頭?』
四月馬鹿 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
貴方あなたはそんな哲学てつがくは、あたたかあんずはなにおいのする希臘ギリシヤっておつたえなさい、ここではそんな哲学てつがく気候きこういません。いやそうと、わたくしたれかとジオゲンのはなしをしましたっけ、貴方あなたとでしたろうか?
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
吃驚びっくりして文三がフッとかおを振揚げて見ると、手摺てずれて垢光あかびかりに光ッた洋服、しかも二三カ所手痍てきずを負うた奴を着た壮年の男が、余程酩酊めいていしていると見えて、鼻持のならぬ程の熟柿じゅくし臭いにおいをさせながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
みずからの気持がそのままにおいにもなるのだろう
貧しき信徒 (新字新仮名) / 八木重吉(著)
ただようてくるったかい三平汁さんぺいじるにおい
サガレンの浮浪者 (新字新仮名) / 広海大治(著)
なつかしいにおいが廊下つとて来ますねん。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「竜脳のにおいもする」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
蚊帳が顔へ搦んだのが、ぷんと鼻をついた水のにおい。引き息で、がぶりと一口、おぼるるかと飲んだ思い、これやがて気つけになりぬ。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
比田と兄がそろって健三のうち訪問おとずれたのは月の半ば頃であつた。松飾の取り払われた往来にはまだどことなく新年のにおいがした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おおい冠さったような葡萄棚ぶどうだなの下には、清水があふれ流れている。その横にある高い土蔵の壁は日をうけて白く光っている。百合ゆりの花のにおいもして来る。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ひどく酒の醗酵はっこうするにおいがすると思うと、そこは山役人の食料や調度の物を入れておく納屋らしく、裏の土間に、せるばかりな酒樽さかだるが積んである。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ハハハハ、氷をもてあそべば水を得るのみ、花のにおい虚空そらに留まらぬと聞いていたが、ほんとにそうだ。ハハハハ。どれどれめしにしようか、長話しをした。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
なお脂粉のにおいある新しき西洋手拭タオル一本、屍体の前に置かれたる机の下に落在らくざいせるが、右は加害者の所持品にして、右兇行に使用したるものと認めらる。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
これからは当分、この連続的に退屈モノトナスな低音階と、ぺいんとのにおいと、飛魚と布張椅子キャンヴス・チェアと、雲の峰だけの世界である。
一人はお春姉さんに相違ない。香水のにおいで分る。お春姉さんのは何時もバイオレットだ。お春姉さんの御相手なら、今一人はのハイカラたけのこきまっている。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
においのあるような女の呼吸使いきづかいがすぐ近くにあった。彼はちょっとした誘惑を感じたが己のへやで机にひじをもたせて、己の帰りを待っている女の顔がすぐその誘惑をき乱した。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこで、僕に云わせると、失恋のきょく、命をなげだして、恋敵こいがたきと無理心中をやった熊内中尉は、大馬鹿者だと思う。鰻のにおいを嗅いだに終った竹花中尉も、小馬鹿こばかぐらいのところさ。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
椰子やしの根もとにたたずみながら心配そうに考え込んだ。林の中は静かである。ここには何んの危険もない。美しい日光と涼しい風とにおいのよい草花と緑の木々、それらの物があるばかりだ。
ぬけろじの中程が恰度、麺包屋ぱんやの裏になっていて、今二人が通りかけると、戸が少しあいて居て、内で麺包を製造つくっている処が能く見える。其やきたてのこうばしいにおい戸外そとまでぷんぷんする。
二少女 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)