つい)” の例文
とその家庭かてい苦痛くつう白状はくじやうし、ついにこのしよ主人公しゆじんこうのち殺人さつじん罪人ざいにんなるカ……イ……をともなひてその僑居けうきよかへるにいた一節いつせつきはめて面白おもしろし。
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
立ち昇る白煙の下を、猛獣は剥製はくせいひょうのようにピンと四肢ししを伸ばして、一転、二転、三転し、ついに長々と伸びたまま動かなくなった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
『僕は不思議ですねえ。うして貴女と話してると、何だか自然に芝居をりたくなつて来て、つい心にない事まで言つて了ひます。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ディオニシアスはついにシラキュース人を率いて、それらのアフリカ人と大戦をしました。そして手ひどく打ちまかしてしまいました。
デイモンとピシアス (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
さあそれと聞いてからは、子供心に気味がるくって、その晩などはついに寝られなかった。私の実際に見たのではこんな事がある。
子供の霊 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
何が坂の向うにあるのだらう? ついにやみがたい誘惑が、或る日私をその坂道に登らした。十一月下旬、秋の物わびしい午後であつた。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
しかも死因は他殺であったため、博士の近親や友人は、警視庁スコットランドヤードと力を合わせ、犯人の捕縛に努力したけれど、ついに犯人は解らなかった。
木乃伊の耳飾 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
老人はついに懐からタオルのハンケチを取出して鼻を啜った。「娘のあなたを前にしてこんなことを言うのは宛てつけがましくはあるが」
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
是までに思い込まれし子を育てずにおかれべきかと、つい五歳いつつのお辰をつれて夫と共に須原すはらもどりけるが、因果は壺皿つぼざらふちのまわり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これ安永年代一般の画風にして、やがて春章しゅんしょう清長きよなが政演まさのぶら天明の諸家を経てのち、浮世絵はついに寛政時代の繊巧緻密ちみつの極点に到達せるなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
左へ曲るも右へ曲るも畢竟ひっきょう、月の引力を受けていたのだ。故意か偶然か、宇宙艇はついに火星へ飛ぶべき進路をさまたげられてしまった。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
焼芋やきいもを詠みたる俳句は縦令たとい文学としては貴重すべき価値を有するともその品格はついに高貴なる精神を養ふに適せざるが如し、云々。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
下級武士の気持にもっとも近い存在として、それに支持されたものとして、一度は衝突しなければならぬものがついに来たと思った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
いやな顔でもされると己もきにくゝなる、うするとついには主従しゅうじゅうの隔てが出来、不和ふなかになるから、女房の良いのを貴様に持たせたいのう
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼はこの気掛が、自分を駆って、じっと落ち付かれない様に、東西を引張ひっぱり回した揚句、ついに三千代の方に吹き付けるのだと解釈した。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
嗚呼おこがましくも自分のほかに適当の人物が少なかろうと心の中に自問自答して、ついに決心して新事業に着手したものがすなわち時事新報です。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
然レドモ同一ノ人民ヲ目的ト為シテ強奪ヲほしいままニシ悪俗ヲ改メシメズンバ、ついニハ自主自裁ノ特権ヲ以テ国内ヲ悩マスニ至ルベシ。
うまく行ったら今頃は重役になっていたかもしれないが、そのかわり物理の本当の面白味というものはついに知らずじまいに終ったであろう。
カラクリがり分らア。全くよ。俺ア、つい此間こないだ迄信者様だった。騙されたのも知らねえで悦んで奴等の手品に見とれていたからなア。
反逆 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
泡鳴は人生の神秘を意識し、その絶対的単純化にる生活力の充実を期せるものなり、ついに彼は、その信念を進めて新日本主義となせり。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
子之助はついに山城河岸の本家をいだ。時に年三十五である。ついでに云う、竜池の狂歌の師初代弥生庵雛麿ひなまろは竜池と同年同月に歿した。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いつわりとは思いも寄らねば、その心に任せけるに、さても世には卑怯ひきょうの男もあるものかな、彼はそのまま奔竄ほんざんして、つい行衛ゆくえくらましたり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ひるがえって人間というものを考えてみると、生活に苦しまねばならぬもの、ついには死なねばならぬもの、これほど悲惨なものはない訳である。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
中頃に至ッて……フト黙して考えて……また読出して……また黙して……また考えて……ついに天を仰いで轟然ごうぜんと一大笑を発した。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そして三十分ぐらいの間、繰り返し繰り返し実に根気よく平手でピタピタたたく音が聞えたが、赤ん坊はついに泣き声を立てないのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのうちには此激烈な酒精アルコールなきだに弱りはてた僕の心臓を次第に破って、ついには首尾よく僕も自滅するだろうと思って居ます。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ついに追い付きました。光明山の麓道、滅多に人の通りそうもないところで、ツイ五六間先を、お静の繁代が歩いているのを見付けたのです。
