起居たちい)” の例文
三月ばかりたつと、しつが出来てだんだん大相たいそうになった、起居たちいもできぬようになって、二年ばかりは外へも行かずうちずまいをしたよ。
「年が若くって起居たちいに不自由さえなければ丈夫だと思うんだろう。門構もんがまえうちに住んで下女げじょさえ使っていれば金でもあると考えるように」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「一時はえて、起居たちいもできるまでになりましたが、つい四、五年前、この子が生れてから程なく、余病のために亡くなりました」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
起居たちいのおとなしい、何をしても物にやわらかに当るお玉と比べて見られるのだから、田舎から出たばかりの女中こそい迷惑である。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
それに貴僧あなた騒動さわぎ起居たちいに、一番気がかりなのは洋燈ランプですから、宰八爺さんにそう云って、こうやって行燈あんどうに取替えました。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
在昔ムカシ大名の奥に奉公する婦人などが、手紙も見事に書き弁舌も爽にして、然かも其起居たちい挙動ふるまいの野鄙ならざりしは人の知る所なり。参考の価ある可し。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
気立てが優しいのと、起居たちいがしとやかなのと、物質上の欲望が少いのと、ただそれだけがこの女の長所とりえだということが、いよいよ明らかになって来た。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
第一、女たちの生活は、起居たちいふるまいなり、服装なりは、優雅に優雅にと変っては行ったが、やはり昔の農家の家内やうちの匂いがつきまとうて離れなかった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「御大身の御方とお見受け申しまして、御合力ごごうりょくをいたします。この通り起居たちいも不自由な非人めにござりますゆえ、思召しの程お恵みなされて下さりませ」
起居たちいもしとやかで、挨拶あいさつ沈着おちついた様子のよい子だから、そなたたちも無作法なことをして不束者ふつつかもの、田舎者と笑われぬようによく気をつけるがよいと言われた。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
わたくしおもまくらいて、起居たちい不自由ふじゆうになったといたときに、第一だいいちせつけて、なにくれと介抱かいほうをつくしてくれましたのは矢張やは鎌倉かまくら両親りょうしんでございました。
静かにしようと気を配っているらしいが、数珠じゅず脇息きょうそくに触れて鳴る音などがして、女の起居たちい衣摺きぬずれもほのかになつかしい音に耳へ通ってくる。貴族的なよい感じである。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
昨年の夏頃から宿に奉公して居りましたお北という若い女中がぬしの定まらないたねを宿して、だんだん起居たちいも大儀になって来たので、この七月に暇を取って新宿の宿許やどもとへ帰って
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
女主人のいうとおり彼は深い心の底からお園に惚れていたのにちがいない。私もやっぱり女の起居たちい振舞などのしっとりして物静かなところが不思議に気に入っているのであった。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
その泰平はあてにならない気がした頃のことだ、色の白い、骨細の優男やさおとこの宮内より、たくましい体をもって、力も人並以上あり、起居たちいも雄々しい慎九郎の方が、治部太夫の娘の気に入った。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
夫婦は永くなるほど容貌かおかたち気質まで似て来るものといえるが、なるほど近ごろの夫人が物ごし格好、その濃き眉毛まゆげをひくひく動かして、煙管きせる片手に相手の顔をじっと見る様子より、起居たちいの荒さ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
起居たちいにも。動作にも。それを見て、岸本は一時的ながらもやや安心した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
父様ととさま御帰りになった時はこうしてる者ぞと教えし御辞誼おじぎ仕様しようく覚えて、起居たちい動作ふるまいのしとやかさ、仕付しつけたとほめらるゝ日をまちて居るに、何処どこ竜宮りゅうぐうへ行かれて乙姫おとひめそばにでもらるゝ事ぞと
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
起居たちいに音もたてないような冬亭に、鶴など殺せようはずがなく、それに冬亭と鹿島家との間には、むずかしい問題がいりくんでいて、むこうの庭へ入りこんで、乱暴なぞ働けない立場になっている。
西林図 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
腰が抜けて起居たちいも自由ならず商売も出来ませんので其の日に追われ、わずかな物も売尽して仕方がなく明日あした米を買って与える事が出来ませんと、真に袖を絞って泣いての頼み、真実おもてあらわれましたから
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
春めきし人の起居たちいえ返る
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
武道家の門人として、大小を帯び、侍には装っているが、善鬼の肥肉ひにくは余りにたくましすぎて、その起居たちいまでも、前身の船頭ぐせから脱けなかった。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さとれた吾妻下駄あずまげた、かろころ左褄ひだりづまを取ったのを、そのままぞろりと青畳に敷いて、起居たちい蹴出けだしの水色縮緬ちりめん。伊達巻で素足という芸者家の女房おんなあるじ
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
余は隣のへや呻吟しんぎんしながら、この若い男の言葉使いや起居たちいを注意すべく余儀なくされた結果として、二十年の昔に経過した、自分の生涯しょうがいのうちで
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫人は伯よりおいたりと見ゆるほどに起居たちい重けれど、こころの優しさまみの色に出でたり。メエルハイムをかたわらへ呼びて、何やらむしばしささやくほどに、伯。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