江戸の火術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
私はついに脚本を書いたが、これは正当な仕事ではないので、ただ重苦しさの厄をのがれるためというだけの全然良心のこもらぬ仕事であった。
魔の退屈 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その夜はついに徹夜、ぼくも大変心配していた処、只今、永野よりの葉書にて、ほどなく和解できた由うけたまわり、大いに安堵あんどいたしました。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼女の許しなしにはついに咲く機会のなかつたにちがひない菊の花なのだ。折角せっかくこんなうるはしさに花咲いた菊を今更どこへ置かうかと思ひまどつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
買い食いでもしたろうと私をおどかした。ついには私の鞄までもしらべられた。けれど、鞄の中にはお金もなければ買ったらしいものもなかった。
昔宮古島川満かわまむらに、天仁屋大司あめにやおおつかさといふ天の神女、むらの東隅なる宮森に来りぐうし、つい目利真按司めりまあんじに嫁して三女一男を生む。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
青年エリフまたヨブに説く所ありしも効果すくなく、ここにおのれの力も他人ひとの力もヨブを救うあたわざるに至って、エホバの声ついに大風の中に聞える。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
性根まで溶らかされ魔に魅入られたが如く心乱れ、ついにはいずれも命まで失う有様、しかもこの若衆というは色里にさ迷うこと既に数年に及べども
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ついに、その刀を打ち折り、その箭種やだね射尽いつくされたとでも申しましょうか……どうしても自殺されなければならぬ破目はめに陥って来られたのです。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それでも、今からもう二十五年も昔になるが、ついに私もこの洗いを思う存分賞味する機会を得た。加賀の山中やまなか温泉に逗留とうりゅうしていた時のことである。
鮎の食い方 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
が、かれはたしていたちたぬきか、あるいは人の悪戯いたずらかと種々いろいろ穿索せんさくしたが、ついに其正体を見出し得なかつた。宿やどの者はあくまでも鼬と信じてゐるらしいとの事。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
このウォール街にもついに破局があった。財界平衡則へいこうそくに反した信用のインフレーションは英蘭イングランド銀行の利下げとともにその崩落の道をたどった。云々。
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
六尺、五尺、四尺、ああついに立留った。女は媚笑こびを見せて巡査に雲崩なだれ掛りそうな姿勢をしながら云い出すのであった。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
衛霊公、じんだて(陣)を孔子に問う。孔子こたえて曰く、俎豆の事は則ち嘗て聞けるも、軍旅の事は未だ学ばずと。明日つい(去)る。(衛霊公、一)
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
植源の嫁のおゆうの部屋で、鶴さんと大喧嘩をした時のお島は、これまでついぞ見たこともないようなお盛装めかしをしていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その名のみひろごりて、ついに世におこなはるることなくて、聖人の道はたゞいたづらに、人をそしる世々の儒者ずさどもの、さへづりぐさとぞなれりける。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
銭湯でついにかの女は男であることを発見されて、警察へ引っ張られて、見世物はおじゃんとなったことなどもあった。
四谷、赤坂 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
私は狭い川岸の径へ腰を下ろすと、しかし、もう大丈夫だという気持がした。長い間脅かされていたものが、ついに来たるべきものが、来たのだった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
私は彼の最近の手紙によって彼が病気になったことを知った。脊椎カリエスが再発したらしかった。が、それにも私はついに手紙を出さずにしまった。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
かかる議論ぎろんにまるでこころあっしられたアンドレイ、エヒミチはついさじげて、病院びょういんにも毎日まいにちかよわなくなるにいたった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
時には人々の期待に全く反して行動する勇気をもたねばならぬ。世間が期待する通りになろうとする人はついに自分を発見しないでしまうことが多い。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
△日露の危機、外交より戦期にうつらんとすと新聞紙しきりに言ふ。吾人の最も好まぬ戦争はついにさくべからざるか。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
海国日本の快男児九名は真紅しんくのオォル持つ手に血のにじめるがごとき汗をしたたらしつつ必死の奮闘ふんとうを続けてついに敗れた。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
お前達の母上からは私の無沙汰を責めて来た。私はついに倒れた。病児と枕を並べて、今まで経験した事のない高熱の為めにうめき苦しまねばならなかった。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)