と涙をそでで源氏はぬぐっていた。これを見ると入道は気も遠くなったようにしおれてしまった。それきり起居たちいもよろよろとするふうである。明石の君の心は悲しみに満たされていた。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
遊里さとの風がしみていたから、口の利き方や、起居たちいなどにも落着きがなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
光をつつめる女の、言葉多からず起居たちいにしとやかなれば、見たる所は目より鼻にぬけるほど華手はでには見えねど、不なれながらもよくこちの気を飲み込みて機転もきき、第一心がけの殊勝なるを
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
起居たちいも息切れがするようになった。
ノア (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
大寒だいかんにまけじと老の起居たちいかな
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
と、茶や菓子を運んで来て、庭向きの座敷へ席をすすめた二人の小間使の起居たちいもしとやかで、家風のしつけを思わせる。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時に鏘々しょうしょうとして響くのはこの音で、女神がくしけずると、またあらためて、人に聞いた——それに、この像には、起居たちいがある。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その内細君の御腹おなかが段々大きくなって来た。起居たちいに重苦しそうな呼息いきをし始めた。気分もく変化した。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫人は伯よりおいたりと見ゆるほどに起居たちい重けれど、こころの優しさまみの色にいでたり。メエルハイムをかたわらへ呼びて、なにやらんしばしささやくほどに、伯。
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
姜維きょういにいたっては、日夜、側を離れることなく、起居たちいの世話までしていた。孔明は彼にむかって
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また幕間で、人の起居たちいは忙しくなるし、あいにく通筋とおりすじの板敷に席を取ったのだからたまらない。膝の上にのせれば、またぐ。敷居に置けば、蹴る、脇へずらせば踏もうとする。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
去年の冬お前に会った時、ことによるともう三月みつき四月よつきぐらいなものだろうと思っていたのさ。それがどういう仕合しあわせか、今日までこうしている。起居たちいに不自由なくこうしている。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すそいて帳場に起居たちいの女房の、婀娜あだにたおやかなのがそっくりで、半四郎茶屋と呼ばれた引手茶屋の、大尽は常客だったが、芸妓げいしゃは小浜屋の姉妹きょうだいが一の贔屓ひいきだったから
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その実直ぶりや、起居たちいのはやい様子だけを見ては、誰もその新沙弥がついさきの年まで、世の人々から、魔か鬼かのように怖れられていた大盗天城あまぎの四郎がその前身と思いつく者はあるまい。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時、その刹那せつな、その顔を一目見たばかりで自分は思わずぞっとした。これはただ保養に寝ていた人ではない。全くの病人である。しかも自分だけで起居たちいのできないような重体の病人である。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あとでも思ったが、その繕わない無雑作な起居たちい嫋々しなやかさもそうだが、歩行あるく時の腰のやわらかに、こうまでなよなよと且つすんなりするのを、上手の踊のほかは余り見掛けない。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぬしさへ命がけで入つてござつたといふところわしがやうな起居たちいも不自由な老寄としよりが一人居ては、怪しうないことはなからうわいの、それぢやけど、聞かつしやれ、姨捨山おばすてやまというて
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すぐに小春が、客の意を得て、例の卓上電話で、二人の膳を帳場に通すと、今度註文をうけに出たのは、以前の、歯を染めた寂しいおんなで、しょんぼりと起居たちいをするのが、何だか
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
料理店の、あの亭主は、心やさしいもので、起居たちいにいたはりつ、慰めつ、で、此も注意はしたらしいが、深更しんこうしかも夏の戸鎖とざし浅ければ、伊達巻だてまき跣足はだしで忍んで出るすきは多かつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その挙動ふるまいを見るともなしに、此方こなた起居たちいを知ったらしく、今、報謝をしようと嬰児あかごを片手に、を差出したのを見も迎えないで、大儀らしく、かッたるそうにつむりを下に垂れたまま
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
料理店の、あの亭主は、心やさしいもので、起居たちいにいたわりつ、慰めつ、で、これも注意はしたらしいが、深更のしかも夏の戸鎖とざし浅ければ、伊達巻だてまき跣足はだしで忍んで出るすきは多かった。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いざまず……これへ。」と口も気もともに軽い、が、起居たちい石臼いしうす引摺ひきずるように、どしどしする。——ああ、無理はない、脚気かっけがある。夜あかしはしても、朝湯には行けないのである。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小さな白髪の祖母おばあさんの起居たちいの様子もなしに、くわしく言えば誰が取次いだという形もなしに、土間から格子戸まで見通しのかまちの板敷、取附とっつきの縦四畳、框を仕切った二枚の障子が、すっと開いて
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
名代の女房の色っぽいのが、長火鉢の帳場奥から、寝乱れながら、艶々とした円髷まるまげで、はぎも白やかに起きてよ、達手巻だてまきばかり、引掛ひっかけた羽織の裏にも起居たちいの膝にも、浅黄縮緬あさぎちりめんがちらちらしているんだ。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄暗そうな次の間で、人むかえの起居たちいの気配が、と寂然ひっそりやむと
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)